第21話 ゾンビ調査

あまりにも計画性が無さすぎる。

そんな自分に呆れたことが、あなたにはあるだろうか?

俺にはある。



「本当に、ままならないね……」



魔王城の物置部屋みたいな一室へと閉じ込められた俺は、おおいに嘆いた。

背にしているドアの外からは、「あ~」だとか「う~」だとかやる気のないうめき声が聞こえていて、カリカリとドアをひっかく音も聞こえてくる。



「ゾンビ一体を診察したら部屋に戻るはずが、まさか部屋を出てすぐ、城内の廊下でゾンビの大群に出会って追いかけ回されるとはね」



というか、てっきりゾンビは外にしか出現しないものだと考えていたのがそもそもの間違い。まさか普通に城内の廊下に出るなんて思いもしなかった。

ミルフォビアはこんな中を通って俺の部屋にまで来ていたのか?



「ところで君たち、私の元に一斉に集まってくるとは、実は社会性があったりするんじゃないかね?」


〔あぶぁ~!〕


「どうなんだね、答える気はあるのかねっ?」


〔うが~~~っ!〕カリカリカリッ



ダメだ、やはり話は通じないようだ。

知性も感じないし、社会性があるわけでもなさそうである。

音や生者の気配につられて、たまたま集まってきているという感じだろうか。



……やっぱりまずは一体捕まえて身体構造を調べなくては、何も始まらない。



幸い、物置部屋の出入り口は一つというわけではなかった。

窓がある。部屋の隅には使われなくなったのであろうカーテンも。

そしてここは二階だ。



……短いロープを作って地上に降りることは可能そうだ。



俺はそうすることにした。

そこそこ時間はかかったが、俺は古いカーテンを裂いてロープを作ると、窓を開け放ってそこから垂らした。

そして外へと無事、着地。



「さて、今度こそは誰にも見つからないように行動せねば……」



姿勢を低くし、辺りを見渡しながら歩く。

着地したそこは魔王城の中にある庭の一つのようで、小さな噴水を中心にしてあまり手入れの行き届いていない伸び放題の芝と、物置小屋、まばらに木々が立っている。

そして、その物置小屋の屋根の上で、



「ふぇぇぇっ……!」



口を横長に大きく開き、ミョルを力いっぱいに抱きしめて、情けない声で泣いているアミルタの姿はあった。



「なにをやっているんだ、あの子は……」



こんな状況下で放っておくこともできまい。

近づき、俺のその足音が聞こえると、アミルタはビクッとしてこちらを見下ろした。

足音の主が俺だとわかると、アミルタは一瞬その目を見開いて、それから、



「キ、キウイしぇんしぇ~~~っ!!!」



また涙をボロボロと流しながらブンブンと俺に手を振ってくる。



「アミルタさん、君はいったいこんなところで何をしてるんだね」


「しぇんしぇ……たすけてぇ! 下にゾンビいるのぉ……!」


「んっ?」



アミルタが俺がいる側とは小屋を挟んで反対側を指さした。

状況を察するに、ゾンビに追い立てられて屋根の上に避難したらしいな?



