第23話 【Side:王国】おぞましい計画

王国軍情報部中佐、" ヤコフ・シュワイゼン " は至急とのことで王都へと呼び戻されていた。

朝、鉄道から降りる。

王都は風が強く、蒸気機関車の黒煙も彼方へと飛ばされて、空はまれに見る快晴だった。

だというのに、その日のシュワイゼンにとってその光景はモノクロ同然に映る。



……最悪の気分だ!



胃が痛い。歯も痛む。

それに、喉から苦い痰汁でも出ているのか、ずっと口の中で変な味がする。

寝台付きの個室を取ったというのに、結局、昨晩は眠ることもできなかった。



「ソルフェージュ准将じゅんしょう閣下かっかはいったい、どんな情報を手にしたというのだ……?」



昨日の軍用回線での連絡の内容を思い出す。

あのダークヒーラー……名前は確か " キウイ・アラヤ " とかいったか?

そのアラヤが経営していた医院から " トンデモない資料 " が見つかった、とか。

そして、何よりも、



『中佐、貴様は王国に最悪の毒物を盛ったのやもしれんぞ……!』



准将のその言葉が鼓膜こまくから離れない。

迫真の声だった。

それはどう考えても明らかに、シュワイゼンの落ち度を非難するものだった。



……俺が、王国に毒を? あり得ない。俺は正しいことだけをしていたはずだっ!



なのにいったい、どうして。



「……クッ」



また胃がキリキリと痛んだ。

シュワイゼンは腹を押さえつつ、あらかじめ駅前に手配していた軍の深緑色をした四輪自動車両へと乗り込み、情報部へと向かった。






* * *






「──まずは、現状の報告を聞こうか、シュワイゼン中佐」



タバコの煙を吐き出しながら言ったのは、王国軍情報部の " ヨゼン・ソルフェージュ准将 " だ。

シュワイゼンが軍部の会議室に到着するやいなや、前置きもなしに説明を求めてくる。



……俺の起こした失態をそれだけ重く見ている、ということだ。



シュワイゼンは気を抜けば丸めてしまいそうな背筋をピンと張って自身の席の前へと立ち、会議室を見渡す。



「……まずは、私の不手際でこのような事態になってしまったことをお詫び──」


「今はいい。報告を優先したまえ」


「……はっ」



准将の機嫌は明らかによくない。

ピリついていた。

シュワイゼンはそれ以上刺激しないよう、丁寧に現状の説明をした。



「──というわけでございまして、まだ捕虜の魔族の発見にはいたっておりません。鋭意、捜索を続けていく所存です」



魔国領だったエルデンに詰めている部隊の協力も仰いだところだった。

現在はエルデンから魔国内陸へと向かうルートを徹底的に見張り、そして隠れられそうな場所を捜索しているところだ。

そう遠くないうちに、きっと魔族たちを捕捉できるはずだと、そう思っていたのだが、



「シュワイゼン中佐、おそらくそれはもう無駄だ」


「……はっ?」


「それ以上の捜索は無駄だろうから打ち切って、エルデン周辺の見張りの強化だけに留めておけと言っている」



准将はため息混じり言った。



……意味が、分からない。



「ほ……捕虜どもを逃がしたままにせよとおっしゃっているのですかっ!?」


「違う。捕虜どもはもう、魔国に逃げた後だ。今さら王国周辺を探したところで影も形もない」


「それに、いったいどういった根拠があるというのですっ?」


「これだ」



准将が分厚い書類の束を突き出してくる。

太文字で書かれていた表紙に書かれていたのは、以下の一文だ。



" モンスターと人体の相互互換性について "



