第3章 魔国で働こう

第12話 【Side:王国】シュワイゼン中佐の落ち度

街の灯りもすっかり落ちた夜更け。

王都の高級アパートメントの一室にて。



「こんなにも静かなのに、あなたは戦争をしているのね、ヤコフ。なんだか不思議な気分だわ」


「その静けさこそ、この戦争で私が勝ち取ってきたものさ。もちろん、君とのひと時のためにね、エリィ」



三階の窓から差し込む薄白い月明りの下。

王国軍情報部中佐、 "ヤコフ・シュワイゼン" はベッドを共にする恋人へとささやいた。

魔国領エルデンの制圧に伴う戦況の優勢にともなって余暇が増え、こうして愛する人とともに過ごす時間が増えたのは素晴らしいことだ。



……さらには "出世" の日も近いときた。



こうしてシュワイゼン自らが余暇を満喫している間にも、王国北端の町では魔国幹部をはじめとする魔族たちへの無期限の拷問を続けさせている。

ダークヒーラーという "こま" も手に入った。

魔国幹部の人数や、魔国側の戦力など、役立つ情報が得られる日も近いだろう。



……もうすぐで軍情報部の枢軸すうじくを担う "大佐" へと昇格できる! 戦争が始まってくれて本当によかった、王国万歳だ!



シュワイゼンがほくそ笑みながら、見上げた天井に輝かしいキャリアの未来図を描いていると、エリィがその温かな手で腕に触れてくる。



「ねぇ、ヤコフ。明日は本当に大丈夫なのよね?」


「ん? ああ、君のご両親へのあいさつだね? もちろんだとも」



エリィの手に、シュワイゼンは自らの手を重ねた。



「王都でいま話題のレストランを予約している。とびきり景色の良い席をね」


「まあ……!」


「そこでご両親にしっかりと伝えるよ。君を幸せにしてみせるって」


「ヤコフ……」



エリィが静かに目を閉じた。

シュワイゼンはエリィへと、自らの顔をそっと近づけて──




──ジジジジジッ!




空気を切り裂くようなベルの音が鳴った。



「……電話みたいね」


「クソッ、なんでこんな時間に」



……定時報告なら先ほど済んだはずだが。連絡漏れによる追加報告だったら怒鳴り倒してやる。



シュワイゼンはベッドから抜け出して電話機の元まで歩くと、その受話器を取って耳と口に当てた。



「こちらシュワイゼン」


『ソルフェージュ准将じゅんしょうである』


「っ!」



相手は部下ではなかった。

王国軍情報部のトップ、"ヨゼン・ソルフェージュ准将" その人だ。



『余暇は終了だ。至急、情報部に顔を出したまえ』


「……ハッ! ただちにっ!」



電話はすぐに切れた。

シュワイゼンはしばらく受話器を見つめる。

冷や汗が背中を伝った。



……前置きもなしでの緊急の呼び出しだと? なにか、とてつもなく嫌な予感がする……。



「ヤコフ? どうしたの、表情が険しいわよ?」


「……エリィ、すまない。仕事だ」


「えっ? ウソでしょう、もう夜よっ?」


「少し厄介なことになったらしい。『余暇は終わり』、だそうだ」


「それって……」


「……すまない。明日のご両親へのあいさつは延期させてくれ」



シュワイゼンは身支度を整えると、すぐさま家を飛び出した。






* * *






「──逃げた魔族の追跡すらできていないとはどういうことだっ!?」



翌日の午後のこと。

真夜中に無理やり軍用車両を動かし、徹夜でたどり着いた北端の町にて。

シュワイゼンは町に駐在していた部下の報告に怒鳴り声をあげていた。



──すべての魔族捕虜の脱走。



昨晩に准将からの指示で情報部へとおもむき、軍用回線で事件の内容を聞いたときには体中の血の気が引いた。

すぐに現場へと指示を出し、自身も急行してきたが……



……なんたることだ、たったの一晩で最悪の状況じゃないかっ!



