第29話 片目の海賊オルチとの対決

 やって来た海賊船はまず威嚇の大砲を数発撃ち、一隻が桟橋に横づけする。100人ほどが上陸するとすぐ漁民の小舟を接収して、湾内外に停泊する他の船から縄梯子を伝い降りてくる海賊を岸に運び始めた。手慣れた動きで、たちまち岸壁は1,000人近い海賊で埋め尽くされた。


 「今だ、やれ」


 アリたち50人ほどの兵士とワイナ、トゥパック、キイロアナコンダは剣を抜いて、いきなり切り込んで行く。もちろん想定もしていたなかっただろう攻撃でパニックになった海賊達は、一気に数十人が無抵抗のまま斬られてしまう。だが、さすがに戦のプロである海賊達、直ぐに状況を察して反撃に転じ、攻勢に出て来た。こうなると多勢に無勢で、アリたちは次第に追い詰められ、


「引け」


 後は打ち合わせ通りの撤退である。もちろん多くの仲間を殺されて怒り狂った海賊達の追撃が始まった。上陸していた1,000人を超える海賊は、罵声を上げながら追跡し始めた。アリの戦法は罠にかかった獲物を柔らかな砂場に導いて行く事である。

 何処までも走り続け、やがて砂漠に入って砂に足を取られると、追撃のスピードが鈍くなってくる。それでも頭に血が上っているのか追撃を止めない連中であったが、もはや走る事もできず、次第に細く長く商隊のような隊形になってしまう。


「かかれ!」


 突然アリの号令が響いた。最後尾の一団が左右から現れた民兵に狩られてゆく。船上では勇猛な海賊も柔らかな砂の上では思うように動けず、アリたちの圧倒的な勝利で、前方に居た海賊達が戻ってきた時は既に遊牧民兵は引いた後である。神出鬼没な砂漠に慣れた民兵に翻弄されて、1,000人も居ただろう海賊はほぼ倒されてしまった。


「皆やられただと!」


 かろうじて逃げ帰って来た者の報告に、片目のキャプテン・オルチはトレードマークの赤髭を震わせて怒った。


「撃て、撃て、片っ端から撃ち壊してしまえ!」


 ありったけの砲弾が町に降り注がれた。

 だが、今度は、


「なに、奴隷が反乱を起こしたとは何だ!」


 桟橋に横づけされている以外の海賊船に残されていた奴隷たちが、反乱を起こし、船を乗っ取ってしまったというのである。何故かずぶ濡れの海賊数人が訴えてきた。


「奴隷は鎖で繋がれているだろう、反乱なんぞ――」

「ところがその鎖が……」


 突然切れたり消えたりと、まるで魔法のようだというではないか。もちろんそれはアイダとレイラの仕業である。


「何が魔法だ、てめえっちは飲んだくれやがって、それが嘘だったら切り刻んでサメの餌にしてやるからな」


 だが同じような報告が次々とやって来る。皆魔法のように鎖が切れたり消えたりしてしまい、留守居している一隻あたり数人の海賊では、櫂を漕いでいた200人前後も居る奴隷たちの反乱は抑えられなかったと言うのである。

 そして、さらに、


「キャプテン、ぐ、軍隊が――」

「今度は何だ、はっきり言え」

「軍隊に取り囲まれました」

「何だと!」


 レイラの協力で、海賊船を発見したその日の内にマリ王国にもたらされた使者である。切迫した話を聞いたマリ王自ら、10,000人もの弓等で武装した兵を率いて駆け付けて来たのだった。海賊は2,000人ほどに減っているが、アリ側はマリ王の兵士と合わせると立場は逆転したのである。

 

「オルチ、諦めて降伏しろ」


 投降を勧めるアリに対して、


「降伏だと、しゃらくせえ」


 オルチは剣を抜いた。


「ウリャーー!」

「んっーー!」


 大将同士の激しい火花の散る決闘が始まった。一対一で、両軍は周囲を囲み、時々、どっと歓声が上がる。だが、ここで1人冷静に推移を見守っている者が居た。剣豪のワイナである。


「アリがオルチを倒すのは時間の問題だな」

「そんな事が分かるのか?」


 隣にいたトゥパックが聞いた。


「オルチは片目だ。間合いが取れないだろう」

「なるほど」


 人の目は二つあって初めて距離感が掴める。単眼で刃を交えるのは圧倒的に不利なのだ。確かに自由自在に動き回るアリに対して、オルチの動きは鈍い。アリの攻撃を受け止めるだけが精一杯で、反撃しようとするが、その剣先がアリに届いていない。一方アリは完全に間合いを見切っている。手下を使えば無敵のオルチも、一対一では分が悪い。


