第8話 謝罪
この謝罪は、俺の亡命成功確率を高めるチャンス。
最大限にそれを活用するため、二呼吸ほど間をおいて言葉をため、俺は静かに語り出す。
「私はあくまで理性的に、最良の方法であなた方を解放しようと考え、その結果としてこの一週間のあなたたちを見捨てたのです」
「見捨てられた、などとは思っていないが……」
「私は、それに対して言い訳をする気はございません。私はあなた方のたとえようもないほどの苦痛を、この目で見ていた上で、非情にも切り捨てました」
「……どうして今ここで、自らの汚点をさらすようなマネをするのだ?」
「罪を犯した者の、ケジメです」
……先にも考えていた通り、この魔族たちの、人間である俺への憎しみをゼロにすることは不可能だ。いつその憎悪が暴発し、俺に向かうかは分からない。
ならばどう対処するのがベストか?
俺は考え、そして結論を出した。
この三人の魔族の間に "同調圧力" を作り出そう、と。
「許してほしいなどとは申しません。ですが、もしこんな私でも受け入れてくださるのであれば、みなさまが魔国へと無事帰りつけるよう、これから先も全力で知恵と力を尽くす所存です」
この三人にとって、ダークヒーラーの俺はまだ利用価値があるはず。
ゆえにアギトは俺のことを "受け入れよう" と答えるだろう。
上司にあたるアギトがそう答えたならば、部下である他の二人もその決定を肯定せざるを得ない。
それで "同調圧力" は働き始める。
……さあ、アギト殿。返答を! 俺のことを "受け入れよう" と言っていただきたいっ!
そうすれば、たとえアギト自身の気が変わったとしても、他の二人が一度 "キウイを受け入れる" 選択をした以上、アギトは前言撤回をしにくくなるだろう。
こうして一度決まった俺を受け入れるという方針は、しばらくの間は保たれるはず。
その間に魔国への亡命が済めば、ミッションクリアだ。
しかし、
「あ、頭を上げてくれっ」
そう言ったのはアギトではなかった。
今しがたダークヒールをかけて治したヴァンパイア……
ギギが口を開いていた。
「アンタは昨日、身をていして俺を銃口から守ってくれたじゃないかっ! 命の恩人に頭を下げられたくはないっ!」
……んん? いや待て、なんだか俺の思い描いていた展開と違うぞっ?
思わず頭を上げてしまう。
アギトが目を丸くし、「そうなのか?」とギギへ聞いていた。
ギギはしっかりと頷いて、
「俺は昨日、あの拷問官に処分されそうになっていました。それを、このダークヒーラーは……殴られながらも、俺のことを生かそうと命がけで説得してくれていたんですよっ!」
「そう、だったのか」
「ええ。ですから……」
ギギは、目を丸くするアギトの元から離れて俺の近くまで歩み寄ると、俺の手を固く握って立ち上がらせてくる。
「ありがとう。アンタには本当に感謝している。この恩は必ず返すと誓うよ」
「お……お気になさらず」
思わぬ反応だった。
俺は正直、これまでいっさいの作戦を伝えてなかった残りの二人の魔族からは、拷問に加担した人間として大いに責められるだろうと思っていたのだが。
まさか感謝されるとは。
「まさか部下を助けられていたとは……これは
アギトがなにやらボソリと呟いていた。
真剣そのものの表情で。
二人の魔族たちもそれに深く頷いて同意を示していた。
……おかしいな、人間に対する、俺に対する憎悪はどこへいったのだ?
同調圧力を作り出す作戦が、なんだか予想外の方向に転がってしまった。
この結果はいかがなものだろう……?
なんて考えていると、
──ジリリリリッ!
遠くの方で、騒音。
ベルがやかましく打ち鳴らされる音が、東棟の方で大きく響いていた。
「……チッ、予想よりも早かったか」
「なんだ、この音はっ?」
「 "非常ベル" ですね。おそらく、巡回の兵が異変に気付いたのでしょう」
非常ベルは近年急速に公共施設へと普及の進んだ、電磁石を利用した自動警報器だ。
どうやら魔国ではなじみのないものらしい。
ボタンを押すことで、火災やその他の事故、あるいは "事件" が起こったのだと、施設内の人々へとすぐに報せることができる。
「非常ベルは東棟で鳴っていました。兵がこの西棟に来るまでは、まだ多少の
「そうか。それではこれからどのように魔国へ逃れるかだが、」
アギトは何かを言いかけて、しかし止めた。
「いかがしました?」
「キウイ、おまえに先に聞いておこうと思ってな」
アギトは神妙そうに眉をひそめると、
「いま、吾輩には二つの策があるのだ。そのうちの一方は──」
「ええ、構いません」
俺は聞くよりも早く頷いていた。
「アギト殿の考える最良の案は、"施設の兵士を殺し尽くす" というものでしょう?」
「……! うむ、その通りだ。だがそれはつまり、おまえの同胞たちを……」
「いえ、同意します。確実な脱出のためには必要なことかと」
その決断に、俺にはいっさいのためらいはなかった。
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