第40話 真の敵セト神
牙をむいて迫って来る魔物どもに対し、剣豪のワイナはダイヤモンドよりも硬いと言われる金剛を含む長剣で応戦した。接近するワニ頭の半獣人と、目も口も無数にある化け物をたった二振りで切り捨てる。蛇の頭をしたガマガエルの化け物などは激闘の末、とどめを刺され絶命した。さらに女人怪獣、鎌を持つどくろの死神とも壮絶な戦いを繰り広げ、追い詰め、ワイナの圧倒的な剣技によって死神は足を切り落とされてしまう。今度は長い舌を炎のようにくねらせながら迫って来る魔物もワイナの敵ではなく、その舌を切られ倒された。
しかし限りなく群れ襲って来るその他の魔物どもには、さすがに剛勇無双のワイナといえども次第に苦戦を強いられてゆく。さらに無敵の力を誇る最強の巨人も現れ、トゥパックが剣を抜き、キイロアナコンダとバーブガンも前に出ようとする。それを見たアイダとレイラが先に動いた。
「アラカザンヴォアラホートシャザムスヴァー」
「アラカーー、シャーーヴォアシャザムァーハースヴァーハー」
ワイナの周囲で群れていた魔物どもがギクッと攻撃を止め振り返る。
「アラカザーー、アラカザンヴーー、トシャスヴァーハ、トシャザムスヴァーハー」
「アラカーー、シャーーヴォアーーシャザムスヴァーハースヴァーハーー」
アイダたち2人の同時呪文攻撃を受け、両手で顔を隠すように巨人が後ずさりを始めると、他の魔物どももじりじり後退を始めた。
「だらしない者どもめ」
ここでついに冥界の恐るべき主オシリスが現れたのである。ミイラのような包帯で巻かれた身体がおどろおどろしく動いている。
「アラカザーー、アラカザンヴーー、トシャスヴァーハ、トシャザムスヴァーハー」
オシリスの呪文が鳴り響き、地を振動させる。
「アラカーー、シャーーヴォアーーシャザムァーハースヴァーハー」
「アラカーー、シャーーヴォアーーシャザムスヴァーハースヴァーハーー」
アイダとレイナも呪文で反撃するも、相手はさすがに神である、全く歯が立たない。それでも呪文の応酬が続き、
「アラカザーー、アラカザンヴ、トシャスヴァーハ、トシャザムスヴァーハー」
「アラカーー、シャヴォアーーシャザムァーハースヴァーハー」
「アラカーー、シャーーヴォアシャザムスヴァーハースヴァーハーー」
ついにアイダの両膝が地に着き、レイラもその場に崩れ落ちてしまう。
「ふん、冥界の王に歯向かおうなどと、愚かな者どもよ。死ね!」
オシリスの新たな呪文攻撃がアイダたちを襲う。そしてワイナ、バーブガン、トゥパック、キイロアナコンダがたまらず助けようとした時、起き上がったレイラがイシス神から渡されたチェトを手にすると前に伸ばし呪文を唱えた。
「アラカザンヴォアラホートシャザムスヴァーーーー」
「なに!」
レイラの唱える呪文がイシス神の血をまとっているではないか。その赤い呪文と共に発生した渦まく青白い炎に直撃され、片手で顔を覆い驚愕するオシリス。何と神が片膝を地に着けてしまう。
オシリスはレイラの手に握られているチェトを目にした。
「なぜおまえがそのような物を!」
「オシリス」
「んっ」
オシリスの前にイシス神が姿を現した。
「もう止めましょう」
「おまえは――」
「兄が向かうべき真の敵はこの者たちではないはずです。それは貴方も分かっているでしょう」
「…………」
「セトにされた事を忘れたのですか?」
ジャッカルの頭をした戦争の神セトは、悪に対する勝利の象徴であり植物の神でもあるオシリスと王位を巡って争い敗れた。その恨みからオシリスを謀殺し、そのためエジプトでは嫌われ者の神となり、悪神として捉えられてしまった経緯がある。
