第21話 サマエルの罠
魔女達の背後から、ヌラッと現れたサマエルである。歪んだようなその口元から、不気味で囁くような声が伝わって来る。
「セラム、天界で流れていたベリアルとの噂は聞いておるぞ」
「…………」
「それなのに奴はお前の槍で倒されたと言うではないか」
「…………」
「そんな情けない奴にお前は――」
その時セラムの手から槍が放たれた――
「んっ!」
瞬間サマエル周囲の空間が歪んだように見え、槍は脇腹をすり抜けて背後の地面に突き刺さった。
サマエルは振り返って地面に突き刺さった槍を見、
「無駄な事を」
つぶやくと、再びゆっくり前を向く。
「フフフッ、そのようにむきになるところを見ると、ベリアルとお前との仲は本当だったのだな」
「私はそんな話をする為にここに来たんじゃないわ。魔女達に船を襲わせて難破させるなど、もうさせないわよ」
「セラム、セラム、セラム、何と固い事を言っているのだ」
亡者のような雰囲気を漂わせる若者はさらに、
ヌメリ――
と、ゆっくり歩きながら話し出した。
「もうあんな堅苦しい天界を離れて下に来たらどうだ。俺と一緒に気ままな暮らしをしようではないか」
「誰があなたなんかと、身震いがするわ」
「そうか……」
だがサマエルはセラムの左右を見、その視線がレイラで止まった。
「その方……、悪魔ではないか」
やはり魔界の者にはレイラが悪魔である事が分かってしまう。魔王ベリアルからも同じ事を聞かされたレイラが言い放った。
「悪魔で悪かったかしら」
「悪魔がなぜセラムと一緒にいるのだ?」
「今ここで私の言う最適なセリフは、問答無用よ」
そう言ってレイラが手を前に出すと、アイダとセラムも同様に呪文攻撃の態勢に入った。
それを見た魔女達は飛び立ち、空からワイナ、キイロアナコンダ、トゥパックへの攻撃を始めた。猛禽類の攻撃は必ず敵の背後、死角からやって来る。人が空を見上げると視界は広いようで意外に狭い。背後はほとんど見えていないのである。魔女達はそこを狙って爪で攻撃を仕掛けてくる。気配を感じて振り向き、剣を振ろうとした時は既に飛び去った後である。剣で頭上を飛ぶ鳥を斬るという行為は非常に効率が悪いのだ。ワイナたち3人の剣は文字通り何度も空を切っている。
「アラカザーー、アラカザンヴーー、トシャザムスヴァーハー」
「アラカザンヴォアラホートシャザムスヴァー」
「アラカーー、シャーーヴォアーーシャザムスヴァーハースヴァーハー」
アイダとセラム、レイラの必殺呪文攻撃は目の前のサマエルに向かって同時に放たれた。
「ウヌッ!」
至近距離から3人が放った攻撃をまともに受け、両手を顔の前で交差させると、青白かったサマエルの表情が変わる。だが意外にも反撃してこない。見ればサマエルの周囲は防御スクリーンが張られたようで、アイダたちの呪文が跳ね返されている。
「ご主人様!」
突然トゥパックの頭上でカラスが叫び、それを聞いた魔女、
「なにっ!」
トゥパックの頭を引き裂こうとしていた魔女が、瞬間振り向き態勢が崩れる。
その一瞬をトゥパックは見逃さず、うなる剛剣が魔女の爪から足首にかけて切り裂いた。
「ギャァー」
地に落ち、羽を震わせてもだえる魔女。その喉笛に猛犬に変身しているノラがかみつくと、窒息させて命を絶つ。これで残る魔女は2人となった。
「えっ」
「サマエルは?」
アイダたちの攻撃が止まるとサマエルの姿が消えている。
魔女達も居なくなった。
「カラス」
「ご主人様」
「探せ、まだ遠くには行ってないだろう」
「分かりました」
今度はレイラである。
「ノラ、探して」
ノラが走り出した。
「セラム、サマエルは何を考えているのかしら」
「アイダ、レイラ、おかしいわ、用心して、あのサマエルがこれしきの攻撃で逃げ出すとは思えない」
言いながらセラムは地面に突き刺さった槍を抜くと、サマエルが消え去ったと思われる方角を見る。皆は先を行くノラの後を追って歩き出した。
