第20話 悪魔の帝王サマエル

 悪魔と対抗する事は、熾天使セラムと戦うに等しい。以前の魔王ベリアルとの激しい戦闘を思い浮かべてみればいい。ベリアルは堕天使であり、セラムとほぼ同等の力を有していた。アイダ達が団結しても敵わなかった相手であったのだ。

 堕天使とは神の被造物でありながら、高慢や嫉妬がために反逆し、罰せられて天界を追放された天使であり、またある者は自身の自由意志をもって神から離反した天使である。一般に堕天使の頭はサタンとされるが、堕落した理由は、高慢によるもの、嫉妬によるものが多い。

 高慢によるものは、自分は神をも凌ぐ力を持っているのではないかという驕りである。そのため、味方となる天使を集め神に対して反旗を翻す。

 嫉妬によるものは、神は人間に天使以上の愛情を注いだ。それに反発したのが元智天使のベリアルだった。天使は炎から生み出され人間は土塊から創造される。人間は天使ほどの権威も無ければ力も無いのだ。そのため、同志である他の天使と共に神に挑んだが、結局は敗北し堕とされてしまう。その後、地上へ堕ち魔王となるベリアルは寵愛の対象となっていた人間に挑戦するようになった。

 自由な意思によるものは、神はもともと天使を自分自身を尊重させるために創造したとされるが、彼らの中にその指針に反する自由な考えを持つものがいた。自由な意思を持つ天使たちに自分から神に従おうとする服従心は無かった。結果として、天界から追放され地上まで堕ちた天使は人間に、またさらに深く堕ちた天使は悪魔になった。その筆頭に数えられるのがアザゼルであるが、彼は地上降臨時に人間の女性と契りを結び、なおかつ人間に天上の知識を授けるまでに至った。神は彼らの天使としての地位を剥奪し、ベリアル、アザゼルらは堕天使となった。


 その堕天使となった仲間にサマエルがいる。その名は毒を意味しており、死の天使であると考えられている。とある神の命令に失敗したサマエルは杖で打ち据えられ、その後、叱責された屈辱から神への反感が生まれ、堕天して魔王となった。ルシファー・サタンに匹敵するほどの強大な力を持った悪魔であるとされる。


「この先に潜んでいる悪魔はサマエルと思われます」


 犬のノラと共に偵察を終えて帰って来たレイラの報告である。レイラは偵察に出てすぐ魔女の1人を発見、問いただすも爪で攻撃された。


「アラォアラーアーーシャザムーー!」


 レイラは呪文で奇怪な風体の魔女を空中で全く動けないようにして、


「仲間の在処を教えなさい」


 だが身動きできない魔女は苦悶の表情を浮かべながらも不敵な笑みを浮かべる。


「誰がお前のような小娘に教えるものか――」 


 最後の機会を与えるが聞く耳を持たない魔女である。


「そう、じゃあ仕方ないわ。私が小娘ですって。なめたら駄目よ。こう見えても悪魔の端くれですからね」


 レイラはついに救いようのない女を破滅させる呪文を唱え始め、終わるやいなや魔女は落下して死んだ。






 15世紀には、悪魔を崇拝する魔女たちが徒党を組んで、乱交に耽ったり幼児を食らったりする秘密集会を開く。女たちの夜の飛行が幻覚とされたのと対照的に、魔女の集会サバトは現実の出来事とされ、火刑に処すべき罪とみなされるようになった。

 サバトでは人肉が食され、子どもの肉が好まれた。そして人骨も特別な方法で煮込まれた。悪魔は塩とパンと油を嫌う。他に、人間の脂肪、とりわけ洗礼を受けていない子どもの脂肪は、魔女の飛行を可能にする軟膏を作るのに使われた。

 サバトは人里離れた場所で行われ、特に森や山が好まれ崇拝する悪魔に憑依されるために女たちは自分の身体を差し出し、霊媒の役を果たすこともあった。サバトは真夜中に始まり夜明け前に終わるとされる。



