第11話 いざ魔国へ
「ま、魔族ではない、だとっ……!?」
高位聖職者ルシウスはワナワナと震えながら、俺の顔を指さしてくる。
「そんな青白い顔をしているのにっ!? 目元は黒ずんで腐りかけじゃないか……!」
「色白は元から、目元のこれはただの深いクマだよ。ダークヒーラーというのも、ずいぶんと忙しい職業でねぇ」
ルシウスは口を開きっぱなしで、俺から距離をとろうとするが、
「高位聖職者といえど、聖術を除けばただのご老人だな」
そうはさせない。
俺はルシウスが手に持っていた聖術の力の源── "聖書" を取り上げた。
「あぁっ!?」
「これは預からせてもらうよ」
「なっ、かっ、返さんかっ! この不届き者めっ!」
「それはできない相談だよ、ルシウス殿。いくら聖職にうとい私でも、この王国に二十五年以上も生きていれば、あなたたち聖職者がその身に宿す "聖力" を聖書へと注ぐことで聖術を使うことくらい知っているさ」
俺は老人の手の届かない高さへと掲げて遠ざけた。
老人はヨタヨタ、ピョンピョンと、聖書を取り返そうと必死に飛び跳ねる。
「かっ、返せっ! 野蛮で邪悪な魔族を助けるなど、恥を知れっ!」
「いやいや、彼らはとても理性的だし、とっさに私の身を案じてくれる優しい方々だよ」
「ハァッ……ハァッ……ヤ、ヤツらは人間のっ、敵だぞっ!」
「なあ聖職者殿、素人質問で恐縮なんだが、聖書には『敵を愛せ』と書いてはいなかったかね?」
「クッ……若造がっ、屁理屈をこねおってェェェッ!」
ドンッ、と。
ルシウスに両手で胸を突き飛ばされ、俺は地面に尻から不時着した。
「いてっ」
ふつうに痛い。
尻をさする。
たぶんアザになったかな、これは。
「というか私、ちょっとひ弱すぎないかな? まさかご老人に押し倒されるとは……」
「返せっ、ガキがっ、その聖書を返せぇぇぇ──ッ!」
ルシウスが倒れ込むように、俺の手にある聖書めがけて突っ込んできた。
しかし、
──シュトトトッ!
硬い羽が三枚、後ろから飛んできたかと思うと、その鋭い根元からルシウスの頭へと深く突き刺さった。
ルシウスはギョロッと白目を剥いたかと思うと、操り人形の糸が切れたかのように倒れ伏す。
ホッとして、俺は後ろを向いた。
「いやぁ、助かりましたよ。フォルテーさん」
視線の先、すっかり調子を取り戻していた二人の魔族、ギギとフォルテーが俺の元へと駆け寄ってくるところだった。
「こちらこそだ、キウイ。アンタが聖書を取り上げてくれたおかげで俺たちは動けるようになったんだから」
辺りの地面や壁の色はすっかり元通りになっており、聖域が敷かれていた時のような黄金色はどこにもない。
どうやら、聖書を狙った俺の行動は正解だったようだ。
「ではお互い様、といったところですね」
「だな。俺たちとしては借りばかりが増えていく気分だが」
フォルテーの言葉に「まったくだ」とギギが応じた。
ギギが手を差し伸べてくれたので、その手を握って起き上がらせてもらう。
下を向く。
うつ伏せに倒れているルシウスはまだ完全にはこと切れていないようで、ピクピクと指先がかすかに動いていた。
「悪いね。私に人は治せないのだよ」
だってダークヒーラーだもの。
俺たちは再び、小走りで西棟裏口を目指した。
* * *
「──む、遅かったではないか」
裏口にたどり着くと、そこにはすでにアギトの姿があった。
「え、あの……アギト殿、施設の制圧は途中で諦めたので?」
「そんなわけあるまい」
アギトは裏口のドアを開けてみせる。
裏口の先に続いている職員専用通路のような小道の脇に、うめき声を上げて苦しむ王国兵たちが何人も転がっているのが見えた。
「しっかりと目につく王国兵、全てを戦闘不能にしてきたとも」
「……すさまじいですね」
ギギとフォルテーは『五分もかかるまい』と言っていたが、どうやらそれすらも過小評価だったらしい。
これが魔国で指折りの実力者の本気というわけか。
「それではさっそく逃走に移るぞ。勇者部隊が駆けつけてくる前に」
「……アギト殿。勇者部隊は、今の万全のアギト殿でも手を焼く相手ですか?」
俺の興味本位の質問に、アギトは一瞬だけ考えると、
「戦い始めて二分で
そう答えた。
なるほど、身震いに値する。
「早々に出立しましょう」
「ああ。早いに越したことはない」
アギトは翼を広げた。
そして俺の体を掴むと、
「一つ、言っておかねばならぬことがある」
アギトはその紅い瞳で俺をまっすぐに見た。
「キウイ、これからおまえを魔国に連れてはいくが……おそらく、魔国の者たちの中にはおまえのことを快く思わぬ者たちもいるだろう。場合によっては危険な目に遭うやもしれぬ」
「承知しております」
俺は深く頷いた。
俺は人間であり、しかも拷問補佐すらしていたのだ。
なんの問題もなく受け入れられるなど思ってはいない。
……だが、なんとかなるさ。実際に俺は、今日ここまで計画通りに進めてこられたじゃないか。
魔国に行ってからも、俺は自身の有用性を示していくことで生き抜いて──
「──まあ、吾輩たちが全霊を尽くして守るがな」
「えっ?」
アギトたちは互いに顔を見合わせてうなずき合っていた。
守って……くれるのか?
それはありがたいが、いったいどうしてそこまでしてくれるのか……
「さあ、それでは飛ぶぞ」
「うわっ!?」
俺が問いを発する前に、アギトは俺を掴むと、大きな悪魔の翼を羽ばたかせて宙高くへと浮かぶ。
その後に続くように、ギギとフォルテーもまた飛び上がった。
「まだ王国兵の増援は来ていないようだな。おそらくエルデンへと兵を集中させているのだろう……それはそれで
アギトは鼻を鳴らすと、北に向かい滑空し進み始める。
「さあ、帰ろう。われらが魔国に」
後ろを向く。
王国最北端の町の景色はどんどんと小さくなっていき、やがて見えなくなった。
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ここまでお読みいただき、また応援や評価をいただきありがとうございます。
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「続きも気になる」
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次回エピソードは王国サイド視点で、キウイを連れてきたシュワイゼン中佐が魔族脱走の報告を受けてしまう話となります。
続きも楽しんでいただければ幸いです。
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