第9話 優しき心?

「施設の人間を殺し尽くす……それで構わないのか、本当に」


「ええ」



再度、目を丸くしたアギトからの問いに、俺は迷いなく頷いた。



「私も考えていました。みなさんを解放した後の逃走方法を。大きく分けて二つに分類できると思います」



俺は話しながら、順々に指を立てていく。



「一つが異変に気付かれつつも、国境を越える速さを優先する方法です。そしてもう一つが、魔国幹部であるアギト殿、あなたの力を頼っての施設制圧を行い、安全マージンを稼いでからの逃げる方法でしょう」


「ああ……うむ。まったくもって、吾輩の考えと同じだ」


「今回のケースにおいては、私は二つ目の方法こそ、もっとも逃走の成功確率が高いものと考えます」


「そうだな。現在、魔国領エルデンが王国軍に制圧されている以上、一つ目の追手を伴っての逃走はリスクが高いだろう」



そう、これは単純な話だ。

これから逃げる方角に王国軍がいる以上、一つ目の方法では挟み撃ちに遭う可能性が高い。

だから、先に追手だけでも潰しておこうというわけである。



……だが、追手を皆殺しにするのも悪手だろう。もっと逃走の成功確率を上げるやり方がある。



「一つ、ご提案が」


「なんだ?」


「倒した兵たちの一部にあえてトドメをささないでおけますでしょうか」



近年、王国で開発された "対人地雷" という兵器がある。

これは殺傷力をあえて低くおさえているのだが、その理由はなにか?



──答えは、敵軍内に重傷者を作り、敵の足を引っ張らせるためだ。



「重傷のケガ人が出れば、王国軍はわれわれの追跡よりもケガ人の救護を優先します。そうすれば、より追手のリスクは減るでしょう」



われながら非道な案だ。

そして、ここで地雷の役割を果たしてもらうのが魔国幹部のアギトだ。

この一週間で彼の体を何度も診察したが、その内に秘める力は計り知れないものだった。

彼が本気を出したならば、"死んだ方がマシ" な傷を負う王国兵たちも出てくるだろう。

なのに、トドメをさされない。

苦痛を味わい放置されることになる。

非人道的と言われても仕方ない行いだ。



……だが、それで俺の亡命の成功率が上がるならば。俺は鬼畜と呼ばれても構わない。



俺の人権をまるで無視して、十年の歳月を過ごした医院を奪った王国側の人間に同情などしてはいられない。

俺はこれからの俺の人生のために、できることはなんだってやってやろうと思っている。



「……フッ、なるほどな。そういうことか」



俺の話を聞いたアギトは得心がいったように頷くと、



「おまえはやはり、その精神からしてダークヒーラーなのだな。人や魔族の命の重みをよく知っている」


「ええ。この心はもはや、魔にささげております」



アギトの言葉はおそらく皮肉だろう。

同族である人間に対してここまで非情になる俺に対して、非難の一つもしたくなる気持ちはわかる。



「わかった、吾輩に任せておけ。キウイのこれまでの働きに報いるためにも、できる範囲で王国兵は生かしておこう」


「私の拙案せつあんに真摯に向き合っていただき、誠にありがとうございます」



俺が頭を下げると、



「いいのだ。キウイよ、きっと命を丁重に扱うおまえのその "非情になり切れない優しき心" が、優秀なダークヒーラーとしてのおまえを形作ったのだろうから」



……ん?



何だかいま、俺に "優しき心" がどうだとか、ぜんぜん実態にそぐわない評価をされた気がするのだが、



「さて、それでは施設制圧に乗り出すとしよう。キウイよ、知っている範囲でこの施設の情報を教えてほしい」



……まあ、いま聞き直さなくてもいいか。それよりも優先は現状の共有だ。



俺はこの一週間で見聞きした、この収容施設の規模や駐在している王国兵のだいたいの数……およそ五十人前後であることをアギトに伝えた。



「その様子では、この施設に "勇者部隊" はおらぬか。であれば、攻略は容易い」



アギトはニヤリと口元を歪め、笑った。



「東棟から順に倒してくるとしよう。その後、どこで落ち合うか」


「西棟の裏口がもっとも外からの人目につかないかと」


「わかった。吾輩がせいぜい賑やかしてくる。おまえたちはその間に移動を始めておけ。吾輩も五分以内に駆けつけよう」



そう言うやいなや、アギトは拷問部屋から去っていった。

するとすぐに、非常ベルに混じって人間たちの悲鳴が合唱のように響き渡る。

その歌唱はどんどんと大きくなり、そして遠ざかるように小さくなっていった。



……哀れ、王国兵たちよ。



さながら施設内は、ライオンのおりが壊れた動物園のような混乱が広がっていることだろう。

恨み言なら俺にではなく "王国軍情報部のシュワイゼン中佐" 宛にお願いしたい。

俺をこんなところに連れてこなければ、こんな事態にならずに済んだのだから。


まあ、文句を言おうが "時すでに遅し" ではあるが。



「さて、それでは私たちも行きましょうか、西棟裏口へ」



俺は残された魔族二人を伴って、事前に把握しておいたルートをたどって歩いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る