第36話 ユイトが女性剣士シャジャルに転生

 話は此処で現代の日本に飛ぶ。と言ってもただの現代ではない。前作「剣豪とタイムマシンとカレーライス」で大手IT企業に勤め始めた結翔(ユイト)が時の支配者トキの手を借りて、秀吉の嫡男鶴松に転生する話から始まった冒険の続きである。




 フランス革命が起こった直後に、マリー・アントワネット王妃の脱出を支援したタタール人傭兵騎馬軍団と共に、ユイトは肝心な事を言った。


「私は後ろにいますから、軍団の指揮をお願いします。これは王妃さまの戦いです」

「分かりました」


 騎馬軍団の隊長が声を掛ける、


「王妃さま、御命令を」




 身柄を拘束されたロベスピエールらは革命広場でギロチンにより処刑され、マリー・アントワネットはついにフランスの宮廷に戻って来た。


「ユイト、私は宝石の全てを売る事にしました」

「えっ」

「そんな物が無くっても生きていけるでしょ。それよりも、カレーライスのレシピを教えて」

「はっ?」

「マリー・アントワネット女王万歳!」


 誰かが叫んだ。







 ここは結翔のアパートだ。食事をカレーライスにしようかと迷っていた、ある日の事だった。また結翔のパートナーである結菜さんが歓声を上げた。


「キャー!」

「どうしたの?」

「王妃さまからメールよ。ちがった、女王さまからよ」


 メールにはマリー・アントワネット女王からの短いメッセージが書かれていた。


「お願い、またカレーライスを食べさせて。それから後でストロベリー・フラペチーノもね。マリーより」


 マリー・アントワネット王妃さま……、いまだに女王ではなく王妃さまと呼んでしまう。だが、その彼女が我が家に来る時空移転の途中で異変が起こってしまったのである。


「結翔、王妃さまが大変な事になっているの」


 タイムマシンを操るユミさんも、女王ではなく王妃さまと呼んでいる。


「えっ、大変な事って……」


 タイムマシンのトラブルにはもう慣れっこになっている。今度は一体どんなトラブルなのか。


「どこか異次元の世界に行ってしまったらしいの」

「異次元!」


 時空移転には慣れているこのおれも、異次元と聞いてすぐには反応出来なかった。ユイトはタイムマシンを操るユミさんに聞いた。


「異次元って、あの、引き返す事が出来ないんですか?」

「それが、行くのは出来ても、帰る事がまだ出来ないんです」

「…………」


 結翔はユイナさんに決意を話す。時空移転の片道切符はフランス革命で既に経験済である。


「これはもうおれが行くっきゃないだろう」

「でも……」

「大丈夫さ、トラブルには慣れっこだ」


 マシンの設定がどこでどう違ったのか、時空移転のはずが、異世界に行ってしまったというのである。ユミさんに決意を話すと暫く躊躇していたが、


「分かりました、すぐ同じ設定で移転を開始します。だけど緊急の事態になったらこれを使ってください」


 ユミさんからは小型の通信機のような物を渡されて、異世界への移転が始まった。


「あの、ところでその王妃さまが行ってしまったと思われる異世界って、どんな世界なんですか?」

「中東のような世界で、剣士が活躍しているようです」

「剣士が……」


 また戦国時代なのか。


「じゃあおれは……」

「適当な剣士を探して転生すればと思ってます」

「…………」


 適当な剣士に転生って……、ユミさんも結構適当である。


「ちょっと待って移転ではなく、転生なの?」

「はい、異世界に行くと移転ではなく転生になってしまうようなのです」

「…………!」






 マムルークの王国から1人の女性剣士が旅立とうとしている。結翔が転生したシャジャルという名の女性であった。 テュルク系あるいはアルメニア系の出身と考えられている女性で、その名前はアラビア語で真珠を意味し、類いまれな美しさで、見識があり、知性的であったとされている。


