第27話 王政打破

「──どういうことだっ!?」



片腕を失い、その体に深い傷を負った国王は混乱した表情で、しかしとっさに空中浮遊、そして対聖術結界を張ってゾンビ・クイーンを見やっていた。



「なぜ俺を攻撃するっ!? おまえには何重にも洗脳をかけたはず!」


〔ヴァォッ! ヴァァァァァァ──ッ!〕



ゾンビ・クイーンは速く、そして強かった。

まるで密林に住むといわれるトラのように軽やかな身のこなしで国王からの牽制の攻撃をかわし、その距離を詰めて剣を振るう。



「脳の問題でなければ、さては聖騎士としての肉体の問題かっ? 数百年の屈辱の果てに、肉体が怒りの記憶をため込んで暴発でもしたと? 厄介な……!」



国王は舌打ちをしつつ、しかしその実力は一歩も退かない。

それどころか、



「どうやら再び理解させてやるしかないようだな。その肉体はもはやキサマのものではない……俺のものであるということを」



国王の手が黒い光を放ったかと思うと、周囲の地面から硬質な土の鎧を着こんだゾンビたちが出現する。



「おまえたち、クイーンを押さえ込め。俺が触れさえすれば、再び洗脳してやれる」



鎧のゾンビたちはクイーンを囲むように動き始める。

だが、



〔──ボォォォォォッ!〕



さらに、通路の奥から突進してきたのは、俺をこのダンジョンまで抱えてきた筋骨隆々なゾンビだ。

それが屈強な肉体で鎧のゾンビたちを吹き飛ばす。

さらにそれに続いて、ミルフォビアを抱えてきたミイラゾンビもまた参戦し、ゾンビ・クイーンを支援し始めた。



「くっ……!? なぜこんなにも一斉にっ!?」



国王はさらにゾンビを召喚し、三体のゾンビたちへと向かわせた。

ダンジョン内はゾンビたちとゾンビたちが潰し合う、カオスな展開となる。



「……本当に、なぜだろうね」



俺といえばそんなカオスの中、小さく独り言をこぼしつつ、ダンジョンの通路の隅っこの床をゴキブリのようにカサカサと目立たないように這って進んでいた。

この状況下においては、国王も俺の存在を気にしている余裕はないようだ。

であれば、今のうち。



「やあミルフォビアくん、ケガはないかい?」


「アッ、アラヤ様……!?」



俺はゴキブリのごとく平たく地面に這いつくばった姿でミルフォビアの元までたどり着くと、彼女にしがみついているゾンビたちへと触れる。

そして、ダークヒール。

例のごとくゾンビたちの制御に使われている歪な魔力のかたまりを排除し、食欲も消す。

一体、二体、三体と。

数をこなしていくうちにだんだんと作業は速くなっていく。



「全部で九体……これでおしまいか」


「……たびたび、ありがとうございますっ」



国王の方を見る。

まだ俺たちの状況には気づいていないようだ。



「アラヤ様……これはいったい、何が起こっているのですか?」


「さあな。詳しくはわからない。ただ一つ分かるのは、あの三体のゾンビも、かつては尊厳も意志も誇りもある " 人間 " だったということだ」


「……?」


「脳というのは不思議だな。体は死んでもなお、屈辱の記憶と怒りの感情は消えていなかったのかもしれない」



そんなことが起こり得るのかはわからない。

あの三体の元となった肉体が特別なものだったから起こったのか、それとも脳に長期間かけられた洗脳の副作用か、あるいは国王の言った通り肉体の記憶が暴発したのか。

だが、目の前で起こっている以上は何かしらの理由があったはずだ。



「とにかく、スキができてよかったですっ。アラヤ様、今のうちにっ!」


「あっ、うむ……」



ミルフォビアが手を引いて、ダンジョンの出口へと引っ張っていこうとする。

自らの力では国王を倒せないという冷静な判断からの行動だろう。

間違ってはいない。



……間違ってはいない、のだが。



俺は後ろを振り返る。



〔ヴァァァァァ──ッ!!!〕



怒りと憎悪に表情を染めて剣を振るうゾンビ・クイーンと、他の二体は次第に劣勢に転じていた。

俺は足を止めた。



「アラヤ様っ?」


「……私はね」


「はいっ?」


