第22話 逃げたサマエル
リーダーのアイダと剣豪のワイナは、風の悪魔少女レイラの起こした風に乗っている。だがレイラはある疑問を持ち続けていた。実はサマエルと対峙した時から、レイラはその視線に違和感を感じていたのだ。レイラを見つめるサマエルの視点、目線が微妙に定まっていなかったからである。
「レイラ、突風を一か所に集中させて巻き起こすことはできる?」
「やってみます」
「瞬間でいいからサマエルの目を攻撃するの」
「目を……」
「今回の敵の弱点は目よ」
蛇に分かりやすい弱点はないようである。もしもサマエルがエデンの園に居た蛇ならば……、目が良くないはずだ。いや、サマエルが天使であった時である。神からモーゼの魂を天に導く命令を受け、その使命を果たそうとしたのだが、モーゼに抵抗され失敗してしまう。モーゼから目をつぶされるほどの反撃を受け、ほとんど盲目に近くなってしまった。さらには使命に失敗したことを神から酷く責められ、その屈辱に耐えられず堕天使となった。視力が極端に弱くなった上に、正面60度くらいしか見えていないので、目に対する攻撃と同時に、後ろからこっそりと近づいて襲えば効果が有るだろう。
ただそれも一時的に動きを封じるダメージを与えるくらいしか期待できないので、速攻で首を刎ねるとかしないと返り討ちに遭う。いずれにせよ、背後から急襲する以外に効果的な攻撃方法は無い。
サタン・ルシファーもサマエルと同じ元熾天使(天使の最高位の階級)で、エデンの園に棲んでいた蛇などと様々な説がある。そのためサマエルと同一視されることもあるから、エデンの蛇は元天使であるルシファーの可能性もある。
そしてエデンの園がどこにあったかは様々に論議され、その確かな所在は不明だが、 現在のイランやイラクあたりと想定される 。イラクのニシル山 はノアの伝説に登場して、方舟が休息の場所として漂着した有名な山である。現在のイラク共和国北東部クルド地方のスレイマニヤから北西におよそ30kmに位置するピル・オマル・グドルン山、別名ピラ・マグルン山がそれに該当する。
「フフフッ、何を企んでおるのだ」
サマエルが相変わらずヌラッと近づいて来る。
「レイラ、やって、今よ!」
「アラホートシャザムスヴァー」
直後である、一筋の突風がサマエルの目を射た。
「ウッ」
「イエッーー」
ワイナがサマエルの背後から剣を突き出す――
「アラカザーー、トシャザムスヴァーハー」
アイダの呪文攻撃もサマエルを襲ったが、ワイナがすぐ声を上げた。
「くっそ、また消えたぞ」
サマエルの姿が再び消えたしまったのである。しかし攻撃の成果はあった。磔となっていたセラムの拘束が解かれ自由になった。
サマエルが全面対決を避けるのには理由がある。サマエルは元熾天使であり、その戦闘能力はやはり熾天使セラムと同等と思われる。したがってセラムがアイダ、レイラとそれぞれの戦闘力を合わせ同時攻撃をしてくれば、サマエルといえども防御に徹さざるを得ないのである。レイラを磔にしたように、個別撃破を狙っていてもおかしくはない。
「トゥパック」
振り向いたレイラがトゥパックのもとに飛んで行く。
「アラカーーシャザムスヴァーハー」
「げほっ」
「トゥパック、大丈夫?」
続いてノラも助け、別な場所で倒れていたキイロアナコンダはアイダが呪文で回復させた。
だが、周囲からサマエルの気配は完全に消えてしまった。
「セラム」
セラムのもとに戻って来たレイラが声を掛けると、セラムも返してきた。
「レイラ、大丈夫だった?」
「もう、なんであんな無茶をしたの」
「私にサマエルは危害を加えない、そんな気がしたからよ」
「…………」
「それに、やっぱり私は貴方の守護天使、あんな状況で助けないではいられなかったわ」
ここでアイダは皆を集めて、
「これからは全員離れないようにね。サマエルがいつ襲って来るか分からないわ。それからレイラもノラを離さないようにして」
「分かりました」
エデンの園といえば、禁断の果実として知られるのはリンゴだろうが、それは違うかもしれない。古代の気候は現代とかなり違っていただろうから一概には言えないが、リンゴは寒冷な中央アジア原産とされ、エデンの園があったとされるペルシャ湾岸ではまだ育たない時代背景がある。
リンゴは世界で古くから栽培されており、トルコでは紀元前6000年前頃のりんごが炭化した状態で発見されている。しかし原産地は、中央アジア地方などの寒冷地で、りんごは涼しい気候を好み、ヨーロッパでは紀元前4000年頃から、中東でも紀元前3千年紀頃からリンゴを栽培していた可能性がある。このためリンゴの栽培が行われるようになったのは、古くても紀元前4000年~3000年の頃ではないかと考えられている。
