第27話 バルバリア海賊・赤髭

 北アフリカの海賊では当時最も有名なのがバルバロス・オルチで、彼は赤髭と呼ばれ恐れられた。オルチはオスマン帝国の命で提督となり海賊行為を堂々と行っていたのである。バルバリア海賊で疑いも無く最大の悪党と呼ばれ、戦闘で片目を失った後に眼帯を着用している。


 オルチ達バルバリアの海賊は年に数回、大船団で行動するのが常である。地中海の沿岸部を大量発生したイナゴのように襲い、人々の生活を破壊し、抵抗する住民は虐殺して、数千人もの生存者をイスタンブールに奴隷として送った。スペインの海岸に上陸した時は、4,000人から5,000人を捕虜にしたとされる。但しオルチも賢く同じ土地をその後十年間ほどは襲わないので、住民が根絶やしになる事は無かった。襲う標的はイベリア半島からイタリア半島、バルカン半島まで、地中海沿岸には数十か所もあるのだ。アフリカ大陸側は頻度が少なかったが、黒人奴隷は同じ黒人が、敵対する部族の者を捕らえて売り渡すなどといった行為が普通に行われていた。そしてイスラムである海賊が同じイスラム民族を襲う事も珍しくはなかった。だがバルバリア海賊は何故かバレアレス諸島を何度も襲ったので、これに対抗するために海岸地域には多くの望楼や要塞化された教会が建設された。イベリア半島から約100キロ東に離れたそのバレアレス諸島は2つの群島と多くの小島・岩礁によって構成されている。風光明媚な島々なのだが、海賊の脅威は大変深刻だったので、フォルメンテラ島等は人が住まなくなった。


「分かったわ、貴方の力になってあげましょう」

「おう!」

「前回ここが襲われたのはいつ頃なの?」

「もう十年近く前になります」

「ではそろそろ襲って来ても不思議ではないわね」

「はい」


 バルバリアの海賊が地中海を暴れまわっていたころ、ヨーロッパ諸国が考える海賊対処法は、独自のフリゲート艦を建造することだった。帆走フリゲートは地中海で用いられたガレー船であり、複数のマストと帆、多数の橈を備えた快速船の別称であったが、のちに転じて、広く快速の帆走軍艦を指すようになった。備砲24~40門程度の軍艦がこのように称された。甲板長は40メートル程度、排水量は1,000トン程度であった。軽量で快速の操作しやすいガレー船は、バルバリア海賊が戦利品や奴隷を持って逃げようとするところを追いかけられるよう設計された。ヨーロッパ諸国もやられているだけではなかったのだ。それでも海賊の被害は大きく、対策はいつも後手後手となった。

 一隻の奴隷船が運べる奴隷の限度はぎっしり詰めて約300人だと思われる。記録では一度の襲撃で最大9000人近くの者を奴隷として連れ去ったとされるので、海賊船団は30隻ほどで一気に来襲したのだろう。一隻に乗り組む船員であり戦闘員は100人前後であろうから、襲撃してくる海賊は最大3000人と考えていい。だからその海賊集団に対抗するには、軍隊規模の勢力が必要となる。


「ところで貴方は何人くらいの仲間を集められるの?」


 アイダが男に聞いた。


「……50人くらいです」

「それでは……、全く足りないわね」

「…………」


 これはアリたちの戦いなのだから、アイダが前面に出る訳にはいかない。たとえアイダたちがどんなに頑張っても、3000人もの戦闘に慣れた海賊が相手では苦戦するだろう。囲まれてしまえばアリたちを救う事も難しい。何か有効な手を考える必要がある。ただし海上での戦闘は全く考えられない。相手はその道のプロなのだ。だが陸上で敵を分散させ個別に撃破すれば、勝機があるかもしれないとアイダは考えた。


「アリ、住民に水と食料と後はテントや毛布とか砂漠に避難できる用意をしておくように言って」

「分かりました」

「レイラは海を見張って。多分大船団で来るでしょうからすぐ発見できると思うわ」

「はい、じゃあトゥパック、行きましょう」


 レイラは当然のようにトゥパックを伴って風に乗ると、ノラとカラスも急いで後を追った。


「アリ、港を案内して」

「はい、ではこちらにどうぞ」


 港を見れば何か分かるかもしれない。

 アイダとワイナ、キイロアナコンダがやって来た港は地中海に面していたが、さほど大きな構えではない。


「これだと一度に沢山の船は停泊出来ないわ」

「…………」

「海賊は交代で船を桟橋に横づけさせるだろうから、3000人もやって来たら全員が上陸し終わるまでには時間が掛かるわね」

「大抵の場合、住民は逃げ惑っていますから、連中は余裕で降りてきます」

「アリ、今回はそうはいかないわよ。一泡吹かせてやるわ」

「…………」






 この地でアリたち半遊牧民の主な収入源は塩の採取である。アフリカ大陸北西部の砂漠地帯に、既に人の住まなくなった古代の湖が干上がった跡がある。そこで採掘されていた岩塩は、サハラ付近で行われた貿易において、重要な交易品であった。