「……なんですか、このおぞましいタイトルは……」


「くだんのダークヒーラー、" キウイ・アラヤ " の医院の捜索をおこなった " コッタ少佐 " が発見したものだ。少佐、説明を」



准将の言葉に、俺の対面に座っていた銀縁のメガネをかけた若い同僚、 " サフサン・コッタ少佐 " が立ち上がった。



「これはキウイ・アラヤの診察室、そのロッカーに隠すようにしまわれていた論文です。おそらく、彼の秘密研究かと思われます」


「それが、なんだというのだね?」


「まずはこちらの別資料をお読みください。王国教会を中心として組織されているヒーラー協会の人々に読んでいただき、この論文の内容を精査し、要点をまとめたものです」



会議室の隅で待機していたコッタ少佐の部下が、一枚一枚会議の参加者へと資料を配っていく。

それはシュワイゼンの元にも回ってきて……



「なっ……!?」



恐ろしい内容に、目を見張ってしまう。

その論文の結論とは、" 生きた人間を魔族の生贄としてダークヒールを行使することで、神話級の治療が可能になる " というものだった。



「こっ、こんな恐ろしいことが、この論文に……!?」


「ええ。私も一読しましたが、夜に見た悪夢を忘れないように走り書きしたような体でありながら、しかしその内容は地に足のついた、非常に高度な論文です。もちろん実際に確認したわけではありませんが、再現性も充分にありそうです」


「しかし、この論文がいったいなんだと……」


「わかりませんか、中佐」



コッタ少佐はオールバックにした金髪を、神経質になでつけながら続ける。



「まるで自分が魔族のケガを治しに行くことが前もってわかっていたかのようなこの論文、そして、いまだに原因不明の魔族の脱走劇……点と点がつながりませんか?」


「……ッ!!!」



そこまで言葉にされれば、シュワイゼンにもコッタ少佐の言わんとすることは充分にわかった。



「キウイ・アラヤは召集命令以前から魔族の拷問現場へとおもむいて、この神話級のダークヒールを用いて魔族を解放するつもりだった、と……!? なら、ヤツは……!」


「魔族に連れ去られたわけではなく、むしろ、キウイ・アラヤこそが主犯ということになりますね」



それは実質的に、シュワイゼンが脱走劇の主犯を捕虜の収容施設に招き入れたことを示す論拠に他ならなかった。

頭がクラッとして、シュワイゼンは思わずデスクに両手をついた。



「バッ、バカなっ……! あり得ない……!」


「なぜあり得ないと?」


「そ、そんなの……アラヤに、戦況有利の王国を離れる理由がないからに決まっている! 王国を裏切ってアイツになんの得があったというのだっ!」


「それについては、シュワイゼン中佐、あなたの " 脅し文句 " にあった通りなのでは?」



コッタ少佐は平坦な声で言う。



「キウイ・アラヤの医院への訪問時に、中佐に供にしていた兵士たちから聞きました。あなたはアラヤを殴りつけ、『ダークヒーラーがこの王国で生きていけると思うな』などと脅しつけたらしいではありませんか」


「それは、その通りだが……」


「キウイ・アラヤはその以前から王国での暮らしに見切りをつけ、魔国への亡命を企てていたのでしょう。こんな論文を作るほどの用意周到さがあれば、われわれ王国軍が自身を捕虜の回復役に召集するだろうと予測を立てることもできたはずです」


「……ま、まさかそこまでの計画性が、ヤツに……!?」


「可能性は高いと思われます。であれば、あらかじめ魔族解放後の逃走プランも練り込んで作られていた可能性も非常に高い。そこまで計画されていたのなら、今頃ヤツらは魔国についている頃合いでしょう。これ以上の捜索を続けても徒労とろうに終わります」



コッタ少佐はそこまで言い連ねると准将へと視線を向ける。

准将がうなずくと、コッタは役目を終えたとばかりに着席した。



「理解できたかね、シュワイゼン中佐。おまえはキウイ・アラヤを利用していたつもりで、その実、その手のひらの上で転がされていたのだ」


「…………はい」



唇をかみしめ、准将の言葉へとうなずく。

もう、自分の落ち度でないと主張することは限りなく難しい。



「私の不徳の致すところです……大変、申し訳ございませんでした……!」



……なんてことだ。魔族たちの拷問により情報を得ることで昇進のチャンスだったはずが、一転して国賊扱いか……!?



