第28話 ハイリターン

サキュバスの甘露、そしてその魅力というのは本当に凄まじいものらしい。

国王は首を斬り飛ばされてなお、その目をミルフォビアへと向けていた。



「恐れ入るね、本当に」



俺はノロノロと走り、地に落ちて鈍い音を立てた国王の首を拾う。

そして魔力を送り込む。



「人間っ! 何をするっ! あの女の方をっ、あの女の方に顔を向けさせろっ!」



ゾンビは頭を潰さない限り死なない。

この国王も例にはもれず、頭だけとなってもなおギャンギャンと騒ぎ立てた。

俺は国王の顔をミルフォビアへと向けてやりつつ、



「ふむ……脳構造は他のゾンビや人体と変わらないな」



まったく抵抗もなく、容易にその内容を把握できたため、魔力で欲求を司る脳の部位への電気信号を阻害する。

国王は白目を剥いて意識を失った。

すると、国王が作り出していた鎧のゾンビたちはとたんに全てその動きを止めた。



「アラヤ様っ!」



ミルフォビアが上半身を隠しつつ、俺の元へと駆け寄ってくる。



「おケガはっ!?」


「いや、問題ない。それよりも協力してくれて本当にありがとう」



ミルフォビアに礼を言いつつ、俺は国王の胴体の方の服を剥いて、その布でスイカでも包むように頭を覆って持った。



「アラヤ様、それを……持ち帰るのですか?」


「うむ。せっかく得たハイリターンなのでね」


「……申し上げにくいのですが、アラヤ様」



ミルフォビアは大変心苦しそうな表情で俺を見る。



「わたくしの責務として、今回のできごとを上司のエメラルダ様に報告しないわけには参りません。もちろん、その頭のことについても」


「ああ、問題ない。むしろそうしてくれると助かるのだが」


「えっ?」



そもそも、俺はこれを研究目的で持ち帰るわけではないのだ。



「この国王とやらは魔力の濁りからゾンビを生み出し、そして簡単な命令を与える能力を有しているようじゃないか。魔国はいま魔族不足……であれば、単純労働者を増やすことができるのは大きなメリットになるとは思わないか?」


「それは……確かに」



ミルフォビアは考え込むように腕を組む。



「わかりました。わたくしの方で、アラヤ様のご提案を魔王陛下へとお取り次ぎができないかを、この後すぐにでもエメラルダ様へと打診いたします」


「そうしてくれると助かる」


「……では、このダンジョンを早々に脱出してしまいましょう」



ミルフォビアはようやく上着をまとい直すと、再びダンジョンの入り口側へと歩き出す。俺も素直にその後に続いた。



〔うぁぅ……うぅ……〕



その俺のあとに、さらになぜかゾンビ・クイーンがついてくる。

他にも、国王に生み出されたゾンビたちに圧し潰されて身動きが取れなくなっていた筋骨隆々のゾンビと、ミイラゾンビもいっしょに。

三体がゾロゾロと俺の後ろにつく。



「あの、アラヤ様……? このゾンビたちは……?」


「うむ、ついてくるようだな」


「もしかして、アラヤ様に懐いて……?」


「まさか、あり得ないさ」



俺は断言する。

そして、布に包んだ国王の頭を見た。



「このゾンビたちは数百年間、この国王の魔力によって強制的に支配されていた。その名残だろう。魔力から解放された今も『国王に付き従え』という命令に体が反射的に従ってしまうのではないかな……蛇が首をもがれてなお、体を動かすように」