魔族の収容場所に使った施設、そこに詰めていた王国兵は四十五人のうち十名が死亡、残りも重体か、あるいは重傷者ばかりというありさまだった。

さらには、王国に十五人しかいない高位聖職者の一人、"聖ルシウス・サターニャ" まで死亡している。



「私は昨晩の連絡時、逃げた捕虜らの追跡を命じたはずだがっ!?」


「その時にはすでに、付近には影も形もなく……」


「すぐに軍基地からの増援を使って捜索させればよかったろうっ!?」


「し、施設内には命の危険があるケガ人が多くおりまして、まずは人命救助にあたっておりました。施設内に魔族が潜伏している危険もある以上、増援を救助部隊と捜索部隊に分ける判断をするべきではない、と」


「~~~! 勝手な判断をして、みすみす情報源を逃がすヤツがあるかっ!」



シュワイゼンは拳を振り上げたが、しかし。

ガシッと。

その手は横から掴まれた。



「その辺にしておきたまえよ、シュワイゼン中佐」



低い男の声だ。

片手で毛量の多い白髭をなでながら、もう片方の手でシュワイゼンの振り上げた手を掴んでいるのは、この町の軍基地の責任者の准将……シュワイゼンの上官だった。



「増援に向かわせた兵の運用について指示を出したのはこの私だ」


「えっ……」


「捕虜だった魔族はとても強力で危険な幹部だったと聞く。増援部隊は私の部下だ。情報が定かではないうえ、勇者部隊らもこの町にいない状況下で、みすみす部下らの命を危険にさらすわけにはいかないのでな。それとも、」



その上官はギロリと鋭い視線をシュワイゼンへと向けて、



「まさか増援部隊の兵の犠牲ならば、自分の懐は痛まないから問題ないとでも言いたかったのかね?」


「ま……まさか、そんなことは」



シュワイゼンは拳を降ろし、頭を下げた。



「このたびは私の部下たちの失敗をケアしていただき、また救助のご支援をたまわりまして誠にありがとうございます」


「……フン」



白髭の上官は気に食わなそうに息を吐きつつ、



「本当に君の部下たちだけの失敗かね? 私には他にも要因があるような気がしてならないが……」


「……?」



その場は首を傾げたシュワイゼンだったが、その要因が判明するのはすぐだった。




──現場に、例の "ダークヒーラー" の死体がない。




魔国幹部のいた拷問部屋に、拷問官であるゴルゴン少尉の死体はあった。

見張りの兵たちの死体もある。

だからそこでの拷問中に "脱走" は起こったはずなのだ。

なのに、そこにいたハズのダークヒーラーの姿だけがない……



……まさか、ダークヒーラーが魔族たちに結託して……!?



だとしたらダークヒーラーを連れてきた自分に "落ち度" があることになる……それはマズい。

だが、可能性は低いだろう。

ゴルゴン少尉にはダークヒーラーの扱いに関して明確に指示を出していた。

魔族を完治させるだけの余裕は与えていないはずだし、その見張りも徹底させていたはずだ。



……であれば、ダークヒーラーが起因となっている可能性は低い。魔国の刺客による奇襲か、何かの事故によるスキを突かれ、その際にダークヒーラーは連れ去られた……そう考えるのが自然。



「そうだ、まだ完全に私の落ち度と決まったわけでは……」




──それから二日。シュワイゼンは現場に残り原因調査を続けた。




捜索に出た部隊からの成果報告はない。

脱走原因もいまだ判明しない。

そんな中で、情報部からの──

ヨゼン・ソルフェージュ准将からのその電話はあった。



『シュワイゼン中佐、貴様、やってくれたな……!』


「……え、はいっ?」


『君が収容所へと連れていったというダークヒーラーだが、その者が経営していた医院の調査中に "トンデモない資料" が見つかりおった』



ソルフェージュ准将は低く震える声で言った。



『中佐、貴様は王国に最悪の毒物を盛ったのやもしれんぞ……!』

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