 レイラは山中にある古城を見つけたが、城の女主人は不安そうに、突然風と共に現れたレイラを見た。


「私は霊界の秩序を乱す魔物たちを退治している者です。心配には及びません」


 それを聞いてやっと安心した女主人は、城の周りの土地が強大な力を持つ恐ろしい魔女たちに襲撃征服されていることを語り、やがて城は彼女らに奪われてしまうだろうと言った。しかしレイラは夜明け前に城にやって来た魔女の1人を呪文の一撃で倒した。船で見かけた魔女の1人である。死ぬ間際に魔女はレイラに、お前たちを全て殺戮すると大声で叫び予言した。


「この魔女には悪魔が付いているという噂ですよ」

「大丈夫です、日が暮れるまでには私の強い味方を連れて戻って来ますから」


 レイラは犬のノラを振り向いた。


「ノラ、戻るわよ」


 レイラは不安がる女主人に、必ず戻ると約束して風に乗り城を後にした。





 レイラから報告を聞いたアイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女と共に出発した。少女の傍には犬のノラがぴったり付いて、何度もレイラを見上げている。もちろんレイラの守護天使セラムもいる。


「もう私が魔女を2人も倒したから、向こうは身構えているでしょう」


 レイラはそう言ってアイダを振り返り、さらにセラムに向かって話し出した。


「セラム、また悪魔と対立する事になるわね」

「…………」

「ベリアルとの時は――」

「レイラ、ベリアルは私と争う気は無かったの」

「…………」

「だから私の槍を自ら受けて倒れたのよ……」


 セラムの目が心なしか潤んでる。


「セラム……」

「だけど今度の悪魔が貴方の言う通りサマエルなら、覚悟がいるわよ」



 サマエル、その名は神の毒、または神の悪意の意味をもつ。行動には謎が多く、エデンの園に棲んでいた蛇ではないかと言われることもある。蛇がイヴに知恵の木の実について教え、イヴとアダムは、その実を食べる。そのために、創造主たる神は蛇を呪い、人に生の苦しみと死の定めを与えた。その蛇がサマエルと噂されているのだ。




 アイダ達は明るいうちに城に着いた。女主人から歓待されて夜を待つ。


「近くの森で魔女たちが集会を開いているという噂です。最近では村人の誰もが戸締りをして深夜には外に出ないようにしています」

「分かりました」


 雲もない月夜である。アイダ達全員は城を後にして森に向かって歩いて行く。


「ノラ、何か匂いを嗅いだら知らせるのよ」


 続いてトゥパックが声を掛ける。


「カラス、居るのだろう、出てこい」

「何か御用でしょうか、ご主人様」


 一羽のカラスがどこからともなく現れた。


「お前と魔女の関係は微妙だろうが」

「…………」

「今はおれのしもべなんだったら、見つけてこい」

「かしこまりました」


 その時、先を歩いていた犬のノラが急に走り出した。


「アイダ、ノラが何か見つけたようです」


 全員が走り出した。


「止まって!」

「ノラ、戻っておいで」


 アイダの指示で全員が止まる。


「この先に何かが居るわ」

「…………」

「みんな慎重にね」


 やがて前方に4人の魔女が現れて、ゆっくりと歩いて来た。


「どうやら逃げ隠れする気はないようね」

「よくも船では邪魔をしてくれたな」

「…………」

「仲間の2人もそこいる小娘に殺されたようだ」

「…………」

「さあ始末してやる、掛かって来い。おまえたちの肉を鳥や獣にくれてやろう」


 だが、アイダは魔女のそんな恫喝を聞いても冷静であった。さらに熾天使のセラムが前に出て来た。

 その姿は戦装束で腰には剣を、手には槍を握っている。一般に天使が羽を生やした幼い子供のように描かれるのは明らかに違う。神の使いである天使は、時には神に代わって、またある時は神と共に戦わなければならない存在である。幼い天使では神の使徒にはなり得ないのだ。


「いつまでそこに隠れている」


 セラムは誰に向かって話しているのか。


「前に出てきたらどうなの」

「フッフッフッ」


 4人の魔女が左右に分かれると――


「そなたはセラムだな」


 そう言いながら、魔女達の背後から影のようにふっと現れたのは、青白い顔をした若者であった。

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