王位争いに敗れたセトはある日、オシリス暗殺の謀り事を企んだ。宴の余興で木棺にピッタリ入った者には、褒美が贈られるという謀略である。この木棺はオシリスの体に合わせてセトらが作らせた物であった為、他の誰が入っても合わない。ところが最後に何も知らないオシリスはピッタリした棺に笑って横たわった。するとオシリスが抵抗する間もなく蓋がかぶせられ封印されて、ナイル川に流されてしまう。だが、それを知った妹のイシス神は流されたオシリスを探し出したが、死んでしまっていた為、再生を試みる。しかし執念深いセトで、今度はイシスの隙を見てオシリスの遺体をバラバラに切断してエジプト中にばら撒き、さらには川にまで投げ込んだ。イシスは、再度救出に赴き、遺体の破片を探し出し、魚に飲み込まれた男根を除いて繋ぎ合わせた体を強い魔力で復活させた。しかし不完全な体だったため現世に留まる事が出来ず、止む無く冥界の王として蘇る。
しかしながら、戦争の神セトも英雄的な一面も併せ持っている。太陽神ラーの航海では邪悪な大蛇アポピスからラーを守ることが出来る唯一の神とされ、讃えられた。
「オシリス、貴方の敵はセトです」
「…………」
「ロクセラーナさん、何とかしなくっては」
「でも……」
宮殿から外の様子を見ているロクセラーナとシャジャルである。けしてアイダたちの戦闘を傍観している訳ではなかったが、何しろ冥界から湧き出て来る怨霊や化け物、怪物、魔物、さらにはオシリス神までもが相手の戦いである。生身の人間がとても入っては行けない世界なのだ。
「確かにあの魔物達を相手に人間はとても太刀打ち出来ない」
「…………」
「だけど、我々二人には奥の手があるでしょ」
「…………」
遂にシャジャルは自分を結翔だと名乗った。
「貴方は王妃さまですね」
「…………!」
ロクセラーナはこっくり頷いて見せる、やはり感づいていたのだ。ユミさんのマシンの設定がどこでどう違ったのか、時空移転のはずが、異世界に来てしまった王妃さまだった。緊急の事態になったら使ってくださいと渡された小型の通信機のような物を持ち、王妃さまを追って結翔も異世界への移転、剣士シャジャルの中に入る。二重の人格を持つ事になり、ロクセラーナには王妃が入った。マシンが治るまではこの世界に留まるしかないようである。
「結翔、どうしよう」
「シャジャルがどんな剣豪でもこの世界に現れた冥界の魔物達には通用しないでしょうね」
「…………」
「まして私や王妃さまは剣を持たない只の人間です」
それでもシャジャルがアイダたちの仲間に入った以上、何とか協力しなくては。
「王妃さま、私たちには時空移転が有るじゃないですか」
「えっ」
「時空移転そのものは武器にはなりませんが、何か勝敗を分けるきっかけにはなると思います」
その時であった、
「……結翔、後ろ、あれは何?」
砂嵐の下から迫って来るそれは、セトの率いる軍団である。
荒ぶる疾風の神が、弱弱しくも立ちはだかる人々を打ちのめし、侵略して来たのだ。圧倒的な勢力を以て、簒奪し、征服して町々を無残に焼き払う。抵抗する男達への扱いは残忍をきわめ、殺され、女子供は連れ去られて行く。
イシス神が振り向いた。
「オシリス、貴方の真の敵が現れたようね」
古代エジプト時代に侵入して来たヒクソス人達は、砂漠を通ってリビア経由でやって来た。居付いた上エジプトはアフリカ内陸部に近く、シリア・パレスチナ系の神を持ち込んだ。気性の荒い嵐の神であったものがやがてセト神となったため、野蛮な侵略者と見なされていた。粗暴な性格を持つセトは砂漠の神であり、砂嵐を引き起こし、戦争を司る神でもある。そしてオシリスと同じ護符のアンクを手にしている。下エジプトは地中海世界に面しており、神話の世界でも上下エジプトの王権をかけた争いが出てくる。
セト神はオシリスと同じ原初の神ゲブの正当な息子であるが、末弟のセトは上エジプトを与えられ、オシリスは下エジプトを与えられる。豊穣と復活のオシリス信仰が下エジプトの肥沃なデルタ地帯農業を軸に、どんどん豊かになって行くのに対して、セトに与えられたのは不毛の砂漠であり異民族の土地だった。農業に適さない土地で気候が厳しい上エジプトの神であるセトは、肥沃な土地を与えられた兄オシリスを妬んだ。
「ジャガーとゴリラを従えた少女」その2 @erawan
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