第30話 【Side:魔国】エルデン奪還作戦

魔王城の玉座の間にて。

ミルフォビアが招かれたその先では、ちょうど魔国幹部であるアギトも呼ばれてきていたところだった。

ミルフォビアはその面々を前にして膝をつく。



「魔王陛下……拝謁のご機会を賜りまして誠に──」


「よい。呼んだのは私たちなのだ。楽にせよミルフォビア」



ミルフォビアは顔を上げて、改めてそこに集結する者たちを見渡した。


ルマク・オゥグロン魔王陛下──言わずと知れたこの魔国のトップであり、ミルフォビアたちが命を賭して仕えるべき存在である。


エメラルダ──ミルフォビアの上司であり、超有能な魔王補佐官。魔国の政策の半分は彼女が自ら主導するものでもある。


アギト──魔国幹部であり魔国領エルデンの支配者。百年前の魔国統一戦争においては敵対魔族をことごとく粉砕してみせた魔王の顎アギトとして恐れられる、魔王の腹心だ。



「私はどのような理由でこの場に呼ばれたのでしょう……?」



ミルフォビアは首を傾げる。

この場において、魔国の政策に深くかかわっているわけでもない自らの存在はあまりにも場違いに思えたからだ。



「ミルフォビアよ。おまえはキウイ・アラヤの使い魔としてよくやってくれている」


「いえっ、とんでもございません」


「謙遜するでない。それで、アラヤの信頼を勝ち得ているミルフォビアには、今後の彼を含んだ作戦のあらましについてをぜひ把握しておいてもらいたい」


「……はっ。承知いたしました」



なるほど、つまり自分は暗に『これからの行先についてあらかじめ教えるから、キウイ・アラヤの手綱を上手いこと握れ』と言われているのだ、とミルフォビアは納得した。



「さて、それでは……アギトよ」


「はっ」



魔王の御前で膝をついてジッと屈んでいたアギトがその顔を上げる。



「おまえも夜遅くにスマンな。魔都へ帰還して三日、少しは休めているか?」


「おかげさまで。なまり切った体を一日二十三時間、じっくりと苛め抜くことができております」


「拷問に国境越えの連続で疲れているだろうからしっかりと休め、と私は言ったはずなのだがな……」



魔王は苦笑しつつ、



「確かもうギギもフォルテーも昨日から働いているとか。おまえもおまえの部下たちも、少々ストイックが過ぎる」


「フ……ただ体を動かさないだけが休息ではございませぬ」


「……まあよい。あらためて、仕事の話だぞ、アギト」


「ハッ」



軽やかささえ感じれた場の空気が一瞬にしてピンと張り詰めた。

魔王、アギトの表情から一切の緩さが消える。



「エルデンが王国軍に占領されてから、じきに二十日が経つな」


「はっ」


「何名が死んだ」


「現状把握できている限り、魔国軍の兵士たちと一般魔族たちが合わせて2011名。消息不明の者たちが292名です」


「人間たちにしてやられたな」


「ハッ。大変申し訳ございません……」


「いいや、西方エルフ国家を相手に時間をかけ過ぎて、南方側面の防御をおろそかにしていたのがよくなかった。アギトの問題ではない。私の戦略が──などと、言い合っている時間は無駄だな。アギトよ」