キウイ・アラヤ……

あのダークヒーラーのせいでっ……!

デスクの下で、手のひらに爪が食い込んで血が滲むほどに、シュワイゼンは拳を強く握った。



「中佐よ、命令だ。これから魔国への最前線、元魔国の都市エルデンの駐在軍とわれら情報部の間をつなぐ "公用使こうようし" を務めたまえ」


「……はっ」



准将からの命令にシュワイゼンは敬礼で応じた。

公用使とは手紙や極秘資料の受け渡しをする仕事であり、この王国において情報部に配属されたばかりのルーキーの仕事だ。

つまり、それが示すことは実質的な降格である。



……すぐそこに、大佐への道が開けていたというのに……!



ソルフェージュ准将は渋面のまま整えられた髭をなでつつ、



「魔国幹部に脱走されてなお、魔国との戦闘は現状優位だ。参謀本部はこの状況が崩れぬ内に再度攻撃を仕掛けたいと考えている。われわれは電撃的な作戦展開に必要な情報を求めているのだ。エルデン駐在軍からもたらされる報告書を不足なく集めよ」


「……はっ。初心に返り、つつしんで任を承ります、准将閣下」



公用使は常に移動の生活を送るため、身体的にも精神的にもキツいものだ。ジワジワと心が重くなって憂鬱ゆううつな気分になってくる。

もちろん、贅沢ぜいたくは言っていられないが。



「シュワイゼン中佐の件は以上だ。続いての議題だが、参謀本部作戦局へと " 神話級のダークヒール " を携えたキウイ・アラヤの情報を提供する必要がある。その任務についてだが……」



准将はタバコの火を潰すと、その強い視線を一点へと注ぐ。

シュワイゼン中佐の対面に座るその者へと。



「コッタ少佐。キウイ・アラヤのことをくまなく調べ、現状一番ヤツのことを把握しているだろうおまえにも手伝ってもらいたい。構わんな?」


「はっ。了解しました」



コッタ少佐は戸惑いもなく敬礼で返す。

シュワイゼン中佐はその表情を固めることで、見開きそうになる目をこらえた。



……少佐の階級で、軍の作戦立案にかかわる参謀本部への情報の橋渡し役に選ばれる、だと……?



本来、王国軍情報部の慣例的にあり得ないことだった。

情報部の提供する情報は完全なるものでなければならない。

ゆえに、その計画に携わる者は " 特別 " 信用に値するとされる、大佐以上のベテランのエリート士官たちに限られるはずだ。



……この俺だってまだ、情報の精査・分析業務が主であり、参謀本部へ直接情報を持っていくなんてしたことはない。だというのに……俺よりも若いこの少佐が……!?



腹の底に湧く感情が、醜い嫉妬心だというのはわかっていた。

しかし、わかっていたからといって、とうてい抑えられるものではない。

なぜ自分ではなく、少佐が……

ほぞを噛む。

だが、自分が犯した失態が原因であるゆえに、何も言えることはない。



……これまでの、そしてこれからの地位を守るためには成果で示すほかないだろう。



幸い、戦況はいまだ王国軍の有利。

参謀本部も戦いたがっている状況だ。

エルデンという最前線の公用使を務めることができる現状、これからいくらでも " 勝ち戦 " に関わっていくことはできる。

いや、それでは消極的すぎるな?



……そうだ。エルデンにおいて公用使を務めつつ、個人的におこなった査察結果の中からポジディブな情報を中心に准将へと送り、魔国軍との戦闘を積極的に誘発させることもできるのでは……?



つまり、成果が欲しいのであれば、自分から勝ち戦の場を整えてやればいい。

そういうことだ。

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