ではアダムとイブが口にした果実は何だったのかなのだが、エデンの園で食された果物はザクロではないかと推察される。ザクロの発祥地はペルシャ(現在のイラン)で、国土の中心にザクロス山脈があり、ザクロの名前の由来といわれている。古代から栽培され、イラン付近の原産地から中国やヨーロッパへと広まったとされ、新王国時代にエジプトに伝わっている。
ザクロは日本でも出来るが、梅雨などで地中の水分量が多いため、熟れる前に果実が急成長して、皮が耐えられずに割れてしまう。これが日本で実が割れたザクロをよく見かける理由である。いっぽう、イランなど中東の気候は非常に乾燥していて、土地に水分が少ないため、ザクロの木は地に深い根を張り水を求める。ゆっくり時間をかけて生育したザクロの大きく赤い実は、最後まで割れず、リンゴにそっくりである。
だから中東のザクロをよく知らずにエデンの園を思い描いただろう人物は、アダムとイブが食べた赤い果物は、その姿かたちからリンゴであると思い込み記述してしまったのかもしれない。それがそのまま延々と書き写されてきたため、悪魔がそそのかしてアダムたちが食べた果物はリンゴだというイメージが定着してしまった。それが現代にまで至っているのである。
また2人をそそのかしたと言われている悪魔の蛇は、知恵の象徴とされているから、必ずしも邪悪な存在と言う訳ではない。ただ悪魔と、人にとっては見ただけで身震いがするという蛇との舞台設定によって、不運な連想を生んでしまうのである。
結局姿を消してしまったサマエルである。仕方なくアイダはワイナ、キイロアナコンダ、そしてレイラとセラム、トゥパックやノラと共に西に向かい出発する事にした。西の方角には現代で言うエジプトが存在する。古代の神々が戦い、敗れた者が何故かたどり着く先である。
「アイダ、サマエルはどうやらエジプトに行ったようです」
「エジプトに」
「はい」
風の悪魔少女レイラが、流れて来る風の便りから得た情報である。
「しかもエジプトの邪悪な神々に取り入った模様です」
「えっ」
サマエル1人でも厄介な存在なのに、エジプトの邪悪な神々に取り入ったとは……。
エジプトで信じられていた魔法で最強のものは言霊魔法で、万物には皆真の名前があり、その名前を知ると、そのすべてを支配することができる、というものである。
エジプトにはアメンまたはアモンと呼ばれる太陽神がいた。もともとはオシリスのような豊穣神であったものが、部族の主神と化して太陽神にまで成り上がった。これが太陽神ラーと一体化してラー・アメンと呼ばれるようになる。そして一種の親衛隊というべき神官団を抱えていた。アメンはその後キリスト教が普及したヨーロッパにおいて悪魔とされた。
古代エジプト人は、太陽の運行と共にラー自体も変形すると考えた。日中は、ハヤブサの姿、あるいは太陽の船に乗って空を移動する。夜は、雄羊の姿で夜の船に乗り死の世界を旅するとされている。この時、夜の船は、冥界の悪魔からセトによって守られる。これは太陽の動きを神格化したものであるとされている。
セトは悪神として、その象徴となっている動物たちはみな、古代エジプトにおいて、人々に有害なものとされる。しかしながら、英雄的な一面も併せ持ち、太陽神ラーの航海では邪悪な大蛇アポピスからラーを守ることが出来る唯一の神とされ、讃えられた。さらにセトは砂漠の神でもあり、砂嵐を引き起こしているとされるが、その一方キャラバンの守り神でもある。また、粗暴な性格を持つ戦争を司る神であるが、その武力が外に向けられると軍隊の守護神となり軍神としての神格を持つ。
エジプトにやって来たサマエルは、計略を用いて蛇をラーが居住する太陽の船へと送り込み寝室に毒蛇を這わせた。かまれたラーはその痛みに耐えられなくなり、ついに自分の真の名を明かしてしまう。毒の苦しみに耐えかねて毒を解除してもらうことと引き換えに自分を支配できる彼自身の本当の名前を教えてしまったのだ。その計略を実行したのは、背中に翼を持った女性として表現される女神イシスであった。毒蛇に咬まれたラーの解毒をする代わりに彼の魔力と支配権を得るなど陰謀を巡らす。強力な魔術師的存在として魔術の女神ともされ、中世ヨーロッパではイシスは魔女の元祖とされる邪悪な女神である。そのイシスとサマエルは組んだのだ。
強大な魔法の力を得たサマエルは地上においてラーと同等の力を行使できるようになった。
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