第39話 重責を背負う者

魔都デルモンドからキローセへの道のりはおよそ五日。アギトたちとともに亡命を果たした日数とほとんど同じだけの日数をかけての移動だった。



「いやぁ……少し、あの亡命の時のように山を直線で突っ切っていくというやり方が恋しくなりましたよ」


「フフ。だが、おまえ一人で山に入ったところでたちまち疲労で立ち止まってしまうのがオチだろう。山々を迂回し、遠路はるばるよくぞ来てくれたな、キウイよ」


「お久しぶりです、アギト殿」



到着そうそう、魔族たちに案内されたキローセの魔国軍前線基地で出迎えてくれたのはアギト。どうやらちょうど大隊長たちを集めた作戦会議が終わったところだったらしい。



「私はそれに参加しなくてもよいのでしょうか? いちおうは私が先陣を切る、という形にはなると思うのですが」


「ある意味ではそうだが、しかし案ずるな」



アギトはその大きな手を、やさしく俺の肩へと載せてくる。



「キウイよ、おまえはおまえの作戦を成功させることだけを考えていればいいのだ。あとのことを深く知る必要はない」


「……なるほど、承知いたしました」



さすがはあらゆる障害を噛み砕く魔王の顎とも呼ばれる魔国幹部アギト。機密情報の取り扱いはしっかりとしているようだ。



……俺はあくまでも使い勝手の良い駒であればよい、ということだな? 素晴らしい!



俺とアギトの個人間の関係性という私情と、魔国幹部という立場における振る舞いはキッチリとわけるべきである。それを鑑みれば、むしろ望ましい情報のシャットアウトであると評価できるくらいだ。

つまりそれだけ、こちらからはアギトを深く信用できる。



……いくら亡命者認定を受け、一部の作戦の指揮権を与えられているとはいえ、それは俺に対する " 王国からのスパイ疑惑 " が完全に晴れたことを意味するわけではないからな。



「ところで作戦の開始時刻は教えていただけますか?」


「無論だ。明日の早朝三時。日の昇る前に強襲を決行する。それまでの間に準備は可能か、キウイよ?」


「もちろんです。動かすのは " ほとんど " わが身だけですので」


「よろしい」



それから夜の最終ブリーフィングと作戦開始位置に移動するまでは待機、という命令を受けたので、俺はアギトのいるその作戦本部を後にする。

とりあえずは、寝よう。

俺がやること自体は簡単。ただ号令を出すだけとはいえ、今日は徹夜での作戦行動になるからな。






* * *






~【Side:魔国軍前線基地】~




「──あれ、アギト様? キウイが来てるって聞いてたんですけど」



キウイの去ったその部屋へと入れ違いに現れたのは、アギトの腹心の一人であり吸血人種の美男子ギギ・ガンデスだった。

その手には糧食を持っており、



「もうちょっと話し込むのかと思って、人間でも食えそうな食い物を持ってきたんですが」


「ああ。キウイは長旅から解放されたばかりなのだ。長々と引き留めるのも悪かろう? そうそうに休ませてやらねば」


「それもそうっすね……でも、作戦詳細とかの共有はいいんですか?」


「キウイは自らの作戦を実施後、戦場から離れてこのキローセへと戻ってくるだけだ。必要あるまい。それに……作戦詳細を教えるのは、キウイの " 負担 " になってしまう恐れがある」



アギトは腕を組みつつ、幹部会議で使用していたエルデンの地図を広げる。

周囲を壁に覆われたエルデンの町に向かって太い赤矢印と青矢印が、それぞれ反対の方角から引かれていた。



「この西の森、ここからわれわれ飛行部隊は地上部隊より一足先に空中からエルデンへと侵攻する」



アギトが指さしたのは赤い矢印。それは、キローセから西方向にズレた山の麓の森から伸びている。



「われわれは先行して王国の聖職者たちによる " 魔封じの結界 " の発動を阻害する。そして補給も援護もない中で、王国兵たちの攻撃を一手に受け止め続けなければならない……危険なものだ」


「……まあ、そうですね。どうしてもスピードが必要な作戦ですから」


「ああ。だがこの計画は後からこの青い矢印……反対の北東側から現れたキウイの作戦実施後、地上部隊がエルデンの北門を打ち破り、内部へと攻め入ってわれわれの援護に移ることを前提としている」


「キウイの作戦の成否で地上部隊の侵攻速度が異なってくる……それはつまり、」


「うむ。われわれ先行部隊の被害の大小が、直接キウイの作戦の成否に左右されることになる、というわけだ」


「……確かにそのことを知れば、キウイが委縮してしまう可能性がありますね……」


「ああ。それは望ましくなかろう」



アギトは深く息を吐く。



「キウイはあくまで一般魔族……いや、一般人だ。このような重責を負わせたくはない」


「お気持ちはわかります」


「うむ。それに吾輩、この作戦の総指揮官として、キウイに限らず誰か一人に命運を預けるようなマネなどするつもりはない」



アギトはニヤリ、と。邪悪な笑みを浮かべて言った。



「何が起ころうとも、最後はこの吾輩が全ての障害を噛み砕き、勝利への道を作ろうではないか」






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ここまでお読みいただきありがとうございます!

次のエピソードは「第40話 緊張くらいするさ、知的生命体だもの」です。

明日もよろしくお願いします!

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