魔王は玉座から身を乗り出すようにして、問いかける。



「やり返してやる覚悟はできているか?」


「無論ッ」



強い風が吹き荒れた。

力強く握りしめられたアギトの拳を中心に、紅蓮ぐれん色の魔力が玉座の間へと広くほとばしり、離れた位置で控えるミルフォビアの髪さえも激しく揺らす。

それは圧倒的な強者が放つ殺気。

ブルリ、とミルフォビアは思わず背筋を震わせた。

自分たちに向けられたものではないと分かりつつも、思わず冷や汗をかかずにはいられないほどの圧力だ。

しかし、魔王はそれを涼しげな笑みで返した。



「血がたぎっているようで結構」


「ハッ」



アギトは怒り、憎悪、そして歓喜の感情が複雑に入り混じった双眸そうぼうで魔王を見返す。



「わが同胞たちの無念を晴らす時を、今か今かと待ちわびておりました。突撃の許可をいただけるのであれば、吾輩、いますぐにでも行ってまいりましょう」


「私はおまえのその魔族らしいところが好きだぞ、アギト」



ニヤリと魔王は微笑んで、



「しかし、突撃はやめろ。おまえには近日中に集めた兵たちを率い、それと共にキウイ・アラヤも連れていってもらう」


「……キウイを?」


「ククッ、アラヤが持ち掛けてきた作戦があってな。それがハマれば王国軍の罠を回避し、先手を取ってエルデンに攻め入ることができるかもしれん──」




そうして、魔王が簡潔に話したその作戦については、今日キウイがこの玉座の間に来るまでの間にミルフォビアに話したものと同じ内容だった。




「──アギトよ、アラヤはおもしろい人間だな。物怖じというものをせぬ」


「そうですな。吾輩が首を絞め上げたときもほとんど動じておりませんでした」


「ほう? 一見して、おまえから逃れられるほど強いようには思えないが」


「ええ、腕力はまるでございませぬ。ですが、キウイには知恵があり、あやつはそこに自らの絶対の自信を置いているように思えます」


「なるほど。確かにアギトらの解放をはじめとするこれまでの成果を見れば納得もできる。いかなる状況でも胸を張ることができるのは、知恵者たる自らへの信頼の上に立つがゆえか」


「その通りかと。強さの定義が吾輩たちとは異なるのでしょう」


「ふむ、おまえはどう思う?」



魔王はそう言って、ミルフォビアの方を向いた。



「ミルフォビアよ、数日だがキウイ・アラヤの使い魔となってみて、おまえはあの者をどう見る?」


「はっ……そうですね……」



突然に話を振られて動揺しつつ、ミルフォビアは口を開く。



僭越せんえつながら申し上げますと……アラヤ様を動かしているのは、好奇心や思いつきのたぐい、かと」



ミルフォビアは率直に述べた。

キウイ・アラヤが知恵者であることは、それはそれで間違いない。しかし物怖じせずに立ち回ることができているのがそのせいかというと、それには首を傾げてしまう。



……サキュバスの生態に興味を持ってミルフォビアの誘惑がまるで通じなかったときも、ゾンビ調査のために危険をかえりみず一人で部屋を抜け出したときも、キウイを突き動かしていたのは、手当たりしだいになんでも口に含んでしまう子どものように純粋な知的好奇心だ。



「なので、アラヤ様に深い考えが常にあるわけではなく、ただわき目も振らずに興味を持ったものに対して走っている姿がたまたま物怖じしないように見えるだけなのでは……と」



ミルフォビアの答えに、魔王、アギト、それにエメラルダは互いに目を見合わせると、



「「「ふっ」」」



示し合わせたように肩の力を抜いて「いやいや、そんなまさか」とでも言いたげに笑った。



「ミルフォビアったら、もう。あなたサキュバスのわりに少し堅いところがあると思っていたけれど、おもしろい冗談も言えるようになったのね?」


「……!? エメラルダ様っ!?」



エメラルダは朗らかにクスクスと笑う。

それに続けて魔王とアギトも、



「それではアラヤはまるで子どものようじゃないか。使い魔ではなく保護者が必要になってしまう」


「いかにも。その場合は吾輩が養子にとっても構いませぬが」



どうやら完全に冗談扱いを受けているらしい、とミルフォビアはため息を押し殺しつつ肩を落とした。





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ここまでお読みいただきありがとうございます。


「おもしろい」「次の話が楽しみ!」


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次のエピソードは「第31話 アラヤ総合医院」です。

明日もよろしくお願いします!

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