第33話 来院者エメラルダ

医院の開業から一週間が経ち、今日も今日とて大盛況だ。

なにせちまたのほとんどのダークヒーラーが戦時ということで前線へと駆り出されており、民間医療を圧迫していた状況だったのだ。



……ああ、なんという競合不在の儲け場所ブルーオーシャン! お金がガポガポ入ってくるではないかっ!



初日に講じた策も上手く機能して大変よろしかった。


その内の一つがゾンビ・ソルジャー、ゾンビ・シーフ、ゾンビ・クイーンたちに魔都デルモンド内の患者を積極的に探してもらい、医院に運んできてもらうというものだ。

なかば拉致まがいの治療行為になるケースも多かったが、結果よければ全て良し。苦情はなかったうえ、完治した患者からの口伝てが医院の宣伝にもなった。


もう一つが魔王城内部での営業だ。

竜騎士や巨人種など、初日にできるだけ目立つ魔族たちにターゲットを絞って受診を勧めてみたのだ。

遠目から見ても目立つ彼らがわが医院を受診する姿を見て、心を動かされた魔都民もきっといたことだろう。



「あと一つ、予想外の宣伝になったのは開業祝いだな……アギト殿たちの花束が届いたのと、二日目には魔王陛下自らアミルタといっしょに来院して、ミョルの治療のアピールをしてくれたし……」



そんなわけで、アラヤ総合医院は早くも魔都内でも屈指の医院として名を馳せることができているようだった。

さて、魔王やアギトたちへの返礼品はなにがいいだろうか……

なんて考えていると、



「アラヤ様、次の患者様なのですが、」



ミルフォビアが診察室へと顔を出しにきた。

魔王城内での世話係として俺の使い魔になってくれている彼女だが、厚意により医院の方も継続して手伝ってくれている。



「次の患者がどうかしたのかね?」


「あの、実は数人のお子様でして……」


「ふむ? ご両親はどうしたのだね」


「身元引受魔族の大人の方といっしょではあるのですが、子どもたちはエルデンからの避難民だそうで、お父様もお母様も……」



ミルフォビアが目を伏せる。

エルデン……今度の奪還作戦の対象となっている、これまでアギトが統治していた魔国都市だ。王国からの強襲で何人もの一般魔族たちが亡くなったことは聞いている。

つまりは戦災孤児ということか。



「それで、身元を引き受けた魔族の方が『すぐに人数分のお金を用意することはできないのですが、先に診てもらうことはできないか』、と。アラヤ様、子どもたちはもしかしたら肺炎かもしれないとのことです。できれば──」


「通してくれたまえ。診よう。子は国の宝だ」


「えっ」



俺の言葉に、ミルフォビアが目を丸くした。



「えっ? いま何とおっしゃいましたか……?」


「子は国の宝だ、と」


「い……医学知識とお金にしか目がないはずのアラヤ様がっ、子は国の宝とっ!?」


「ミルフォビアくん、君は私をなんだと思っているのだ……? 大人が子どもを助けるのは当然だと思うが」


「ア、アラヤ様……!」



ミルフォビアは驚きと感動で口をふさいでいるようだった……いや、そこまで意外かね?

さすがに俺はそこまで金の鬼ではないのだが。

あと付け加えて言うならば、



「子どもを一人救えば大人になり、その子が新たな子をなせばさらに魔族は増えるだろう? その子らが全員ウチの患者になれば……クフフフ、結果的に入ってくる利益は倍増以上ではないかっ」


「そ、それを言っては台無しですよアラヤ様……」


「そうかね? まあ私が言いたかったのは、つまりこれは未来への先行投資にもなるということだ。わかったならミルフォビアくん。早く患者を案内してきてくれたまえよ」


「はい、そうですね。承知いたしました」



ミルフォビアは肩をすくめると診察室から出て、



「ありがとうございます、アラヤ様」



やさしげな笑みを残して引き戸を締める。

俺はアルコールを浸した手ぬぐいで手指を洗浄しマスクを着けると、患者の来訪に備えた。






* * *






そんな日の午前最後の診療が終わった、その後のことだった。

わがアラヤ総合医院へと魔王に続くVIPが来院したのは。



「医院の方がとても順調のようで良かったですわ、アラヤ殿……いえ、この場ではアラヤ院長とお呼びした方がいいわね」



そう言って診察室の椅子へと腰を掛けるのは、特徴的な六枚の黒い翼を背中から生やした青い長髪の美女──魔王秘書官のエメラルダだった。



「おかげさまで、エメラルダ様。魔王陛下にも、私がその多大なご厚意に深く感謝している旨と、多忙により直接うかがえず申し訳ございませんというお言葉をお伝えいただければと存じます」


「はい、わかりました。でもそれは明後日になるかもしれないわ」


「明後日?」


「ええっ。私は今日の午後から明日いっぱいまで、" オフ " ですのでっ」



そう口にしたエメラルダは、その瞳をキラキラとさせていた。



「ああ、いったいどれくらいぶりかしら……明日は真昼まで寝ていられるわ」


「それは素晴らしい」


「ええ。スケジュール調整をしていただいた魔王陛下と……それに、あなたのおかげですよ、アラヤ院長」


「はぁ、私……ですか?」


「あなたがジャームという単純労働ゾンビ生産機を入手してくれたおかげで、業務に余裕ができたのが大きな要因です。本当にありがとう」



エメラルダはそう言うと、相手によっては傾国させてしまうのではと心配になるほどの魅力的で妖艶な笑みを俺へと向けてくる。

さすがはミルフォビアの上司ということだけはあった。



「だからですね、今日は診察してもらいに来たのではなく、個人的に何かお礼をさせてもらえたらと思い訪ねてきたのですよ」


「おおっ……! それはうれしいお申し入れです」



これはいよいよ、チャンスが来たのでは?

正直、玉座の間で最初に見た時からエメラルダのことはとても気にはなってはいたし、魔国で過ごす日数を重ねるにつれどんどんとその気持ちは大きくなっていたのだ。



……このエメラルダは、いったいどんな種類の悪魔なのか、と。



なにせ、これまでで診たどの患者にも属さない外見なのだ。

翼が六枚あり、それ以外の外観は完全に人型。いま近くで対面で話してみて、犬歯が人よりも尖っているというのは分かったが……このような悪魔は俺の知識にない。



「でも、あまりに " 過激 " なものはダメですよ。ミルフォビアから横取りするわけにもいきませんので」



こちらの興奮を見透かされてしまったのか、エメラルダにクスリと微笑されてしまう。

いけないいけない。ミルフォビアから横取り? というのが何を意味しているのかは分からないものの、気をつけねば。

特に今回の相手は相手は魔王秘書官というVIPなのだ。下手なことをしては今後の魔国生活に大きな支障を出しかねん。



──ゆえに、ギリギリのラインを見定めなくては。



これくらいなら許されるだろうなくらいのギリギリで、しかし今後の研究のいい素材になるデータを集めるのだ。

俺は慎重に考えることにした。






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ここまでお読みいただきありがとうございます。

次のエピソードは「第34話 ばぶぅ」です。

明日もよろしくお願いします!

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