第50話 因縁

「聖術の効かない魔族ですって……!?」



聖女は力なく座り込みながら目を見開いていた。やはり、そもそもの知識として中庸の位相を持つ魔族の存在を知らなかったようだ。



「魔族忌避の文化が数百年も続けばこうもなるか……」


「くっ……放しなさいっ! キウイ・アラヤッ!」



聖女は自身の肩に触れる俺の手首を掴んで押し返そうとしてくる。しかし、万全の力は出せないはずだ。なにせ、俺の魔力が依然として聖女の体を蝕み続けているのだから。

とはいえ、



「あ、ちょっとアレだな、それでもキツいな……君、聖職者のわりに力が強くないかね」


「悪に心を売った人でなしっ! これ以上っ、私に触れてこないでっ!」


「むぅ……!」



純然たる力負けである。

徐々に押し返されつつある俺へと、



「キウイ様っ、少々お待ちをっ!」



いち早く、イナサが気づいて扇を捨てて駆け寄ってきてくれる。

ああ、よかった。

自分の非力さのせいで作戦をあわや台無しにするところだ。

イナサは大きく赤い手を聖女へと差し向けて、しかし、



「──きゃあああっ! 触らないでっ!!!」



顔を青ざめさせた聖女による、耳をつんざくような悲鳴が上がった。それは、本気の拒絶だった。

イナサは泡を喰ったようにその手をピタリと止める。



「冗談ではありませんっ! 汚らわしい! 近寄らないでっ!」


「なっ、なにを……」


「魔族がっ、悪の異形がっ、神にこの身を捧げている聖女たる私に触れるなど、あり得ないあり得ないあり得ません、気持ち悪い気持ち悪いキモチワルイ……!」



聖女は足をジタバタとさせ、必死の形相で俺の手から逃れようと暴れ回る。

それを見て、イナサの握りしめた拳が震えた。



「なんなんだっ、この人間は……!」



元より赤いその顔をどす黒く紅潮させて、聖女の肩を乱暴にわし掴みにすると地面へと強く押し付けた。



「俺たちをっ、いったいなんだと思ってやがるっ!」


「あぁっ! ヤだっ、汚いっ!」


「俺の街の仲間たちを生きたまま燃やして、それを眺めて笑って……自分たち人間以外はゴミか何かかっ!? えぇっ!?」


「気持ち悪い! 吐く、吐くっ!!!」


「……! 話すらも……!」



イナサは悔しそうに口元をわななかせると、その固く握りしめた拳を振り上げた。



「仲間たちの仇だっ、思い知れ……!」


「いや、待て。それはよくないな」



魔族の強靭なフィジカルで、怒りのままに殴りつけてしまえば聖職者の人間などひとたまりもない。

俺は慌ててイナサを止めに、聖女との間に割って入った。



「止めないでくださいキウイ様っ! この女は生かしちゃおけないっ!」



イナサは俺を腕でどけるようにした。

本人的にはきっと、軽く押したつもりなのだろう。

しかし、どうやら俺の非力さを過小評価していたらしい。



「うわあ」



俺は普通に後ろに勢いよくさがりステンと倒れ、尻もちだけではその勢いを殺せず、クルリと後方でんぐり返しをして転がった。



「キウイ様っ!?」


「いてて……」


「もっ──申し訳ございませんっ! 私としたことが、まさか、こんなことになるとは……」


「いや、大したことはない。それより、聖女の拘束を緩めないように」



俺は膝を着いて、白衣についた汚れをはたき落としながら起き上がる。



「君たちの間にある因縁は理解している。そして、君の感じる怒りはもっともだとも思うよ、イナサさん。王国教会の苛烈な差別主義を煮詰めたような思想を元に、魔族捕虜へと危害を加えた彼女の行為はとうてい許されるべきものではないと私も思っている。だが、」



俺は、未だに金切り声で自らがいかに清廉であり魔族が穢れているかを叫び続ける聖女を見下ろし、どこか哀れな気持ちになりつつ、



「報いの場はここではない」



イナサへとそう告げる。



「勇者部隊後方の無力化の策は成功した。今はそれで十分だ」


「キウイ様……ですがっ、」


「敵への同情や慈悲で言っているのではないよ。聖女はこのまま捕虜として連れ去る方が、今この場で殺してしまうよりもメリットが大きいのだ」



仮に聖女がこの場で死んでしまった場合、勇者部隊は後方支援が無い前提での作戦に切り替えることだろう。

しかし、聖女の行方・生死がともに不明な場合はどうなるか?