 南に向かう塩の採掘場への道は、日が昇る前から歩きだしても、昼を過ぎると容赦のない灼熱の太陽がすべてを焼き焦がしていく。日差しをさえぎる一片の雲もなく、頭に巻いたターバンと粗末な服が唯一の影をつくり、ラクダを持たない貧しい者などは黙々と歩くだけである。

 地平線に向かって永遠に続くと思われた行程もやっと終わると、塩の採掘場に着く。水平に堆積した厚さ20cm前後の露出した岩塩が見渡す限り広がっている。もちろん着けば終わりではない。その固い塩の層から縦、横、幅と一定の大きさに切り出し、余分な所を削り取る作業が待っている。貨幣に匹敵するから、一律な大きさが決められているのだ。各自が削り出した塩板の数で収入が決まる以上、皆黙々と削り続け、1日の作業が終わり夜中に帰り着くと、誰もが倒れ込んでしまう。どんなに体力が有る者でも、週に2回しか行けない重労働だという。


「その塩の採取はどのくらいの収入になるの?」


 アイダは金額を聞いてびっくりした。そんなに苦労をしてたったそれだけなのかと。だがサハラの塩は、採取することも大変だが、いかにして町まで安全に運ぶかが課題であった。ラクダを十数頭も連れた商人はアリたちが切り取った塩の板を積み、後は盗賊からの強奪を防がなくてはならない。


「ちょっと待って、運ぶのは商人の仕事なの?」

「そうです」

「その塩は何処に運ぶのかしら?」

「町の仲買業者まで運ぶと聞いています」


 アイダは思わず聞いてしまった。


「じゃあ貴方たちは採掘をしてから大きさを整えて、それをやって来た商人にその場で売るだけ!」

「もちろん高く売れるように交渉はします」

「…………」


 なんと効率の悪い仕事をしている。西アフリカ内陸部などの金を多く産出する地方では、生活に欠かせない塩を同じ重さの金と交換しているというではないか。何故自分たちで売りに行かないのだ。こんな重労働をしてやっとその日暮らしの収入しか得られないなんて。


「アリ、今すぐ商人に塩を売るのは止めなさい」

「…………」


 これはぜひとも止めさせなくてはならない。これから事を起こそうとしている者がそんな効率の悪い仕事をしていてはいけない。


「貴方もマリ王国の事は知っているでしょ」

「はい」

「直接その王国まで売りに行くの、ここでそんな安値で売ったらだめよ」


 アフリカはサハラ砂漠の南側、ニジェール川上流などで、金は植物の根のように成長すると考えられ、川底や地中から採掘された。そしてマリは、中世西アフリカに栄えた王国である。英雄スンジャタ・ケイタが現れ、支配域を広げ交易を盛んにし、9代目であったマンサ・ムーサ王などは派手なメッカ巡礼を行うなどして、王国は最盛期を迎えた。金の産出国として知られるマリ王国のマンサ・ムーサは、現在の価値にして約4000億ドル(約40兆円)という人類史上最高の総資産を保有していたという。そのマンサ・ムーサー王がメッカへの旅の途中金をばらまいて豪遊した為、王が訪れた地域では金価格が暴落したという話が残っている。金は何故か古代から貴重な資源として流通していたのである。

 カーネギーやロックフェラーが築いた資産の数倍がローマ帝国のカエサルだったと言われる。そしてそのさらに上を行くのがマンサ・ムーサ王で、世界で産出される金の半分以上を手にしていたのだと。

 






「レイラ、私たちはマリ王国に行くから引き続き海の監視を怠らないで、海賊が来たらすぐ知らせて」

「分かりました」


 アイダは塩の件をレイラに説明して、ワイナとキイロアナコンダを連れて、アリたちが集められるだけ集めたラクダに大量の塩を積み出発した。

 国を興すにしても、兵を集めるにしても、そのような活動にはやはり資金がいる。アリが仲間に対してカリスマ性が有ったとしても、現実にそれだけでは心もとないのである。

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