第18話 妖艶な使い魔

「……なんとも豪華な客室だな」



連れてこられた客室の入り口で、俺はしばらく固まってしまっていた。

なんにせよ、広い。

キングサイズのベッドを部屋の中央に置いてなお、その左右に人がすれ違えるスペースがあり、その奥にリビングスペースがある。また、入り口近くにはクローゼット、その横の別室に湯浴み場、トイレがあるなど……とにかく多機能な部屋だった。

大きな窓からは、魔国の夕刻特有の赤紫色の光が入ってきて部屋を満たしている。



「医院の診察室よりも広いと落ち着かんな……と、そういえば」



診察室のことで思い出す。

俺の医院の診察室に置いていた私の書きかけ研究資料、処分したっけな? と。

内容がかなり物騒なのだ。



──タイトルは、"モンスターと人体の相互互換性について"。



もちろん、実際に試したわけではない。

いっときその可能性に気づいて楽しくなって、気の向くままに書き連ねていたのだが、結局その研究自体は実を結ぶことはなかった。

それどころか、



「人間の命を "生贄" とすることで、魔族やモンスターの "神話級ダークヒール" ができることを証明してしまったのだよな……」



神話級……

一般的によく知られているものだと、西方エルフ国家の一部の特別な "エルフ" が使うことのできる "蘇生術" などだろうか。

ともかく、ダークヒールにせよ、通常のものとはケタ違いの効果がでるに違いないということは間違いない。



……そんなものを王国で発表したあかつきには、今が戦時下でなかったとしても、いろんな方面からリンチを受けていたに違いない。



ま、もう亡命してるから関係はないんだが。

そこで少し、「あれ?」と思う。

それなら、この技術を魔国に売ればけっこうな金になるのでは?

今は一文無しなわけだし……



……いや、やめておくか。さすがに倫理的にアウトだろう。いくら金の亡者な俺でもそれくらいはわかる。



それにもっとこう、一発でガッと利益が入るよりも、定期的・継続的に利益が舞い込むような仕事、ないしは仕組みを作りたいところだ。

再び医院の経営でももちろんいいのだが、営業場所と客の獲得、場合によっては従業員についても考えなければいけない。



……なにかいいアイデアがあればいいのだが。



俺が金儲けの手段に思い悩んでいると。



──コンコンコン。



客室のドアがノックされた。

もしかすると先ほど魔王の言っていた "使い魔" とやらが訪ねてきたのかもしれない。

魔王の話によれば、人類国家で言うところの使用人みたいな位置づけのような感じだと思う。であれば非常に助かる。



「開いていますよ、どうぞ」



俺がそう声をかけると、「失礼いたします」と女の声で返事があり、それからドアが開かれる。

そこにいたのは、赤髪に褐色の肌をしたスーツ姿の美女だった。



「わたくし、本日よりキウイ・アラヤ様の使い魔を務めることとなりました、ミルフォビアと申します」


「これはどうも。よろしくお願いします」


「こちらこそ。誠心誠意 "いろいろなお世話" ができればと考えております」



ミルフォビアはあでやかな笑みをたたえ、赤い舌をチロリと出してそう答えた。



……この魔族の種族特有のクセか何かだろうか?



体質などの方面につい興味がそそられてしまうが、あまりジロジロ観察するのは失礼だろう。



「ご厚意、痛み入ります」



自分の立場をわきまえ、俺は丁寧に頭を下げる。



「いえ、どうか気楽になさってください。これからはわたくしのことを忠実なるアラヤ様の "しもべ" と思って、なんでもお申し付けください」


「いえいえ、そんな」



しもべだなんて。

新参者が偉そうにしていると思われては困ってしまう。



「できる限りのことは自分でやるつもりですよ。私も晴れて魔国の一員として迎え入れていただいた身なので」


「いえいえ、本当によろしいのですよ。アラヤ様のご活躍はわたくしも聞き及ぶところです。この感謝の想いを、わたくしの身をもって尽くすことで表したいと思っているのです」



ミルフォビアはそう言うと、少し近すぎるのでは? というくらい接近してきて俺の顔を見上げてきた。

むにっ、と。

腕を組みにきているわけでもなしに、ただ近づいてきただけでその大きな胸が俺の二の腕に押し付けられた。



……ほう。これはこれは。



どうやら、肌の質感、そして体温は人類である俺と同じくらいらしいな。

また、近くで見るとわかるが目の虹彩が赤系のグラデーションカラーになっている。

そして匂い、これはなんだろう?

ミルフォビアの体中からはなにか南国的な甘い匂いのする魔力が発っせられていた……



……ああ、気になる! 彼女はいったい、どういう魔族なのだっ?