「間違いなく、勇者部隊は聖女の捜索に一定の人員を割くだろう。それによりアギト殿たちの負担は減る。それに、聖女という重要なポジションの人間から得られる情報の価値は高い」


「……」


「……いや、すまない。君たちはそういった説明がほしかったわけではなかったのだよな、きっと」



俺の悪いクセなのだ。

全てを、合理的か否かで判断してしまう。



「実際に被害を受けた一般魔族の君たちに、私怨よりも魔国の利益を優先してくれと言うのは酷なのだろう。それはきっと理屈ではない」


「……キ、キウイ様っ!?」



頭を下げた俺に、イナサがギョッとしたような声を上げた。



「頼みます、イナサさん。聖女の連れ去りに協力してはくれないだろうか」


「わっ……わかりました! キウイ様っ、わかりましたっ!」



イナサは焦りを滲ませた声で、叫ぶように言う。



「私の方こそ、くだらない意地を張り、大変申し訳なく……! ですからどうか、頭をお上げくださいっ! あなたに頭を下げられては、私たちの立つ瀬がなくなってしまいます……!」


「くだらない意地などではないとも。怒りも、報いを受けさせてやるといった憎しみも正しく持つべきだと思うよ。ただそれを晴らすのは、魔王陛下の裁定を待とう。きっと相応の罰を下してくださるだろう」


「……はいっ」



イナサは深くうなずいた。

きっと本心のところではまだ納得からは程遠い首肯なのだろう。だが、それでもいったんはこちらの意図を理解し、尊重してくれてはいる。今はそれで十分だ。



〔うヴぁ〕


「む、シェスか」



ちょうどイナサとの話がついたところで、シェスとゾンビ・ソルジャーが俺の元へと戻ってくる。どうやら、勇者部隊の戦士たち三人を戦闘不能にできたらしい。



「ご苦労だった。しかし、シェスたちにしてはずいぶんと時間がかかったな? やはり勇者部隊なだけあって、粒ぞろいだったか」


〔うぅあ……ヴぁあ〕


「む?」



シェスが振り返った先、地面に倒れ伏した戦士たちにまだ息はあるようだった。

なるほど。



「殺さないように手加減してくれていたのか。そういえば、できる限り生かせと収容所で指示したばかりだったな……失念していた」


〔うヴ……〕


「いや、助かったよ。ありがとう、シェス、それにゾンビ・ソルジャー。ケガ人が多い方が勇者部隊の負担も増すだろう」



……さて、とにかくこれで退路も確保できた。聖女を連れて逃げる準備が整ったわけだ。



シュワイゼン中佐を追ったっきり戻ってこないゾンビ・シーフのことが気になるが、今はこの戦場を抜けることを優先するフェーズだろう。

イナサが聖女を軽く持ち上げて肩に担ぐ。二人の男の聖職者たちについては連れていく必要もない。ゾンビ・ソルジャーに頼んで無力化をしてもらった。



「ではみんな、移動を開始しよう」



俺は絶えず聖女に魔力を送り続けながら、収容所の方へと体を向ける。そこが現状では一番安全が確保できており、魔族サイドの戦力が集まっている場所だ。

ゾンビ・ソルジャーを先導させつつ、俺はホッと胸を撫で下ろす。



……ようやく、慣れない仕事にひと区切りがついた。



この戦場と化したエルデンのど真ん中へとやってきてしまった時はどうなることかとヒヤヒヤしたものだが、結果的にはなかなか素晴らしい戦果を収められたように思える。

これでアギト殿たちの戦況も改善されるだろう。

民間人の俺にできることは、後はアギトの勝利を祈ることを残すばかりだ──



「──オイ、魔族ども。アルテミスを置いて行ってもらおうか」



目の前に突然、光がほとばしった。

かと思いきや、ゾンビ・ソルジャーの姿が目の前から消えた。

いや、正しくは真横へと吹き飛ばされていた。



「大きな聖域の光が見えたから駆けつけてみれば……卑劣な魔国軍どもめ。女を狙ってくるとはな」



ゾンビ・ソルジャーの代わりに、俺の目の前へと立ったのは一人の人間の男。白銀の鎧に身を包み、見事な装飾のほどこされた聖剣を携えるソイツは……間違いない。 " 勇者 " だ。



「……やれやれ、ままならないな」



他の勇者部隊の面々でアギトを押さえている間に、" 勇者 " が直々に聖女を救出しに来るとはな。これはいったいなんてタイトルの戦場ロマンスだ?



「勇者よ。動かないでもらおうか。人質の安全を保障してほしくば、な」



さしずめ俺は悪役か。

そんな皮肉な思考が冷静に頭をめぐる。自分がだんだんと戦場慣れしてきているようで少しイヤだった。



……そろそろ、民間人という身の上としては、戦場から離脱し保護を受けたいのだがね。






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ここまでお読みいただきありがとうございます!

昨日から小説タイトルを変更しておりますので、ご承知おきください。


次のエピソードは「第51話 正義不在」です。

明日もよろしくお願いします!

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