「ダッーー」

「グッ」


 オルチの剣が叩き落とされ、その首にアリの刃が迫る――

 しかしその剣先の動きが止まった。


「オルチ、拾え」


 一歩下がったアリが剣を下ろして言う。


「くそ」


 剣を拾ったオルチが再び掛かって来る。だが、またしても同じ光景が繰り広げられ、オルチの首に刃が――


「拾え」

「…………」


 さらに、


「拾え」


 3度も剣を拾ったオルチであったが、今度は構えなかった。ついにアリの前に剣を投げ出すと、


「…………」


 降伏の意志表示をし、海賊は全員が武装解除された。





「お前たちの命は助ける。だが破壊された町の修復はしてもらうぞ」


 残された海賊2,000人の命は助ける代わりに、大砲で破壊した家々を修復させようと言うのである。マリ王の軍隊は無傷で帰ることが出来た。



 町の修復が終わると、多くの海賊がアリの配下として残りたいと願い出て来た。彼ら海賊のほとんどが元は奴隷で、この地元の出身者さえも居たのである。アリの国を興すと言う話を聞き、海賊に戻るよりも、新しい国でアリと共に活躍したいと言うのであった。

 結局オルチは仲間200人程度で、1隻だけ返された船に乗り帰って行った。そして残った30隻近い大型の船はヨーロッパ各地に売られて、莫大な資金がアリの手に入った。





 建国の式典にはマリ王も招待されて、


「これで其方も名実ともに王となったのだな」

「…………」


 アリは苦笑いをして礼をのべるのであった。






「さあ行くわよ」


 再びアイダたちの旅が始まる。虹の精霊アイダはジャガーのワイナやゴリラのトゥパック、沼の主から派遣されたキイロアナコンダ、そして風の悪魔少女レイラと犬のノラ、トゥパックが魔女から譲り受け、今では忠実な家臣となっているカラスを連れて新たな冒険の旅に出るのである。


「セラムは今頃どうしているかしら」


 レイラが隣を歩く大男トゥパックに聞いているのだ。セラムとは風の悪魔少女レイラの守護天使である。女神ニンリルは精霊界と天界を支配する風の女神なのだが、レイラの守護天使になり見守るようにと、熾天使のセラムに使命を与えた女神である。だがその守護天使であるセラムと風の悪魔少女レイラとが合体するなどと、とんでもない事態になってしまったのだ。合体後の異変は凄まじく、発生した波動は天界にまで届き、セラムは直ちに女神ニンリルから呼び戻されてしまったのである。






「アイダ、アリ王から使いの者が来ています」


 再び旅を始めたばかりのアイダたちのところに、アリ王から困った事態が起きたから戻って来てほしいと、知らせて来たのである。


「何が起こったのかしら」

「何でも土着の神がアリを王として認めないのだとか」

「土着の神が……」


 確かにアリは祈願した土着の神から、人の知らない妖精を連れてきたらお前を王にしてやろうと言われていた。その神が怒っていると言うのである。剣や弓で立ち向かう事の出来ない相手で、困っているから戻って来てほしいのだと。


「分かったわ、戻りましょう」






「我々の地元ではムルングと呼ばれる神です」

「ムルング」

「はい」


 砂漠とは無縁の領域、絡み合う蔦に天の大部分が覆われ、薄明の背後に隠れ潜むムルングである。尖った頭を持ち、手には房の付いたまじない用の棒を握っている。その色は見る人によって全く違い、様々な幻想をもたらす邪気を放っている。


「生贄の妖精は何処だ?」

「…………」

「儂はお前に人の見ぬ妖精を連れてきたら、その時はお前を王にしてやろうと言ったはずだ」

「…………」

「妖精を見つけてきたのではないのか」


 アリは危険な精霊の悪意から自身や民の身を護る必要があった。ムルングは正にその危険な精霊をも支配しているのか。アリ王国の住人も邪悪なムルングの犠牲になり次々と襲われているのだという。


「お前が約束を守り、生贄の妖精を連れて来るまでは許さぬぞ」

「…………」


 まだ砂漠化を免れている広大なサバンナにおいては、太陽と雨、河や泉が人の命運を握る。明確な乾季と雨季に分かれる一年。乾季には厳しい灼熱の太陽が地を焦がし、河や泉から水を奪う、あらゆる生き物にとって試練の時である。そこでさらにムルングの呪いから井戸の水まで枯れ、また飲んだ者が狂い死ぬというのだ。


「そのムルングとやらは何処にいるの?」

「どこに居るのか分かりませんが、夜の闇が訪れると、徘徊する野獣以上に、恐ろしいムルングの呪いが人々を狂わせ迷わせるのです」

「なるほど」


 民の安寧を守るのは王の責任である。アリは切実な願いであると訴えてきた。そのような事ならアイダやレイラたちの出番である。

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