レイラはいつの間にか皆と少し離れていた。
「ノラ、何処に居るの?」
頬に伝わる風の微妙な変化から、背後にかすかな気配を感じたレイラ、
「ノラ――、あっ!」
いきなりレイラの身体が宙に舞った。
「うっ……、これは!」
レイラが宙づりとなって浮かんでしまった。両手は左右から魔女達が掴んでいる。そしてサマエルが現れた。
「フフフッ」
「サマエル」
「悪魔も宙づりとなってしまえば哀れだな。いや、これは見ものだ。悪魔の逆さ十字はりつけではないか」
「うぐぐ――」
レイラを宙づりにすることくらい、サマエルにとっては造作もない事である。
一方レイラは両手が使えず、呪文が唱えられない。それに何故か風に乗って逃れる事も出来なくなっているではないか。
「そうだ、お前のペットもこうしてやったぞ」
サマエルがぐったりとしたノラをレイラの前に放り出した。
「ノラ!」
「フフフッ」
その時、
「レイラ!」
気配を感じ取ったアイダたちがやって来たのだ。
「サマエル、レイラを放しなさい」
「さあ、どうするかな」
サマエルはにやりと笑い、セラムを見た。
「何が望みなの」
「望みだって」
「…………」
サマエルがゆっくり歩いてくると、セラムの前に来た。思わず後ずさりするセラム。
「おれの望みは……、お前が替わりに宙づりとなる事だ」
「なんですって!」
「嫌ならそれでもかまわないがな」
「…………!」
セラムはレイラの守護天使である。
「セマエル、私が犠牲になれば、必ずレイラは助けるのね」
「フフフッ、もちろんだとも」
「セラム、駄目」
レイラが身をよじって叫んでいる。この状況にはワイナやキイロアナコンダも手が出せない。だがただ1人剣を抜きセマエルに切りかかって行く者が居る。トゥパックである。
「やろう!」
「愚か者、アカザンヴザムスヴァー」
「ぐあっ」
トゥパックの巨体が一瞬で吹き飛んだ。
「よしなさい、私が替わればいいのでしょ」
「セラム!」
「フフフッ、やっとその気になったか、それでこそ其方の言う通り守護天使だ」
「セラム、駄目」
セマエルの手がセラムに向かって出されると、一筋のもやのようなものが走った。
「くっ」
「セラム」
セラムの身体が浮き上がり、十字になってレイラと並び固定された。
「セマエル、さあ、早くレイラを放しなさい」
「フフフッ、そう急ぐな」
セマエルはレイラに向かって手を伸ばし何やら呪文を唱えた。
「ぐっ」
地に落ちたレイラであるが、その手を左右の魔女が掴んだままである。
「どうだセラム、おれは約束を果たしただろう」
「…………」
「その小娘はおれの手を離れたんだ。だが、あいにくそこの魔女達は小娘に仲間を殺されたようでな、後は知らん」
「セマエル」
アイダがそっと話し掛けた、
「ワイナ、私が右の魔女をやるから、貴方は左の魔女に切り付けて」
「分かりました」
次はキイロアナコンダに向かい、
「貴方にはセマエルの注意を引き付けて欲しいの、出来るかしら」
「任せて下さい、やってみます」
「いいこと、私が手を前に伸ばしたらそれが合図、3人同時にやるのよ」
「よくも仲間を殺してくれたわね」
「お前の身体を八つ裂きにしてくれよう」
魔女達が捕まえているレイラに注意を向けたその瞬間、アイダの手が前に伸びた。
「アラカザンヴォアヴァーハー」
ワイナが一気に飛び掛かる。
「イエッーー」
「ギャーー」
キイロアナコンダはセマエルに向かって切り込んで行くと、セマエルの手が前に伸びた。
「凝りもせず、アラカザンヴォアラホートシャザムスヴァーハー」
キイロアナコンダもトゥパック同様、吹き飛ばされたが、レイラは左右の魔女が倒され無事に救出された。
「レイラ、大丈夫?」
「私は大丈夫です、それよりトゥパックが――」
「レイラ、後にして。今すぐセマエルを攻撃するの、私に考えが有るわ」
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