第43話 【Side:王国】どうしてこうなった

占領都市エルデンが燃えている。

黒煙に包まれ、あちこちで銃声と魔族の野蛮な怒号が響く中を、王国軍情報部中佐のヤコフ・シュワイゼンは、自分の護衛を務めてくれている小隊とともに戦場を離れるべく駆けていた。



「クソッ……どうして、どうしてこうなったのだっ!?」



今日の早朝、勇者部隊三十六名と他二個大隊は奇襲作戦を実行に移す予定だった。

その目標は魔国の次なる町、キローセ。

エルデンに比べればはるかに小さいが、山影になっていることもあり、大部隊を率いての攻略には不向きな場所だ。

そのため、今回は敵戦力と地形把握のための威力偵察を主な目的とし、可能であったならばそのまま侵攻するという流れになる……そのはずだった。



「だというのに、なぜ俺たちが攻め入られているのだっ!?」



しかも、状況は最悪極まりない。



「──よくもわがエルデンの街を傷つけてくれおったな、人間どもめっ!!!」


「ヒィッ!?」



後方から邪悪な声が街へと響き渡ると同時に、地面を殴りつけるようなひときわ大きな音。足元には激震が走る。



……最悪すぎる。あの声の主は、俺がかつて収容所へと収監していた魔国幹部だ。



エルデン駐在の王国兵千名の力があろうとも、ヤツを銃火器で止めるのはほとんど不可能だろう。止められるのは個としての強さを持つ勇者部隊の面々しかいない。

不幸中の幸いなことに、すでに先ほど救難信号弾は上がっている。

その前にも機転を利かせた王国兵たちが、予備の火薬兵器などを収めていた家屋めがけて大砲を打ち放ち、爆炎という形で勇者部隊にのろしを上げていた。



……早く、早く気づいて駆けつけてくれっ、勇者部隊っ!



王国の収容所からあの魔国幹部の脱走を許したばかりか、今度はこのエルデンという都市まで奪還されてしまっては、いよいよシュワイゼンの立つ瀬はない。今回の作戦を " いまならイケる! " と後押ししたのも他でもないシュワイゼンだ。



「クソッ、クソッ……ダメだっ、このままじゃっ!」



シュワイゼンは及び腰になっていた自らを叱咤する。

すべきことはエルデンからの退避ではなく……状況の打開。

あの魔国幹部とこの状況で正面から戦い時間を稼ぐのは至難のワザだ。

であれば、戦わずして勝つ方法を探すまで!


シュワイゼンが一転して足を向かわせたのは、エルデンの中央にある魔族捕虜の収容所だった。



「……檻から子供を連れ出すんだ、全員!」



シュワイゼンは収容所の見張りをしている兵士、それと自らに共する小隊の兵士たちにそう命じた。

兵士たちは急な命令に戸惑ってはいたものの、ライフルを構えて一つずつ檻へと入り、子供魔族の腕を乱暴に引っ張って外へと連れ出していく。



……同胞の子が盾としてあれば、いくらあの冷血そうな魔国幹部とて好き勝手に暴れるわけにはいかなくなるだろう。



そうして時間を稼いでいる内に、勇者部隊が到着すればまだ逆転の目はある!

シュワイゼンがほくそ笑んでいると、



「パパッ、パパァッ!」


「やめてくれ、息子は! 俺が出るのではダメなのかっ!?」



騒がしい声が聞こえた。

そちらを見れば小さな魔族へと大きな魔族が覆いかぶさっている。どうやら親子のようだ。息子を檻の外へと出し渋っているのが……父親か。

兵士がこちらを振り向いて許可を求めてくる。



「構わん。撃て」



シュワイゼンの言葉を合図に、ライフルの銃口からは火花と轟音。飛び出した弾丸はその父親の肩を貫いた。

父親は倒れはしたものの、うめき声が聞こえるところを見るに生きてはいるらしい。

兵士はその下から子どもを引きずり出した。まるで赤ずきんでも被っているかのように、頭から父親の血を浴びているようだ。



「二、四、六……十二匹か? チッ。少ないが、まあいい」



早々にこの魔族どもを前線へと連れ出して、兵士たちに掲げさせなければ。

シュワイゼンは子どもの魔族たちに手錠と紐をかけ、それを引っ張って収容所の外へと連れ出した。

収容所の門の外に、外周警備をしている兵士を見つけたので声を張り上げる。



「おおい、キーの刺さった車は無いか!? コイツらを載せる荷台もあるといいのだが──」



その直後のことだった。



「……えっ」



マヌケな声がシュワイゼンの口から出る。

その目に映るのは、赤いヒガンバナのようだった。いや、厳密には違う。今しがた話しかけていた警備兵の首の " 断面 " から、四方へ噴き出す血がそう見えていた。

つまり、何が起きたかといえば、一瞬で外周警備の兵士の首から上が無くなっていたのだ。



「なに、が……?」



頭を失った外周警備の兵士がその場に膝を着くように倒れるのと同時、その場に現れたのは体長二メートルは優に超す屈強な兵士のゾンビだった。

そして、その後ろから、



「──やれやれ、私は " 無力化してくれ " と言っただけなんだが……いや、まあこれも一種の無力化ではあるのか? 言葉とは難しいな……」



ゆっくりと姿を現したのは白衣を着た、死んだ魚の目をした痩身の男。

シュワイゼンの目が見開かれる。



「おま、おまえは……!」



白衣の男はこちらにチラリと目を向けてから、それからシュワイゼンの足元……ではなく、シュワイゼンが連れたっている捕虜の魔族へと目をやると、



「おや、血がベットリと。回復術士ダークヒーラーは入り用かね、少年?」



その白衣の男──キウイ・アラヤが、肩をすくめるようにしてこちらへと歩み出た。






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ここまでお読みいただきありがとうございます!

次のエピソードは「第44話 お久しぶり」です。

明日もよろしくお願いします!

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