「私はハイリスク・ハイリターンとローリスク・ローリターンの二択の場合、前者を選ぶ側の人間なんだ」


「何を言っているのです……?」


「ミルフォビアくん」



俺は彼女の両肩を掴み、その目を見て言う。



「ちょっと私を誘惑してくれないかね?」


「ホントに何を言ってるんです?」






* * *






ゾンビ・クイーンをはじめとする特別な三体のゾンビたちは、国王が召喚する他のゾンビたちに比べて破格の強さを誇っているようだった。

しかし、それでもなお劣勢に立たされる理由。

それは知恵の差だ。



「まったく、愚かなマネを……!」



国王は常にゾンビ・クイーンたちから一定の距離に立ち、間に結界や召喚したゾンビを挟んで十分な安全マージンを取っていた。

そして時にクイーンたちの行動のスキを突くように、ゾンビたちに攻撃命令を出す。



……動けるのはもはやクイーンだけか。



他の二体は無限に湧く、ガレキのような姿形のゾンビたちに押し潰されて身動きが取れなくなっているらしい。

国王は半ば勝利を確信したような笑みをクイーンへと向ける。



「殺しはせん、だが相応の罰を覚悟しろ? 魔国の蹂躙じゅうりんが叶うまで、まだまだキサマには屈辱と恥辱を味わい続けてもらわねばなぁ」


〔ヴァァァァァ──ッ!!!〕



喉が裂けるのではというほどの気炎を発し、クイーンが突貫する。

しかし、やはり国王は余裕の笑みで、その手から黒い魔力を発してクイーンの正面に硬いゾンビたちを障害として召喚すると、再び自身は安全圏へと下がろうとする。



──まったくもって、俺の予想通りの位置へと。



バチャッ! と。

余裕面をしていた国王の横顔へと、ソレはぶつかった。

ソレは、国王の移動先を読んだ俺が、あらかじめその位置へとめがけて投げつけていた、湿らせて丸めた寝間着の切れ端だ。



「チェスは、中途半端に定石じょうせきを覚えている初心者相手の方が手玉に取りやすいらしいのだが、それには私も同感だね」



国王のすぐ手前の位置に俺は出現していた。

隠れていたのだ。すぐ近くの、機能停止させた鎧のゾンビの懐に。

そしてタイミングを図っていた。



「私は別にチェスプレイヤーというわけでも、戦略家というわけでもないのだがね、君は毎度毎度、同じ方法で距離を稼ぐものだから行動が読みやすかったよ」


「おまえ、人間……!? 何をして……」


「残念だ、君には同類のニオイさえ感じたというのに。しかしだね、その魔国にたてつく思想には感心しないな。今の私の立場的には、とうてい見逃すことはできまい」


「おまえはいったい、何を言って──」



クラリ、と。

国王の体が傾く。



「なん、ら、これは……!?」



その顔は、死人にも関わらず上気し、呂律ろれつも回らなくなっている。



……まあそれも仕方ない。だってそれ、サキュバスの甘露カンロの効果だから。布を湿らせていた液体の正体は、ミルフォビアの汗だ。



「国王よ。君がミルフォビアくんのことがサキュバスだと分かったとたん、彼女に対して動き始めていた食指を止めたことでわかったんだがね」


「ぐっ……がぁ……!?」


「君、死人のクセに性欲が強すぎて、サキュバス相手だと簡単に籠絡ろうらくされてしまうのではないかね?」



俺は国王の後方を指で示した。

国王は抗いたくても抗えないような、そんなゆっくりとした動作で俺の指のさす方へと振り返った。

そこには、上半身の服を脱いで素肌をさらし、脇を上げて胸を強調して見せる扇情的なポーズをしたミルフォビアの姿があった。



「──むはっ……ムハァ──ッ!?」



国王の目はミルフォビアへと釘付けになる。

もはや、それ以外の行動を何もかも忘れて。



〔ウヴァァァァァ──ッ!!!〕



その背後、聖剣を携えたクイーンが飛び掛かって一閃。

国王の首が宙を舞った。



「あぁっ、あぁぁぁっ! これでは裸体が見えぬではないかっ!」



頭と胴体を斬り離されてなお、国王の視線がミルフォビアから離れることはなかった。

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