第22話 死の国

「──『外に出てはいけませんよ』と、わたくし何度も申しましたよね?」



魔王城の客室にて。

俺は椅子に座り、両膝にちょこんと手を乗せ背を丸め、そうしてミルフォビアと対面させられていた。

ミルフォビアは腕を組んで仁王立ちし、俺のことを見下ろして言う。



「申し上げましたよね? 『外は危険ですから部屋の中にいてください』、と」


「ああ、うん……だが、これには事情があってだね」


「どんな事情があったら猫でも持つかのようにフォルテーさんに抱きかかえられて、この三階の部屋の窓まで運ばれてくる、なんていう状況になるんですかっ?」



あの庭でのゾンビ調査の途中、「一般魔族の外出禁止令が出てるのに何やってんだっ!」とプンプン怒るフォルテーに、俺とアミルタは即刻それぞれの部屋へと連れ戻されていた。

そのシーンを、他でもない昼飯を運んできてくれたミルフォビアに目撃されてしまったのだ。



「まったくもう、油断も隙もない」


「申し訳ない……」


「もう同じことはやりませんね?」


「やらない」


「本当ですか?」


「本当だとも!」


「では、窓の外に珍しいツチノコ型のゾンビが出たらどうします?」


「そんな個体がいるのかねっ!? それはどこに行けば捕れるっ? ぜひ、私に診させてもらいたいのだがね!」


「……」



俺の問いに、しかしミルフォビアは答えず、その代わりに「やっぱりな」と言わんばかりの呆れた視線を向けてきた。



「……ハッ!?」



……マズい。これはまさか、誘導尋問というヤツだったのでは?



「アラヤ様の使い魔を務めてまだたったの一日ですが、わたくし、アラヤ様のことがよーくわかった気がします」



ミルフォビアは呆れたようなまなざしを向けてくる。



「この騒動が収まるまでの間は、わたくしが付きっきりで見張る必要がありそうです」


「なっ……!? そ、そんなことされては何もできないではないかっ!」


「できなくていいんですっ!」



そう、力強く言われてしまう。



「ゾンビたちが一掃されるまでのご辛抱ですから。アラヤ様の身に万が一のことがあれば、それは魔国にとっての損失なのですよ」



ミルフォビアはそれからこの客室で唯一のドアを塞ぐように椅子を置き、そこに腰かけてしまった。



……なんてことだ。またコッソリ部屋を出て、今度はゾンビの脳に関しての研究に精を出したかったのに。



「ゾンビたちの脳の電気信号を少しいじれば、とても有意義な使い方ができると思うのだがなぁ……」


「ダメですよ。安全になるまではおとなしくしていてくださいっ」



ミルフォビアに独り言すら筒抜けの現状、もうできることは何もなさそうだった。

あの中庭の調べかけのゾンビも、もうフォルテーに始末されてしまったろうか?



「……はぁ」



思わず、ため息が漏れた。






* * *






~【Side:死の国】~




キウイがゾンビ調査をウキウキでおこなっていたのと同時刻。

魔王城の地下深くにある、魔王も他の誰も知らない " ダンジョン " にて。



「──いったいどれだけぶりだっ!? 地上に " 人間 " がいるではないかっ!」



ダンジョンの奥底にいた男が顔を上げて言った。

真紅のローブのフードを目深に被ったその顔はミイラのようで、乾いた皮膚がドクロに張り付いている。

つまりその男もまた動く死者……ゾンビだった。

しかし、ただのゾンビではない。



「わが力で生み出した下僕のゾンビが、善の位相の者と……生者の人間と接触しおったわ!」



男はブツブツと独り言をつぶやいたかと思えば笑い出す。



「地上で起こっている戦争の影響か? ククク……ありがたい限りだ。再び、生きた人間でゾンビが作れる日が来ようとはな」



男の体からは、常に黒色のまがまがしい魔力が上に向かって糸のように流れ出していた。

それは地上の " 瘴気 " とつながると男の魔力を自動で通わせる。すると " 瘴気 " はたちまちに新たなゾンビとなり魔王城内部を徘徊しはじめた。



──その男はゾンビを作り出すことのできる、元は高名な死霊術師だった。



そのゾンビの創造が地上で " 自然発生 " などと呼ばれていることは、その男の知るところではない。しかし、それでも男はたびたびゾンビを作り出し、そして魔国内で人間を探し続けてきた。



──その地道な行動の成果が今日、数百年越しに実を結んだのだ。



男は両手を大きく広げて叫ぶ。



「来たれっ、" ゾンビ・ソルジャー "、" ゾンビ・シーフ "、そして " ゾンビ・クイーン "ッ!」



男の元に、三体の異様な雰囲気を発するゾンビたちが集まった。

それらはまるで機械仕掛けのように、一糸乱れぬ動きで男の前に膝を着く。

男は満足げにその " 死の国 " 最強のゾンビ三体を眺めると、



「王の言葉をしゅくとして聞け! 重大事件だっ!」



返事はないが、構わず男は口端を吊り上げて言う。



「生きた人間が来た! 元がおまえたちのように勇猛な戦士かはわからぬが、しかしその身が善の位相にあり、聖力を宿していれば問題ない。喜べ、おまえたち " 元人間 " の兄弟が増えるのだっ!」


「「「……」」」


「しだいにおまえたちのような特別で強力な兵士が増えていく。順調じゃないか。われわれの計画がまた一歩前進するのだ。地上の " 忌々しき " 魔国への侵略、そして " 世界征服 " という壮大な計画がな……!」



地上を死の世界とすること。

それこそが今のこの男の大いなる目的だ。

数百年もの昔にこの地で倒れることとなったその無念を晴らすため、男は地下深くへと潜り、地上の征服を夢見て兵力をたくわえていた。


男は上、地上に向けて指をさす。



「今日の夜更けに、魔王城の人間をさらってくるのだ。もちろん生きたままだぞ? 決して殺すなよ。生きたままゾンビの素体にするからこそ価値があるのだからな」


「「「……」」」



三体のゾンビたちは無言で立ち上がると、地上を目指してダンジョンの中を歩き始めた。



「……フン。今度のヤツはゾンビにするとき意思を残しておいてやろう。どいつもこいつも、会話ができないというのはヒマ過ぎる」



男はため息交じりにそうボヤくと、静かにその場に腰を下ろすのだった。





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ここまでお読みいただき、また応援や評価をいただきありがとうございます。

次回のエピソードは再び【Side:王国】です。シュワイゼン中佐の失敗(?)が明らかになってしまい、キウイの存在が王国軍情報部に認知されていく……という回です。


明日も引き続き、本作をよろしくお願いいたします。


また、もしここまでで


「おもしろい」


「続きも気になる」


など思ってくださいましたら、

ぜひフォロー、☆評価、レビューなどをよろしくお願いいたします!


続きの物語も楽しんでいただければ幸いです。




※誤植修正 2024/10/22

ゾンビ・ナイト から ゾンビ・シーフ に修正しております。

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