第4章 お金を稼ごう(エルデン奪還編)

第38話 出立と名前

──考えてみれば、魔都デルモンドから外に出るのは亡命してきて以来、初めてのことだった。



そう気づいたのは、骸骨馬スカルホースに引かれた馬車の車窓から、魔都デルモンドを囲む高い壁を外から眺めたときだった。

俺はこれから、エルデン奪還作戦に参加するために、その一つ手前の町である" キローセ " へと向かうことになっている。



……まあ、参加するといっても、ほんの少しだけ作戦に関わるだけだがね。



「しかしそれを果たせば一億二千万ゴールドもの大金が手に入るのだ。フフ、何を買おうか迷ってしまうね。そうは思わないか?」


〔うぅぁ……ぅぅう〕



同じ馬車内の、向かい側に腰かけるゾンビ・クイーンは残念ながら相づちを打たない。その隣のゾンビ・シーフも同様。ゾンビ・ソルジャーは大きすぎるので、別の馬車の荷台に載せているので当然反応はない。

こういうとき、ミルフォビアがいれば話を繫げてくれるのだが……



「ずいぶんと久しぶりだな、ミルフォビアくん抜きで行動するのは」



これから俺が行くことになるのは、いちおうは最前線だ。俺自身は戦う立場にないとはいえ、危険な戦地へと連れて行くわけにはいかない。

いちおう、魔王ルマクからは魔王城内での生活を支えてもらうという前提で彼女を預けてもらっているのだから。



……まあ、ミルフォビアくんの世話にならずとも何とかなるだろう。キローセに着けばアギト殿と合流できるのだし。



再会するのは楽しみだ。

なにせ今回の作戦が上手くいけば今以上に仲を深められようというもの。魔国でも特に重要な幹部と懇意になれる機会を逃す手などあるまい!



「しかし、奪還作戦までもう少し時間が欲しかったところだなぁ……イマイチまだ研究が足りていない。なぁ、そう思うだろう、ゾンビ・クイーン」


〔うぁぅ……〕


「ふむ、やはり反応は薄いままか……」



最近は、なるべく多くこの三体のゾンビたちに話しかけるようにしていた。

ゾンビ・クイーンが初めて意味のある言葉を発した、あのエメラルダが来院したとき以降、これはゾンビたちに知性や自我というものが芽生え始める兆候なのではと思い、俺は時間を見つけては実験と研究を繰り返すようになっていた。

だが、イマイチ捗っていない。



「だが、結局あの時だけだったな、ゾンビ・クイーンよ」


〔ぁうううぅ〕


「ゾンビ・シーフたちに関してはずっとしゃべらないままだし」


〔……〕



ゾンビ・シーフは黙したまま、膝の上に手を置いてジッと動かない。



……ふぅむ。どうしたものか。



サボテンに音楽を聞かせたり、話しかけたりすると成長がよくなるというのは証明されていたはずなんだがな。だから俺も独り言を増やしてみているのだが、ふむ、あまり効果があるようには思えない。



「あるいは……もっと、本人の感情を揺さぶるような話題にした方がいいのか?」



確か、死の国の王……ジャームに対してはかなり剥き出しの感情をぶつけていたし。

となると……



「よし、名前を呼んでみるのとかどうだろうか」



これまでずっとジャームが呼んでいた名前でしか呼んでいなかったからな。

仮に、俺の発した名前がゾンビ・クイーンの生前の記憶と結びつけば何かしらの反応が返ってくるかもしれない。

さっそくゾンビ・クイーンに向けて口を開く。



「アミルタ」


〔うぁう……〕



残念ながらゾンビ・クイーンに目ぼしい反応はない。



……というかこれ、魔王ルマクの娘の名だったな。ゾンビに向けて呼びかけてしまうのは失礼かもしれん。やめとこう。



「イルミーナ」


〔ぁうぅぅ〕


「ウンディーネ」


〔……あぅう〕


「…………」



……うーん。

反応があるのかどうか、ぜんっぜんわからん。

うめき声しか返ってこない。

これ、果たして効果はあるのか?



……まあいい。研究実験とはこういうものだ。



一つ一つ可能性を探ってはトライ&エラーの繰り返し。投げられる玉がある限りは投げ続けてみようじゃないか。



「エヴァ、オリヤ、カーミラ、キティ、」


〔うぁぅ〕


「クリスティーナ、ケイシー、コアン、サナ、」


〔うぅぅ……〕


「シエル」


〔ヴァ〕


「……ん? 『ヴぁ』?」


〔ヴァァァゥ、ンブァ、ウァウ……〕



……おぉぉぉっ!? まさか、なにかしゃべろうとしてる……!?



「シ、シエル……おまえの名前はシエルなのかっ?」


〔ゥゥゥウ、ンヴァ、シェ……〕


「シェ? シェル?」


〔ンヴァッ、ンヴァッ!〕



ゾンビ・クイーンは体を前後に揺らし、何かを訴えかけるように口を開いていた。

おそらく、シエルは違うな。

あとシェルもじゃっかん違うっぽいな?



「シェか? シェまでは合ってるのか?」


「ヴァ!」



合ってるっぽいな。

どうやら『シェ』までは合ってるっぽいな?

なんとなくそう思っただけだけど。

とりあえずこの路線でいってみよう。



……では次に来る文字はなにか? またかたっぱしから当てはめていくか?



「シェア、シェイ、シェウ……なかなか名前っぽくならんな。シェから始まる名前って何があるんだ……?」


〔ヴぁうぁ……シェ、ぅあぅ〕


「おお、いいぞ、その調子だ。がんばれっ」


〔シェ、ゥゥ、シェウ、ヴ〕


「……『ウ』。そうか。『u』の音が入るのか……!」



であれば、絞れる!

シェウではない、シェクでもないだろう。

では、



「シェス?」


〔ヴァ!〕


「シェス……シェスでいいのだなっ!?」


〔ヴァッ!〕



よしよし!

俺はグッと拳を握る。

このゾンビ・クイーンの名前は " シェス " !

俺はゾンビの名前を知るという、最低限の意思疎通ができるところまでこれたのだ!



……とすれば、さっそくネクストステージ。さらなる " 言語的コミュニケーション " にいそしんでみよう。



「よし、それではシェスよ、さっそく教えてほしいことがある」


〔ヴァ〕


「そのビキニ・アーマーは生前のおまえの趣味なのか?」


〔ンヴァヴァヴァッッッ!!!〕



どうやら違うっぽいな?

いや、絶対違うな、これは。

激しく体を前後に揺らしているものな。



……今度、シェス用の新しい装備を買ってやらねばだ。






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ここまでお読みいただき、またいつも応援ありがとうございます!

昨日告知を忘れてたのですが今回のエピソードから4章へ突入しました。

次のエピソードは「第39話 重責を背負う者」です。


ここまでの話で


「おもしろい」


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と思ってくださいましたら、ぜひ作品フォロー・☆評価・レビューなどいただけると嬉しいです!


明日もよろしくお願いします!

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