「キウイしぇんしぇ、ゾンビッ、ゾンビきもいよぉ~~~!」


「まったく……ダメだろう。独りで出歩くなんて危ないじゃないか」


「うぅっ、だって、だってぇ……! わっ、わたしはねっ、ただお散歩に行こうと思っただけなのにね、なんかいつの間にかゾンビいっぱいで、お部屋に戻れなくってぇ……!」



……子どもの話相手をするのは苦手だ。



まず論理的思考が発達しておらず、そのときの感情が先行するのが良くない。

まあ、子どもなんだから仕方ないのだろうが。



「なんにせよ、君が無事でよかった」


「うん……」


「で、そっちにいるゾンビは何体だね」


「ひとつ……」



アミルタが指を一本立てて応えた。

なるほど、たったの一体か。

それなら俺だけでもなんとかなりそうだな。

一応自分でも周囲を確認してみるが、他にはゾンビは見当たらなかった。

おそらく前後左右が棟で囲まれている閉鎖的なこぢんまりとした中庭だったから、ゾンビが歩いてやってこられないためだろう。



「少し、そこでジッとして待っていたまえよ」



俺はアミルタに注意を呼び掛けてからその場でしゃがみ込む。

そして伸び放題だった芝を掴み、束ねた二本を輪を作るように "かたむすび" していく。



〔うがぁ~〕



俺の声に気づいたらしい。

小屋の裏手から、土気色の肌をして、ボロ布をまとった男の外見をしたゾンビがノロノロと迫ってくる。



「キウイせんせぇっ! ゾンビがっ!」


「わかっている」



俺は立ち上がって、その場から直線上に少しだけ距離を取ると白衣を脱いで両手に広げて持ち、ゾンビに向かい合った。



……ふむ、これも自然発生したとかいうゾンビか? 本当に人間の死体みたいだ。これだけの造形物がなんの手も加えられず自然にできあがるとは信じがたいな。



〔うだぁ~〕



それからゾンビはうめきながら、俺に向かって歩みを進める。

そしてその足が先ほど俺が "かたむすび" をして輪となった芝に取られ、バッタンと勢いよく前に倒れた。



「フハハ! かかったなバカモノめっ!!!」



チャンス!

アミルタのいる屋根へと登ることができないということから、知能が低いとは思っていたが、まさか本当にこんな古典的トラップにまで引っかかってくれようとは!

俺は脱いだ白衣を倒れたゾンビの頭へとかぶせて視界をふさぐと、その背中から馬乗りになった。

ゾンビは起き上がろうと体を動かしたが、しかしそれでも俺を振り落とすほどの力はない。



「キウイせんせぇっ、だいじょうぶっ!?」


「ああ、問題ない! もう少し待っていたまえ、このゾンビの無害化を試みる」



俺はゾンビの、その土色の腕へと触れる。

ひんやり、しっとりとしていた。

掘り返した地面の土に触れているようだ。



……さて、王国にも伝わるゾンビの無害化の仕方は二つ。一つ目が聖術で死体の魔力をはらう方法、二つ目が物理的に頭を潰す方法だ。



当然のごとく一つ目の方法は人間でありながら魔力しか持たない俺にできるはずもない。となると、残された手段は二つ目の頭を潰す方法なわけだが……。



「そちらも私の腕力的に無理なのでね、脳を魔力でいじらせてもらうよ」



診察用の魔力の使い方を応用すれば、脳の一部を意図して変形させることだって可能だし、脳内に魔力で障壁を作り電気信号の阻害をすることも可能だ。

俺はさっそくゾンビの頭へと手をやろうとして……

しかし、



「せっかくの機会だからな。ちょっとだけ、ちょっとだけ寄り道もしようか」



と、俺はゾンビの頭ではなく背中へと手を押し当てて、さっそく診察用の魔力を流し込んだ。



「おおっ!!!」



思わず叫んでしまう。



──骨格、筋肉、人体と同じだ。



──脊髄、神経回路、ちゃんと存在する。



──生殖器、あった。



「……まるで神の粘土遊びじゃないかっ!」


〔あぅ~〕



その神秘には感動した。

それと同時に不思議にも思う。

どうして " 瘴気 " という実態も不確かなものから、ここまで人体と同一のものを形成させることができるのか、と。



……それは不思議だが、まあ後でじっくり研究すればいい。目下の問題はそこじゃあない。



「もしもこいつの脳への電気信号を操ることができ、任意の行動をとらせることができたのであれば……!」



単純労働者を大量生産することができる!

ではそのためにも、さっそく脳構造を調べ──



「──キウイ? それにアミルタ様もっ!? いったいそんなところで何をやってるんだっ!?」



唐突に、素っ頓狂すっとんきょうな声が空から響いた。

そしてバッサバッサと。

翼をはばたかせて上から俺たちの元に降り立ってきたのは、俺とともにこの魔国まで逃げてきたワシ頭の魔族、フォルテーだった。

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