第48話 勇者部隊後方

建物の陰になっている路地をなるべく静かに移動することで戦闘を回避しつつ、俺たちは目当てのその場所へとやってきた。

路地の角の先へ五十メートルほど行った位置に、お目当ての彼女がいる。



「──範囲指定でセイント・ヒールをかけるわ! エンリケ、ワイズ、メルヒオール、それにミカエルはもっと中央へ固まって!」



傷を負った勇者部隊の兵士の面々にそう声をかけて、巨大な白の聖力で包み込んでいるのは聖職者の女だ。

そのセイント・ヒールとやらはなかなかに優秀な聖術らしい。聖術をかけられた兵士たちはみるみるうちに外傷を消し、折れていたであろう足を引きずっていた兵士も全快した様子である。

やはり、戦場の後方で回復をしているだろうという俺の読みは当たった。

しかし、それにしても、



「あれがウワサに聞く、" 真約書 " に載っている聖術とやらか。興味深い……」



対象を個人ではなく広範囲に取った回復聖術は、これまでお目にかかったことがない。

そんなレアな聖術だが、それは高位聖職者にしか受け継がれない羊皮紙のメモ── " 真約書 " に収められているものらしく、一般に流通しているものではないそうだ。

伝え聞くところによれば、真約書は徳の高い者にしか扱えないからという理由らしいが、俺はこれに大いに疑問を抱いている。



……だって徳の高い、ってなんだ?



特定の身体的特徴を持つ者にしか扱えない、あるいは特定のDNA構造を持った者しか扱えない、という具体的理由があるのであれば、そういうものだと納得することはできる (無論、検証の上でだが)。

しかし、" 徳の高い " はいささか抽象的に過ぎないか?

文化・思想によってその基準は大きく異なるものではないか?



……まあこれは揚げ足取りのようなもの。結局のところ、俺は真約書も聖書と同じただの便利ツールに過ぎないと考えているまでのことだ。



王国教会が真約書の渡し渋りをしているのは、どうせ高位聖職者の存在価値を高める政治的な狙いがあるというだけのことだろう。

だが、門外不出の聖術が載っているという点に、俺の心は惹かれてしまう。

できれば、この機に拝借したいものだ。



「……よくないな。戦場において、これでは雑念が過ぎる」



俺はペチンと軽く自らの頬を張った。

そろそろ、ちゃんと自分の役目を果たそうではないか。



……さて、後方で回復役を担っているその推定聖女の女性聖職者だが、やはり守りは非常に固いな。



その守りは例えるなら、ミルフィーユ。

聖女の外側を広く円状に囲うように、勇者部隊の近接系の戦士四人が並んでいる。

そして聖女の側には聖職者の男が二人。その横には聖術で召喚したのだろう、人間大の " 守護者ガーディアン " が二体、光の護剣を携えて宙に控えていた。



……どこから魔族が攻めてきても、聖女を中心にして守れるようにするための陣形が組まれているか。やはり、人間という生物は非常に知的で厄介だ。



まあ反面、知性で組まれているパズルは知性で解けるというのもこの世の摂理。考えなしの敵よりかはよほど行動が読みやすい。



「ではシェスよ。ゾンビ・ソルジャーとともに行動を開始せよ」



俺がシェスへとそう告げたのは、前線でアギトと交戦していたであろう勇者部隊の隊員たちが聖女の元を離れて再び戦場へと戻ったタイミングだ。

これでしばらく、聖女の元へと新しい兵士は来ない。



「──敵襲!」



聖女の護衛の戦士たちが叫ぶ声が聞こえる。

彼女ら陣取る真正面の建物の上から飛び降りて、その二体のゾンビは姿を現した。

一体は屈強な肉体を持つゾンビ・ソルジャー。戦車のような重量感で、戦士に向かって突撃していく。

そしてもう一体は錆びた聖剣を携えるシェス。素早い動きで聖女へと迫ろうとする。



「ただ者ではないっ! 守りを固めろっ!」



勇者部隊の戦士たちは当然、優秀だった。

戦士が三人がかりで強力なゾンビであるはずの二体をしっかりと食い止めて、聖女への道を通さない。

残りの一人の戦士は聖女の近くで追撃の警戒を、そして聖職者の二人は召喚したガーディアンの内一体をゾンビたちへと向かわせつつも、残りの一体と自分たちで聖女の周りを固めている。



「ちゃんとしているな。素晴らしいチームワークだ」



俺はずっと踏みしめていた " ブレーキ " から足を離し、" ハンドル " を切って路地の角から出ると、それから " アクセル " を目いっぱいに踏み込んだ。



「──車の運転にはあまり自信はないんだが、まっすぐに走らせることならできるのでね」



俺は王国の " 軍用車 " を聖女の元へと走らせた。

収容所内に、何台かキー付きで停めてあったのだ。

近づいてくる車の駆動音に聖女たちか気づき、その動きが止まる。

その彼女らの表情に、わずかな期待の色がうかがえた。



……増援かと期待させてしまっただろうか、すまないね。



「敵だよ、敵。敵だ私は」



一向に減速しない軍用車に違和感を覚えたのは、戦士だけのようだった。勇敢にも聖女たちを、迫りくる軍用車の正面から突き飛ばす。



……だが残念。俺の狙いはまず戦士、君なのだよ。



俺はブレーキを踏まない。強烈な衝撃と、軍用車のフロントがひしゃげる音とともに戦士が吹っ飛んだ。そして地面を転がって、沈黙する。



「……悪いね。死にはしていないだろう? あとで軍医に診てもらうといい」



使い物にならなくなった車から降りると、こちらを見る聖女の目つきが変わった。



「キウイッ──アラヤァァァ──ッ!」



すぐにでもこちらに飛び掛かってきそうな形相だったが、しかし、それを押し止めたのは聖職者の男二人。側に控えていたガーディアンが俺に向かって飛んできて、光の護剣を振りかぶる。



……悪手だな。



「白衣を見てわからなかったかね?」



ガーディアンの振り下ろしてきたその護剣に対して、俺は受け止めるように右手を掲げた。

そして、



「私はダークヒーラーだ」



光の守護者たるガーディアンは紫によどんだ輝きを放つ俺の手に触れると、渦を巻くように原形を崩し、黒い塵となって消えていった。






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ここまでお読みいただきありがとうございます!

次のエピソードは「第49話 聖女との対峙」です。

明日もよろしくお願いします!

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