第4話 メッセージ
「拘束されている魔族は三人で全員みたいだね。東棟の幹部が一人に、西棟の魔族が二人か……よしよし」
ここに連れてこられて、二日目の夜。
俺はその日の拷問補佐の仕事を終えると、部屋で情報の整理にいそしんだ。
「王国軍人の数はだいたい三十人から五十人ほどか。施設の出入口は正面に一つのみ。東棟と西棟にはそれぞれ裏口あり……」
もちろん、そんな情報は紙に残せない。
情報漏えいを疑われれば、今度は俺が拷問されてしまう。
ゆえに、小さく口に出して呟いて、脳に染み込ませるのだ。
「……やはり、最初に解放するのはあの魔国幹部の魔族かな」
俺は朝の九時から夜の八時まで、休むことなくゴルゴン少尉を始めとした拷問官たちにこき使われており、この施設に監禁されている魔族たちの傷を治し続けていた。
そのおかげで確信できていたのは、魔国幹部の力が絶大だろうということ。
おそらく、万全の状態なら一人でこの施設を制圧可能なほどの魔力量を持っている。
「それに大きな翼もある。これさえあれば、出入口や人目を避けて、魔国まで俺を抱えて逃げられるはず……!」
西棟で拷問を受けている二人の魔族も小さいが翼を持っていた。
これなら魔族たちのケガを完全に癒して解放し、無事に外まで出ることができれば脱走は可能だろう。
「亡命に必要な要素はあと二つ。例の "とびきりのダークヒール" の構築を済ますことが一つ、そしてもう一つ……」
俺は自分の腕に魔力を注入し、"ソレ" を試した。
アザが浮かび上がる。
……よし。
「明日から、奥ゆかしく "文通" といこうじゃないか」
* * *
「おい、ダークヒーラー。さっさと治せ」
三日目、魔国幹部の拷問部屋にて。
拷問を終えたゴルゴン少尉が俺の尻を蹴飛ばしてくる。
「言われる前にやるんだよ、使えねーな」
俺は特に反抗的な態度も取らず、魔国幹部の右腕に手を当てて魔力を流し込み始めた。
丁寧に、丁寧に。
「オイ」
ゴルゴン少尉の低い声に、俺は思わずビクリとしてしまう。
「おまえさ、もっと早くヒールできないのか? 今日でもう三日目だろ。そろそろ効率よくやってもらわねーとさ、俺の休み時間まで削られちまうんだわ」
ゴルゴン少尉は椅子に浅く腰かけて、あくびをしていた。
ホッとする。
どうやら何を悟られたわけでもないようだ。
「オイ、聞いてんのか」
「はぁ……聞いてますが、ヒールを早めることはできませんね」
「はぁ? なんでだよ」
「こういった外傷はふさぐ前に自己治癒能力を高めて傷口周りの殺菌処理を行う必要がありますから。これは負傷者の体質にもよりますが、基本的に短縮できることではありません。これを省略してしまった場合、のちに感染症などにかかるリスクが増え、最悪の場合は臓器の重大な機能障害を起こす可能性も否定は──」
「わかったわかった。もういいっ。さっさと終わらせろっ!」
ゴルゴン少尉はそう怒鳴ると、最後に舌打ちをして貧乏ゆすりを始めた。
* * *
「──さて、メッセージは仕込めたな」
部屋に戻ると、俺は自分の前腕に指を当てる。
そして先ほど魔国幹部にやった時と同じように、丁寧に魔力を注入し続けた。
「……っ」
ピリッとした痛みが腕を襲う。
次第にその腕に、ミミズ腫れのような、赤く細いアザが浮き上がってくる。
それはやがて、文字を成した。
"このメッセージを確認できたなら、翌日の治療時、人差し指を三回続けて折り曲げよ"
そのアザは一瞬だけくっきりとすると、すぐに薄くなって消えていく。
今回は魔力注入後すぐに文字が出るようにしたが、あの魔族には拷問が行われない夜の時間を狙って浮き出るようにした。
「あとはあの魔族が気づいてくれるかどうか、だが」
できるだけ早く気が付いてくれることを祈ろう。
* * *
「オイ、ダークヒーラー!」
「治療ですね。承知しました」
四日目。
魔国幹部の拷問部屋にて。
ゴルゴン少尉に尻を蹴られる前に、俺はそそくさと動く。
「さて、具合はいかがでしょうかねぇ」
独り言のように呟いて、俺は魔族の腕に手を当てる。
すると、
──クイッ、クイッ、クイッ。
魔国幹部のその指が三回、続けて折り曲げられた。
「……」
……素晴らしい。よくぞ初日で気が付いてくれた。
俺は魔力を注入する。
丁寧に、丁寧に。
魔力を過剰注入し指定した場所にアザが浮き出るように仕込む。
メッセージの内容は、こうだ。
"あなたを含めた捕虜魔族全ての解放に協力願いたい。翌日の治療時に、協力する場合はこの前と同じ合図を。しない場合は親指を五回続けて折り曲げよ"
──翌日の返事もまた、人差し指を三回折り曲げて返ってきた。
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