「ジャガーとゴリラを従えた少女」その2

@erawan

第1話 キイロアナコンダと死者の谷の話

 どれだけの時間が経ったのか、レイラはやっと気づき目を開けた。


「熱い!」


 自分の身体が焼けているようだ。体内から発せられる熱で大地は炎上し、天は煮えたぎっているのではないか。立ち上がろうとして、よろめき再び地面に倒れ込んでしまう。うずくまるレイラの身体は青白い炎に包まれていた。


「起きなければ……」


 レイラは自身が怪物になってしまったのではないかと疑った。今この異常な熱を発している自分はレイラなのか、それとも得体のしれない火を吐く魔物なのか。


「ふん、未だしぶとく生きていたんだね」


 突然前方からイシスの声が、さらに、


「死ね!」


 来る、


「アラカザーー、アカザンヴーー、トシャスヴァーハーー、トシザムスヴァーハー」


 レイラは思わず両手を顔の前に交差して身構えた。だが、そのとっさの仕草だけでイシスの呪文を打ち破り、なおかつその魔力が消えてしまった。


「なに!」


 イシスの驚愕ぶりが手に取るように分かった。


「アラカザンヴォアラホートシャザムスヴァー」


 すかさずレイラは呪文で応戦、


「グアッーー!」


 呪文は地を引き裂いて突き進み戦車群を破壊した。その衝撃によって天は轟き、震え、兵士たちの身体からは凄まじい血がほとばしった。


「アラカザンヴォアラホァーシャーーヴォアーーシャザムァー!」


 レイラは自身の抑えきれない衝動に突き動かされ、修羅のごとく更なる呪文を容赦なく投げつける。その衝撃は天界まで轟いた。







 話はアイダたちが赤い目の魔術師フアイチヴォを倒した後から始まる。休む間もなく次の強敵が現れた。今度の敵はベリアルが背後に居るというではないか。


「相手にとって不足はないわ」


 召喚した時には燃え上がる戦車に乗り、美しい天使の姿で現れるという。非常に強大な魔王であり、複数の軍団を指揮しているようである。元は高位の天使で、堕落する前は有名な熾天使ミカエルよりも階級が上だったともいわれている。


「皆んな、行くわよ」


 アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女レイラを連れて歩み始めた。皆はいずれも人の姿に変身して、風の悪魔少女には守護天使セラムも付いていた。


「あなたも付いて来るの?」

「前にも言ったけど、これはニンリル様の指示でもあるのよ」

「…………」


 ニンリル様とは精霊界では風の女神であり、シュメール神話に登場する女神でもある。


「悪魔に守護天使が付いているなんて……」

「…………」

「皆には内緒にしておくわ。特にトゥパックにはね、知られたら何を言われるか分かったもんじゃないわ」







 パーティーの後方でトゥパックとキイロアナコンダが並んで歩いている。


「おれはいつかまた沼に帰り、彼奴に勝負を挑むつもりだ。沼の主との勝負は未だついていない」

「…………!」


 アイダのパーティーに同行する道すがら、キイロアナコンダは自分の過去を話し始めたのである。彼奴とは人界で沼の主と恐れられている大蛇の事だ。大アナコンダは、先住民が畏怖の念を込めて呼ぶパチャである。主の名はケチュア語でパチャクテクからきている。世界を震撼させる者、世界を造り変える者というインカ皇帝の名だ。

 全長10メートルを越えるという実際の報告もある。最も重いヘビの一種であることは事実であり、体重250キロ、胴回り直径30センチ以上になる。キイロアナコンダは沼の主と比べたら比較的小さいし、沼の主の全身をアイダたちは見ている。


「おれは彼奴と2度戦って、2度とも破れてしまった」

「…………」

「次に勝負をする時は必ず決着をつける。彼奴をやるか、おれがやられるか二つに一つしかない」


 黙って聞いていたトゥパックが声を掛けた。


「いや、言っちゃあ悪いが、お前とあの沼の主とでは格が違いすぎて……、あ、その……」


 そこまで聞いたキイロアナコンダは、ゆっくり蛇に変身すると、


「確かに彼奴は強大な力を持っている。おれとは格が違いすぎて、結局次も勝負にならないかもしれん」

「…………」

「だが……」


 キイロアナコンダの鎌首がトゥパックの顔にジリジリと近づいて来るーー


「…………!」


 トゥパックが思わず後退りすると尻餅をついてしまう。


「おれは必ずやる」

「わ、分かった」


 ズリッと引き下がって行くキイロアナコンダを見やりながら、トゥパックはやっと起き上がる。自分の首をそっとさすったが。喉がカラカラに乾いて、生唾も飲み込めなかった。

 沼の主大アナコンダは、この者は儂に2度も勝負を挑んで来たと言い、その実力を高く評価をしている。キイロアナコンダはアイダのパーティーに寄越してくれた助っ人であった。








