第49話 聖女との対峙

「講義をした方がいいかね、聖職者諸君。聖力と魔力、そして位相についての関係を」



俺の問いに、しかし召喚した守護者ガーディアンを失った二人の聖職者たちは身じろぎするばかりで答えようとはしない。まあそれも仕方ないか。目の前で戦士が車に轢き飛ばされたあげく、自らの聖力の化身すらもダークヒールによって消し飛ばされてしまっては、動揺して当然だろう。



「聖力と魔力は通常、位相に沿って備わるものだ。位相とは血液型、そして体に流れる力は血液そのものと捉えると分かりやすいだろう。そして今回の場合のヒールやダークヒールは輸血に例えられる。血液型に合わない血液を流された体がどうなるかというと──」


「キウイ・アラヤッ! 私がこの日をどれだけ待ちわびたことかっ!」


「ぃっく」



唐突に説明をぶった切られたので、思わずしゃっくりが出た。

聖女が、俺に向かって指を突き出していた。その指の間に挟まれているのはメモサイズの真約書。



「神・聖域指定」




聖女の体が強く輝く。するとその体を中心として、辺りには雪のように白く、金のように美しく光る " 聖域 " が広がった。それは俺のこともすっぽりと包み込む。



「ほう。これが真約書の……。以前見た高位聖職者のものとはまた、別格だな……」


「おまえのような異端者に踏み込ませるにはもったいない、神より賜りし聖域です。せいぜい、冥府への土産としてまぶたの裏に焼き付けることですね」


「それは大変うれしい気遣いだ。しかしどうして聖域を? 私は人間だ。なんの効果もないが」


「ふん」



聖女は鼻を鳴らす。そして全てを見透かしたようにその口を歪めて笑った。



「わざとらしいですね、キウイ・アラヤ」


「なに?」


「私は見ましたよ……あなたが " 三体 " のゾンビとともにわれら勇者部隊から無様に逃げていくところを」


「……ほう」


「しかし、今この場にいるゾンビは二体。それでは、もう一体は果たしてどこにいるのでしょうかね?」



聖女は勝ち誇ったような笑みで周囲を見渡しつつ、



「小狡いおまえのやりそうなことです。聖術が効かない印象を私たちに植え付け、その上で挑発を重ねて注意を引いた。その間に、どこかに隠して待機させているゾンビで不意を打つ腹づもりだったのでしょう!」


「……」


「沈黙は肯定を意味しますよ」



聖女は二人の聖職者を伴い、余裕然として俺に歩み寄ってくる。



「残念でしたね。もう、この聖域内におまえの操るゾンビたちが入ってくることはできない!」


「……なるほど。実におもしろい」


「おもしろい? フッ、強がりを!」


「いや、割と本気で思っているが。ミステリ作家でも志してみたらどうだね?」



ついつい聴き入ってしまうくらいには構成がしっかりとしていた。

とても整然とした論理展開だったし、特に俺の使役していたゾンビたちが三体いる、という事前情報を得ていたのが伏線として効いているのが非常に良い。



「だが、探偵役は任せられそうにはないな。真実を導く者に思い込みはご法度だ」



俺は軍用車の後部座席のドアをコンッとたたいた。するとそのドアが勢いよく開き、中から飛び出してきたのは天狗種のイナサと他に二体の成人魔族たち。



「まず、私への協力者がゾンビだけであるという決めつけはよくなかったのだろうね」



イナサが先陣を切る。両肩からわずかにのぞく小さな黒い鳥の翼、その中の一枚の羽根をむしって手に持つと、それは途端に大きな扇となった。



「吹き飛べぇいっ!」



鋭く踏み込んでその扇を振り抜くと、強い風が吹き荒ぶ。その勢いに、聖女も聖職者もバランスを崩して地面を転がった。

そのスキを逃さずに他の魔族たちが駆けて、聖職者の男たちの体を取り押さえる。



「なっ、なにが──」



聖女が伏せっていた体を起こしかけるが、もう遅い。



「これで君は聖術を使えない」



俺は即座に聖女へと大股で迫ると、その肩に手を置いた。そして軽く魔力を流し込む。



「くっ、あぁっ──!?」


「痺れるかね? 位相の合わない対象に魔力を流し込むと、電気の流れるような感覚が襲うらしい。無力化の一つの手段だよ、悪く思わないでもらおうか」



これを王国教会では悪魔の雷と表現し、忌むべきものとしている。

無論、それは聖術自体を使えなくさせるものではない。だが、



「これは預かっておく」



俺は聖女が指の間へと強く挟んでいたそのメモを取り上げる。すると、辺りを包んでいた聖域はとたんに消え失せる。

それから俺は聖女の懐も失礼して探らせてもらい、聖書のたぐいをその身から遠ざけさせた。



「キッ──キウイ・アラヤ……! いったい、どんな手を……!」


「どんな手も何も、私の行動はいたってシンプルなものなのだよ。聖力の効かない者たちで確実に聖女を無力化しよう、というだけのことだ」



むしろ、俺自身が戦場に姿を現した時点で、聖女たちはとにかく逃げの一手を打つべきだったのだ。

考えてもみてほしい、必勝の手もなしにむざむざ表に出る後方支援職がどこにいるというのだろうか? と。



「そのための策に、君たちに後れをとってしまうゾンビを近づけるわけがなかろうに」






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ここまでお読みいただきありがとうございます!

次のエピソードは「第50話 因縁」です。

明日もよろしくお願いします!

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