第10話 高位聖職者

「施設内の王国兵の数は五十前後と言っていたな。なら、きっと五分もかかるまい」



西棟裏口へと向かいながら、コウモリ羽を持つヴァンパイアの美形な魔族、"ギギ・ガンダ" が言った。



「アギト様はたった御一人で万人規模の戦況も変える、魔国でも指折りの実力者だ。聖剣を持つ勇者が率いる王国最大戦力 "勇者部隊" の不意打ちさえなければ、もはや誰もあの人は止められぬ」



アギトが俺の計り知れないほどの強者であることは分かっていたが、しかし魔国全体で見てもトップレベルらしい。

やはり……と言いたいところだったが、しかし引っかかることがあった。



「それでは、魔国領のエルデンで不覚を取ってしまったのは、例の "勇者部隊" のせいですか」


「ああ。アレはひどい戦いだった」



ギギの言葉を引き継ぐように、ワシ頭のフォルテーが低い声を出す。



「宣戦布告もないままの強襲だったんだ。見慣れない "破壊兵器" で国境の防壁がまたたく間に吹き飛んでしまった。その混乱の隙に、立て続けに聖職者たちがエルデンに流れ込んできて、町を覆う規模で "魔封じの結界" を張られてしまった」


「魔封じの結界……それは確か、魔力を持つ生物を弱体化させるという……」


「ああ。アギト様も含めてな。そんな結界を張られた状態ではまともに戦うことはできん。だがしかし、エルデンに住む民を逃がすためには体を張る者たちが必要だった」


「それでアギト殿と、あなたたちが残ったわけですね」


「俺たちだけではない。もっとたくさん、大勢の仲間たちが残って戦ったさ。だが、弱体化した俺たちの前に、"勇者部隊" はあまりに強敵だった……!」



"勇者" ──それは人類国家である王国に代々伝わる "聖剣" に選ばれし最強の剣士だ。

近代になって銃による武装が一般的になりつつある王国内だが、聖剣の力は絶大らしい。

現に勇者は王国軍内でいまだに重要な地位を与えられており、独断行動が認められ、精鋭をかき集めて自分の部隊を自由に組織できる。

それが "勇者部隊" だ。



「あのとき、エルデンの防壁さえ崩れていなければ、俺たちは……」



ギギは悔しげに口をつぐむ。

フォルテーは大きなため息を吐いて、



「いま言ったってしかたないさ。王国軍の文明レベルはわれわれの想定を大きく越えていた。まさか、あんな兵器を開発していたとはな」



"あんな兵器" ……それはおそらく、"ノヴァ・カノン"のことを言っているのだろう。

近年王国で開発された、全長数十メートルにもなる大型の長距離用の大砲だ。

目標物を爆破する巨大な榴弾りゅうだんを、数キロメートルも手前から隕石のごとく目標物へとぶつけることができるらしい。



……魔国と王国が数百年も断交している間に、王国の文明レベルは魔国のそれを遥かに突き放して成長してしまっているようだな?



なんて推察をしていると、



「おい、来たぞっ! 王国兵だっ!」



通路の突き当りの曲がり角から、ライフルを構えた影が飛び出してくる。

銃口が火花を散らし、紙風船を割るような破裂音が響く。



「キウイッ、俺たちの後ろにいろっ!」



ギギたちが俺を庇うように前に出てくれた。

二人は魔力で体を強化し、実弾を腕や羽で弾く。



「ハァ──ッ!」



フォルテーが翼を広げると、固い羽が高速で飛んで王国兵たちの首に突き刺さる。

兵たちは力なくライフルを取り落とすと、その場に崩れ落ちた。



「フン、俺たち相手に飛び道具で勝負を挑もうなど百年早いわ」



言いつつ、しかし銃弾を防いでいたフォルテーたちの腕からは血が流れていた。

即座に俺はその腕に魔力を流し込み、ダークヒールをかける。



「これくらい平気……と言いたいところだが、感謝する」


「いえ。守ってもらいましたから」


「律儀なヤツだな、キウイは──」



──その時だった。



「 "聖域指定" 」



しわがれたその声が通路に響く。

それと同時、あたりに黄金色の光が広がった。

直後、



「グッ……!」


「これはっ……!?」



ギギとフォルテーが、その場に膝をついた。

二人とも、高熱にさいなまれているかのように息が荒い。



「いったい、なにが……」


「── 三体か。その程度であれば、私ひとりで十分だな」



先ほどライフルを持った王国兵が飛び出してきたその曲がり角から、コツコツと足音を響かせて出てきたのは、白い祭服の老いた聖職者だった。

しかし、その身につける装飾を一目見てわかる。



「あなたは、高位聖職者か……!」



あらゆる "魔" に対して優位を取れる職業、聖職者。

その中でも特に優れ、高い実績を収めてきた者に与えられるのが高位聖職者の地位だ。



「まったく、聖術の調整に来てみれば、罪なる者たちがさらに罪を重ねているとはな。しかし、私が来たからにはそうはいかぬ。なんじらに神罰が下る時がきたのだ」


「……そういえば」



俺がここに来た日、シュワイゼン中佐が言っていた。

アギトたちを縛り付けていた拘束具には高位聖職者による聖術が込められている、と



……しかし、たまたま今日その調整の仕事に来ていたとは。



「なるほど、不運なことだ」


「不運? いいや、偶然の巡り合わせなどではない。これが宿命なのだ、罪なる者よ」



老人はニヤリとする。



「王国教会第十二席次の "ルシウス・サターニャ" 、その名を最後の審判で告げるがいい。私の徳が一つ積まれることになる」


「……んん?」



俺は思わず、首を傾げてしまった。



「どうやら私とあなた……ルシウス殿の間で、なにか認識の相違があるようだな」



俺は舌を動かしつつ、白衣に手を突っ込んで、黄金色となった地面を歩みルシウスへと迫った。



「フン、させぬよ」



ルシウスの手が黄金色に輝いた。

力強い光だ。



「私の展開したこの "聖域" の影響を受けていないのは、おまえの生まれながらにして持つ悪の位相が弱いからのようだな。しかし、この "神の言弾コトダマ" はわずかな悪も断罪し、弾き飛ばす高等聖術だっ」


「ほお、そうですか」


「魔の者が、敬虔けいけんなる聖者に勝てると思わぬことだっ! 吹き飛べ悪よぉっ! バハァッ!!!」



ルシウスが喜々とした表情で黄金の光の弾を俺へと飛ばす。

それは俺の胸の真ん中へと直撃して──



──たちまちに立ち消えた。



当然、俺は弾き飛ばされてなどいない。

それどころかわずかな痛みすらない。



「……ふぇぇぇ?」



ルシウスが、入れ歯が外れたときのような声を出す。

やっぱり、俺たちの間には認識の相違があったようだ。



「ルシウス殿、あなたはどうやら勘違いされているようだが……私は魔族ではなく、ただの "人間" なのだよ」



聖術が効くのは、生まれながらにして悪の位相にいる魔族や悪魔、霊のたぐいのみ。

たとえダークヒーラーであったとしても、人間として生まれた俺にはなんら効果を持たないのだ。



「だから先ほど私はこう言ったのだ、『不運だったな』と。ルシウス殿、あなたに向けてね」



……いくら高位聖職者といえど、その歳で殴り合いが強いわけではあるまいな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る