「何かおかしいな」


 最初に気づいたのは、ジャガーのワイナだった。


「そうね、確かに此処の景色は変だわね」


 アイダも何かがおかしいと感じ始めていた。


「ん、何がだ?」


 トゥパックはまだ感じていないようである。キイロアナコンダと風の悪魔少女は、周囲を注意深く見ながら無言で歩いている。しかし、それまで緑だった木々や草が明らかに枯れ始めている光景を見るに至って、5人全員が異変に気づいた。


「臭いな、なんだこの匂いは」


 トゥパックが発した言葉に皆が同意する。何かが腐ったような匂いである。アイダたちは谷間のような地形に迷い込んでしまっている。


「でも魔物の匂いはしないわね」


 確かに良い匂いではないが、魔物が近くに居るというわけでも無さそうである。その時、


「見ろ」


 ワイナが皆に言った。5人の前にフッと老婆が現れたのである。一瞬緊張した皆であったが、


「なんだこの婆さんは」


 その老婆は皆を手招きしているように見える。


「気持ちの悪い婆さんだな」

「トゥパック、そんな事言ったら失礼よ」


 しかし別に害を与えて来るという様子もなく、ただ手招きをしているだけである。


「アイダ、どうします?」


ワイナが聞いてきた。


「付いて行ってみましょう」

「…………」


 だが散々歩いている内に、


「あれ、おかしくないか?」


 ワイナが声を上げた。


「此処はさっきも通った場所だろう」

「なんだと!」

「おい、婆さん。おれたちを何処に連れて行く気なんだ?」


 ところが、


「あ、婆さんが……」


 老婆の姿が消えてしまっている。そして、


「ワイナ、どうしたの?」


 ワイナの身体が揺らぎ始めているではないか。


「身体が変なんだ」

「これは!」


 アイダが叫んだ。


「大変、此処の空気は毒だわ」

「何!」


 よく周囲を見れば、腐った木々や植物、蔦などが区別も無く絡み合い、淀んだ空気と一体となって辺りに満ちている。地面はヘドロ状の得体の知れない物で覆われているではないか。

 すると風の悪魔少女が姿を消しながら、


「私がこの谷の状況を偵察してきます」

「おまえ1人で大丈夫なのか?」


 トゥパックの心配はもっともだが、


「大丈夫です、私が風になってしまえば、たとえいかなる敵の襲撃が有っても、恐れる必要は有りません」

「…………」

「どんなに強力な攻撃も、風を傷つける事は出来ないでしょ」

「なるほど」


 風の悪魔少女の発言に、トゥパックは妙に納得した。しかし風の悪魔少女の帰りを待つ間にもパーティー全員の容体が悪化してくる。


「いずれにせよこのまま此処に居る事は危険だわ」


 アイダ以下4人はなんとか谷を脱出しようと歩き始める。そして偵察を終えた風の悪魔少女が帰って来た。


「此処は死者の谷と呼ばれている危険な峡谷でした。今すぐ私の手を取って下さい」


 風の悪魔少女は、風に乗せて皆を谷の外まで運ぶと言うのである。

 だが、


「駄目だわ、此処では大勢を運ぶ程の強い風が起こせない」

「仕方ないわ、皆んな頑張って、歩くのよ!」


 とにかく歩かなければいけない。


「じゃあ、あの婆さんは一体なんだったんだ?」

「多分この毒の漂う谷で、枯れたり腐ったりした植物や、迷い込み倒れた動物の精霊でしょう」

「…………」

「寂しくて仲間を呼ぼうとしていたんじゃないかしら」

「考えてみれば可哀想な精霊だったのね……」


 5人はやっと谷の外に出ることが出来た。振り返ると、浮かばれない精霊たちの鳴き声が聞こえてくるような陰湿な谷間であった。


「……さあ、先を急ぐわよ」


 アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女を連れて歩み始めた。


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