第47話 空の戦い

すさまじい音の元を確かめに収容所の外へと出てみると、少し先の空が渦を巻いているのが目に入った。

渦を成しているのは巨大な聖力と魔力。それら光と闇は互いに混じることもなく、二対の大蛇が互いを喰らい合うがごとくその力を拮抗させている。

そして再びその渦の下で轟音。二つの影がぶつかり合う。こちらにまで広がってきた衝撃波がしたたかに肌を打った。



「あれは、アギト殿か……?」



遠目で見え辛いが、一方の影──禍々しいまでのダークレッドの魔力を身に纏う者がアギト。そしてもう一方の、アギトに対峙して光を放つ者の正体が勇者なのだろう。



「おおっ、アギト様がっ! アギト様がこの地に帰ってきてくださった!」



俺の後ろで、イナサら捕虜魔族たちが諸手を挙げてその空を仰ぎ、熱狂する。

確か、アギトはこのエルデンを支配していた魔族だったらしいが、どうやら住民たちからの信望に厚い領主だったようだ。

空の戦いっぷりを見ても、その信望に応えるかのような勇ましい立ち回り。幾多の勇者の光の攻撃をさばき切って、たった一撃の紅蓮色の力で勇者を弾き飛ばしてみせている。


しかし、



……今のままでは勝敗がどう転ぶのやら、わからんな?



アギトは確かに強かった。

しかし熱狂に浮かされず冷静に見るに、空の戦況はアギトvs勇者という単純な構造ではない。

巨大な黒と赤の禍々しい輝きを発するアギトと、それに勝るとも劣らない白い輝きを発する勇者の他にも、アクターがいる。おそらくアギト率いる飛行部隊と、勇者部隊の面々だろう。

そして、勇者部隊の数が多すぎる。



「確か、勇者部隊は大隊規模という話……およそ三十六名だったか? 一方でいま応戦している飛行部隊は何人だ……? 一、二……片手で数えられるほどか。少なすぎる」



もともと、勇者部隊がこの地に駐在しているなんて話はなかった。

アギトたち飛行部隊も、最悪のケースには備えていただろうが、それでもこんなにガッツリ真正面から勇者部隊と交戦する予定はなかったハズだ。しかも、エルデン内に分散して存在している魔封じの結界の儀式場を無力化するためにその部隊を分割しているであろうことから、とうてい十分な戦力を用意できているとは思えない。



「このままでは最悪、ジリ貧で押し負けてしまうこともありそうだな……」


「なっ、なにを言いますかキウイ様! アギト様が負けるハズありませんよ!」



イナサが弾かれたように振り返って、がっちりと俺の両肩を掴んでくる。



「アギト様は魔国最強の戦士! 脆弱な人間どもが何人がかりでかかってこようとも後れをとるわけが……!」


「実力という面ではそうなのだろうがね」



ではそんな脆弱な人間がなぜ、強力な聖術を扱うエルフやフィジカルで優位な魔族、そして凶暴なモンスターの行き交うこの世界で栄えることができたのか? という話だ。



「厄介なのだよ。弱者たる人間が磨き続けてきた " 強者に迫る知性 " が」



すぐに、空の戦況が変わった。

勇者が戦線を逃げるように離脱したのだ。

アギトたちが追撃を仕掛けようとその背中を追いかけるが、地上からの聖術や他の勇者部隊の隊員たちの攻撃によって、空に留められ続けていた。

その数十秒後、再び勇者が威勢よく突撃をしてきて、代わりに他の勇者部隊の面々が後ろに下がる。

そんな光景が繰り返され始める。



「勇者部隊の損傷が少なすぎる。これは確実に後方で回復している」


「えっ?」


「おそらく味方が回復聖術を受けるためのローテーションが組まれていて、その一方で敵であるアギト殿が回復を受けないように徹底的に阻害しているんだろう」



現に、アギトの主戦場は空中の同じ場所からほとんど変わっていない。

今のところ飛行部隊にダークヒーラーはいないようだ。地上部隊にはいくらかいたようだが……しかし、この状況では空にダークヒールは届かない。



……このままでは戦いの長期化は必至だし、最悪の展開では、一方的にアギト殿の体力を削られて勇者部隊に押し切られてしまうという可能性さえある。



「かっ、回復聖術、ですか……」


「ん?」



イナサたち捕虜の魔族たちが少し体を震わせているようだった。



「どうしたのかね。まだ痛いところでも?」


「いっ、いえ……その、回復聖術のことを、思い出しまして……」


「ああ、檻の聖術をかけた聖職者か」


「はい。" 聖女 " を名乗る女でした。人間側の行う回復と聞くと、どうしてもあの冷酷で、残忍な女の姿が思い浮かんでしまって……」


「……ほう、聖女? いま、聖女と言ったかね?」


「えっ? あ……はい。言いましたが」



知っている。

勇者部隊に編制される隊員の決定権は勇者にあり、基本的にはどんな立場の人間であっても召集をかけることが可能だ。しかし慣例的に、王国教会の実質的な女性トップである聖女は決まって勇者部隊に編制されることになっている。



「勇者部隊に所属し、私のことを追ってきた戦地慣れしていない聖職者の女と、魔族知識が不足していた聖女……もしかして、同一人物か?」


「ご存知なのですか?」


「いや、存じない。しかし、これだけは分かる」



俺は空の戦況と勇者が再びさがっていく方向を確認して、聖女の居場所にアテをつけつつ、



「私の考えるその者が聖女だとするならば、私が相手でも充分以上に役者は足りそうだ」


「キ、キウイ様っ、あなたまさか……!」


「うむ。ちょっとその聖女とやらを潰しに行こうかと思うのだが……イナサさん、君たちの力を少し拝借できるかね?」






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ここまでお読みいただきありがとうございます!

次のエピソードは「第48話 勇者部隊後方」です。

明日もよろしくお願いします!

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