「シャジャルさん」

「…………」

「こんなことになってしまい、申し訳ありません」


 結翔、つまりシャジャルの前に4人の戦を共にしてきたという剣士が居て、何故か謝罪をしている。結翔が転生した者はイスラムの女性剣士であった。マムルークの最有力者であったアイバクという者に、スルタン位を委ねる事となった。しかし、やはりと言うか、次第にシャジャルの存在が目障りとなったアイバクに都を追放されてしまう。それをシャジャルに近かった者達が防げなかったと、謝っているのである。

 そして4人と別れた結翔は改めて自分の身体を見た。何とまさしく女性ではないか。男の結翔が女性に転生してしまったのだ。腰に剣を差しているから剣士には違いない……。

 鶴松に転生した時は幼児であった為、結翔の知識が優先したが、今回は成人のシャジャルに転生したのだ。折り合いをつけなければならない。何度か転生を経験している結翔はともかく、歩きながら戸惑いを隠しきれないシャジャルが聞いてきた。ほんの少し前までシャジャルだけだった身体に、今は2人が居るのだ。他人が見ても分からない、内なる2人の会話である。


「貴方は一体誰なの?」

「おれは日本人の結翔なんだ」

「…………」

「あの、時空移転というか、その、間違って、いや意識的にこの異世界に来て……、その……」


 自分であるシャジャルに話し掛ける結翔である。


「その、とにかくよろしく頼む」

「…………」


 事情が分かっているおれと違い、混乱しているであろうシャジャルの理解を得るまでは苦労した。それでもこのシャジャルという女性は、相当知性のレベルが高いのだろう。何とか理性的に事態を掌握しようとしているようである。自分の身体に他人が入り込むなどという、普通ならパニックになってもおかしくない事態である。


「それで貴方はその王妃さまを探しにこの世界に来たと言う訳なのね」


 それはそうなのだが、王妃さまもこの世界では誰かに転生しているかもしれない。そうなると探し出すの至難の業ではないか。見かけだけでは全く分からないだろう。


「ふう」


 結翔は途方に暮れた。


「ところでシャジャル」

「えっ」

「これから何処に行くんだ?」


 シャジャルに行く当てが有るのか聞いた。結翔はこの異世界でどうしていいのか全く分からない。


「実はアリ王の知り合いに変った一団が居るらしいの」

「…………」

「精霊界の人達で、悪霊や魔物を退治しているんだって」

「はあっ!」


 またまた変な展開になってきたぞ。


「もしかしてそのグループに加わろうとか言いだすんじゃないのか?」

「とにかく会ってみようと思います」


 やれやれ、だけど、そういう結翔もどこと言って行く当てもない。こうなったら成り行きに任せるか。そして王妃さまが見つかるまではシャジャルが前面に出て、結翔は一歩後に控えている事にした。





「私たちのグループに入りたいの?」

「はい」

「私たちがどんな旅をしているのか分かっているのかしら」


 アリ王の紹介でシャジャルはアイダたちと向かい合って立っている。


「我々精霊界だけの仲間に人間が入るのはどうかな」


 ワイナの発言である。


「綺麗な人だし、いいんじゃないか」

「――――!」


 トゥパックの発言にレイラがキッと睨むと、巨体が首をすくめた。


「貴方は本当に人間なの?」


 今度はアイダの鋭い指摘であった。シャジャルは確かに魔物や化け物の類では無い。しかしアイダは何か普通の人間とは違うものを、目の前に立つシャジャルの体から感じ取っていた。何なのかは分からない、ただ普通の人間とは何かが違うのだ。

 だがシャジャルは自身の身体に共存する結翔の事は黙っていた。話してもややこしくなりそうなのだ。シャジャル自身も結翔に関しては、良く分からない事態であるからだった。


「私は普通の人間ですが、ご迷惑にはならない自信はあります」


 と言って腰の剣を握って見せた。


「分かったわ、一緒にいらっしゃい」

「有難うございます」


 こうしてイスラムの女性剣士シャジャルはアイダたちの仲間に加わった。

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