「君のことが大変に気になるな……」



ポツリと、つい心情がこぼれてしまう。

すると、ミルフォビアは目を三日月のような形にして微笑んできた。



「あら、わたくしのことを気にしてくださるのですか?」


「ああ、申し訳ない。悪いクセだとは自覚しているのだが」


「いいえ、男性ですもの。健全なくらいです。わたくしも、アラヤ様にわたくしの全てを知っていただきたく存じますわ」


「おおっ!」



どうやら、彼女の種族についていろいろと教えてくれるらしい。

なんともありがたいことではないか!

知的好奇心がウズウズとしてくる。



「ですが、」



チラリと。

ミルフォビアは客間の窓の外を見て言った。



「まだ夕刻、わたくしのことを教えて差し上げるのには少し、時間が早いかと……」



ミルフォビアは照れたように頬を染める。

なるほど、と俺はうなずいた。



……つまり、時刻が身体的な性質へと影響を及ぼす種族なのだな?



「であれば仕方ない。おとなしくその時を待とう」



俺はリビングスペースのソファへと腰かけて、ジッと観察に徹することにする。

見るだけでもわかることはいくつもある。

たとえば、肌の色。

人間の肌の色は環境によって決まることが多い。

日差しが強い国の人間の肌ほど黒く、その反対は白くなるといった具合に。



……しかし、ここは日差しの無い魔国。にもかかわらずミルフォビアが褐色肌なのには何かの理由があるはず。



「ふ~む、ふむふむふむ……」



ジックリと見る。

何がヒントになるともわからない。

見落としのないように、スラリと立って控えるミルフォビアの体を上から下まで眺め回す。



「あ、あの、アラヤ様?」


「ん? なにかな?」


「それほどまでにわたくしの体が気になるようでしたら、別に今すぐにでも……」


「いや、構わない。夜がベストというなら夜まで待とう。それに、私の想像は豊かなものでね、こうして君を眺めているだけでも十分に自ら (の知的好奇心)を慰めることができるのだよ」


「わたくしを眺めているだけで、自ら (の性的欲求)を慰める……!?」



ミルフォビアが少し身じろぎをした。



「そっ、それは少し不健全に思えますっ!」


「えっ、そうかな?」


「それでは発散しづらいでしょうっ? 手法なら他にもあると思います、たとえば自分でするにしても、手を使っておこなうとか……」


「手、か……」



確かに手を動かして発散するのは良い方法だ。

俺もよく紙に向かってひたすら自分の発想を書き留めていた時期があった。

先ほど思い出していた論文なんかもその結果としてできたものだ。

しかし、



「いっときやり過ぎて腱鞘炎けんしょうえんを発症してしまってね、それからは控えているのだよ」


「腱鞘炎っ!? いったいどれだけ溜まっていたのですっ!?」


「私の思考が止まることはない、ゆえに無限かな。いったん始めると止まらなくてね」


「な、なんてこと……!」



ゴクリ。

ミルフォビアがなぜか生唾を飲んで俺を見た。



「これは早く味見……いえ、アラヤ様にご奉仕させていただかなければなりません」


「む、奉仕? いや、だがまだ夕刻……」


「ええ、ですので、」



ミルフォビアは窓へと近づくと、シャッ! と。

勢いよくそのカーテンを閉める。

すると外からの光がほとんどが遮断され、部屋は暗闇へと沈んだ。



「ホラ、これで "夜" になりましたね……?」



ミルフォビアがささやくようにして、クスクスと笑った。



「……なんとっ」



時間ではなく、光に反応する身体的特徴だったのか?

なるほど、ますます気になってくる。



「もう、アラヤ様ったら。見えなくとも、興奮なさっているのが丸わかりですわよ」



シュルシュルと。

衣擦れの音を響かせながら、ミルフォビアはジャケットを脱ぎ、その下のワイシャツのボタンを外しているようだ。

前を脱いでくれるらしい。



……俺、聴診器は持って来ていたかな? 白衣のポケットとかにあったっけ?



「見て、アラヤ様。わたくしのココ……もうこんなになってるんです」



ミルフォビアが切なそうな声を上げて、ワイシャツを左右に開く。

するとその下腹部、ヘソの上から大きく下にかけてピンク色に光っているのは──淫紋いんもん

俺はハッとする。



「ソレがあるということは……あなたは "サキュバス" だったのかっ!」


「ええ、アラヤ様に忠実な小悪魔にございます」



暗闇の中、わずかに見える輪郭りんかくで、ミルフォビアが両手を俺に向かって広げているのがわかった。



「さあ、アラヤ様、来て……わたくしの体をいかようにも探ってくださいまし……」


「おおっ、探っていいのだなっ?」


「どんなことでも、なにをなさってもよいのです。さあ、好きなようになさって……」


「よぉし、それでは……!」



俺は白衣の袖をまくってミルフォビアの元へと行く。

そして、その体をベッドへと腰かけさせ、言った。



「まずは "問診" から始めよう」


「…………はっ?」



ミルフォビアはポカンと口を開けた。

俺はベッドサイドのランプシェードに灯りを点けると、青白く照らし出された空間でさっそく聞いた。



「なんで淫紋が光るのだ?」

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