第7話 とびきりのダークヒール

「──つまり、王国ではダークヒーラーの居場所がないから、亡命先の魔国で仕事を見つけたいと。理解した」



アギトはそう言うと、俺の首元へと当てていた鋭いもの……

ナイフに勝るだろう切れ味のありそうな爪をどけた。



「話の筋も通っている。今はいったん、その言葉と行動をそのまま信じよう」


「ありがとうございます、アギト殿。それでは……」


「任せておけ。キウイ、ここから同胞たちとともに抜け出せたのであれば、おまえも魔国へと連れて帰ろう」



よかった。

とりあえず一つ目の難所である、アギトとの交渉には成功したようだ。



……アギトが理性的な魔族だったのは幸いだった。



最悪の仮定として、『なぜもっと早く助けなかったのか』『よくも拷問に加担したな』と憂さ晴らしに殺される可能性もあった。

実際、解放され、傷を治された今でも、人間である俺のことは憎くて仕方ないはずだ。



……俺に対してそういった感情を直接ぶつけてこないのは、ひとえにアギト殿の自制心の高さゆえだろうな。助かった。



アギトが俺を "いったん信じる" という言葉を使ったところに、そういった負の感情を少し感じる。

アギトの中で、俺に対する信頼と疑いは五分五分といったところだろうか。



……でも、それでいい。



疑いを全て晴らすことなど考えていない。



「さて」



俺は拷問部屋の外を見て、巡回兵がいないことを確認するとアギトを手招きする。

今日に備えて、東棟から西棟への安全なルートはしっかりと頭に入れてある。



「さっそく動き始めましょう、アギト殿。まずは他の魔族たちの解放ですね」



優先すべきは "心からの信頼を得ること" ではない、

抽象的な信頼関係など、どうだっていい。

大事なのは俺が "利用価値のある人間" であること。

アギトにそう認識されてさえいれば、俺の安全は保障される。



……すべては亡命の確実な成功のため。全力で俺は自分自身を売り込んでいくぞっ!






* * *






「ア、アギト様……! 誠に、誠にありがとうございますっ!」


「"ギギ" 、おまえも大変だったな。しかし、生きてくれていて嬉しいぞ」



アギトと俺は隠密に施設の西棟へと侵入し、俺の案内で他の二人の魔族の解放をおこなった。

最初に助けたのはワシの頭と翼を持つ魔族、"フォルテー"。

そうして今しがた助けたのは、ヴァンパイアであり、コウモリ羽を持つ美形の魔族、"ギギ"だ。


見張りの王国兵たちはすべて、アギトの早業はやわざで片づけていたものの、



「シッ。お静かに。巡回の兵が来ないとも限りません」


「むっ、そうだな。すまない」



俺の注意にアギトは口をつぐむと、フォルテーへと合図を送る。

フォルテーは無言でうなずくと、入り口近くで拷問部屋の外の通路の警戒をした。



「キウイよ、ギギの傷も癒してほしいのだが、いいか?」


「ええ、もちろん。というより、もう治しました」



天井から伸びる二本の鎖に両腕を吊るされていたコウモリ羽を持つ魔族、ギギの体からは、先ほどまであった生々しい傷がすべて消え去っていた。

ギギは夢から覚めた直後のように目を白黒とさせ、自分の体を何度も確認していた。



「ふむ……何度見ても見事だな、その "ダークヒール" は」



アギトがアゴに手をやって言う。



「自分が実際に受けた後でも、こうして外から見た後でもにわかには信じがたい。部位欠損を含む傷が一瞬で治るなど……。魔族の治療に特化したわが国のダークヒーラーたちでも、ここまでの速さではできまい」


「とびきりのダークヒールですので」



この治療スピードにはタネがある。

アギトたちは同業者というわけでもないし、今は隠すメリットよりも誠実に受け答えをした方が印象が良いだろう。

それに……

もう一つ、俺は機会をうかがっていたことがある。

それをするには今がちょうどいいタイミングだ。



「今回みなさん三人にかけたダークヒールは、実はみなさん以外にはまったく効果のないダークヒールなのです」


「ほう……?」


「あらかじめ三人それぞれの身体構造に対し、それぞれ特化したダークヒールを "構築" しておいたのです。皮肉にも、拷問補佐という仕事に就いていたおかげでそれが可能になりました」


「……なるほど、そういうことかっ」



得心がいったように、アギトはうなずいた。



「何度もわれわれ三人の傷ついた体を治療してたからこそ蓄積されたノウハウを活用したというわけか」


「ええ、その通りです。ですので……改めて謝罪を」



俺はその場で床に膝をつくと、深く頭を下げた。

土下座だ。



「キウイッ? 何をするのだっ?」


「申し訳ありませんでした。これまでずっと、私はあなた方が傷つくのを見ていることしかできずにいました」



まだ顔は上げない。

しっかりと誠意を見せるためにも。

そして、



……これこそ、亡命の成功確率を上げる布石の一つでもある!



さあ、ミッションⅡだ。

今度は全力でこの謝罪を成功させようじゃあないかっ!

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