「……それは、最悪ですね」


「同意する。哀れだ。せめて地上で安らかに眠らせて──」



ガシリ。

ゾンビ・クイーンの手が俺の手を掴んだ。

国王の首を下げる手とは反対の手を。



〔う……うぁ〕


「……なんだ?」


〔うぁぶぁ……うぁ〕


「……何かを伝えようとしているのか……? いやまさか。あり得ない……」



ゾンビは動く死体だ。

基本的に意思なんてものを持つはずがない。

そんなことは決してあり得ないはず、なのだが。



「……いや、そうだったな。私としたことがとんだバカなマネをするところだった。『あり得ない』なんて言葉は、いつだって前時代的な人間が使うものではないかっ」



例外的なケースこそ、常識をくつがえす革新が生み出される土壌なのだ。



「ククク……害はなさそうだな。先ほど食欲などは遮断しているから、急に襲われるようなこともないだろう。ならばよし、ついてくるがいいっ! 私のいい研究対象になる!」


「正気ですかっ!?」



ミルフォビアが悲鳴に近い声を上げたが気にしない。

俺たちは、サキュバスに人間、その後ろにゾンビ三体というなんとも奇妙な列を形成してダンジョンを脱出した。






* * *






「──驚いたぞ、アラヤ殿」



深夜、いったん自室で着替えてから訪れた玉座の間にて。

魔王ルマク・オゥグロンはキョトンとしたような、純粋に驚いて丸くなった目を俺へと向ける。



「まさかこんな真夜中にダンジョン冒険譚ぼうけんたんを聞かされることになろうとは」


「私としても驚愕の体験でした。まさかこんな真夜中にゾンビに抱えられて窓を飛び降りる羽目になろうとは」


「うむ、それはそうであろうな」



ルマクは苦笑する。



「私もまさかこの魔王城の地下にダンジョンがあるとは……いっさい不審な魔力は感じなかったのだが。どれだけ上手く隠していたのか、あるいは隠すことだけに特化させていたのか」



ルマクは少し考えるようにしていたが、しかしすぐに俺へと視線を戻すとその頭を下げてくる



「とにかく管理が行き届いておらず、危険な目に遭わせて申し訳ない。そして事態を収めてくれたことに深く感謝する。ゾンビの大量発生が止まったことも確認できた……素晴らしい成果だ」


「いえ、大変恐縮にございます」


「謝礼に関しては、アギトらを助けてもらった礼とともに渡そう。ただ、それ以外になにか貴殿の望みがあれば聞いてやりたい。何か思いつくものはあるか?」


「そうですね……もし叶うなら、" 医院 " を」


「ほう。アラヤ殿が王国で経営していた医院をこちらでも開く、ということか」


「はい。今度はモンスター専門ではなく、魔族の診療もおこなえたらと」


「素晴らしいっ。歓迎するぞ、ぜひ援助すると約束しよう」



よっし!!!

俺は内心で、大きく腕を振り上げて喜んだ。

まさか、こんな早いタイミングで医院の開業のとっかかりを見つけることができようとは。



「魔王陛下の御厚意に深い感謝を申し上げます」


「構わない。頭を上げてくれ」



俺はうれしさのあまりその言葉を受けてバッとすぐに顔を上げてしまったわけだが、しかしそんなことは魔王も、その隣にいる青髪の美女悪魔の秘書官も気に留めていないようだった。

いや、むしろ美女悪魔については顔色がよくなっているようにすら見える。



「それにしても魔王陛下、ゾンビの発生原因がこれまでの通説と異なっていた、という発見も驚きです」



珍しく、秘書官が口を開いた。



「これは事前にアラヤ殿からいただいた提案にもあります通り、不遜ふそんにも死の国の王を名乗っていたあのゾンビではありますが、利用できるだけ利用すべきかと私は愚考いたしますわ」


「まあそう結論を急ぐな、エメラルダよ」



魔王は肩をすくめると、



「魔族不足ゆえに、おまえがあまりの激務に苦しんでいるのは百も承知。今日もこんな真夜中まで働かせてすまないとも思っている」


「い、いえそんなことは………………少しだけ辛いですが」


「う、うむ。休みを考えておく。本当に。すまん」



憂鬱そうに目をうつむかせるエメラルダへと、ルマクは慌てたように言い添える。

なんというか、本当に魔国の現状は大変そうだ。



「それはそれとしても、だ。まずは、その死の国の王とやらがどれだけ話の通じる相手なのかを見定める必要があるだろう」


「はっ、それはおっしゃるとおりかと存じます」



ルマクとエメラルダは、共に俺の横に置かれた " 生首 " へと視線を向けた。

死の国の王を名乗っていたゾンビの男のものである。

今もなお、俺の魔力によってその意識を失っている状態だ。



「アラヤ殿。その者の意識を戻してもらえるかね?」


「はい。それはできますが……この者がとたんに暴れ出す可能性があるので、危険ではないかと」


「心配痛み入る。だが問題ない」



魔王はふっと微笑むと、その手から紫の雷をほとばしらせた。



「敵意を見せようものなら、ちゃんとしつけてみせようとも」

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