第45話 流されるままに
「ん? これは君の血ではないな?」
血まみれの少年魔族の頭をなでくり回して、どこにも傷がないことを確認する。
少年は、というよりも子供たちはみんなずっと呆気に取られていたものの、
「こ、これは、パパので……」
ようやく口を開き始める。
「パ、パパが、撃たれて……」
「ほう。それでその血を被ったのか。それで、父親は死んだのか?」
「しっ!? し……死んじゃ、ヤダァ……!」
「むっ……」
少年の目から涙がボロボロとこぼれ落ちる。
……いや、違うんだ。私は単に生死の確認がしたかっただけであり、別に泣かせたかったわけではないのだ。
しかしまあ、この反応はまだ、父親が完全に死んだという場面を目撃したというわけではなさそうだ。
「では、治しにいくか」
「……えっ」
「君の父親……パパはケガをしているのだろう? なら早く治してやらねばなるまいよ」
正直、シュワイゼンを追いたい気持ちもあるが……致し方ない。
「さ、案内してくれたまえ、少年」
* * *
ガゴン、ドサッ。
ガゴン、ドサッ。
ガゴン、ドサッ。
テンポよく、ゾンビ・ソルジャーはこの収容所内部にいた王国兵の頭のヘルメットを錆びた剣の腹で殴り飛ばしていく。
その後ろを俺と少年たち、シェスがついて歩いた。
ガゴン、ドサッ。
ガゴン、ドサッ。
ガゴン、ドサッ。
ライフルの発砲すら許さない。
この収容所の一本道の廊下で、王国兵の顔がヒョコリと現れたとたんに殴りつけて昏倒させていくのだから。
……昏倒、で済むといいな?
下手したら
「しかしなんとも順調だね、ゾンビ・ソルジャー。やはりかなり強いようだな」
〔……〕
「これまでずいぶんと活躍してもらっているし、君たち三人にも褒賞が必要だろう。無事に帰ったら君も鎧を新調するかね? その体格に合うものがあればいいのだが」
〔……〕
ゾンビ・ソルジャーは応えない。
いつかシェスのように反応するようになってくれるとうれしいのだが。
なんて考えていると、
「ヌッ、ゾンビだとっ!?」
青い司祭服を身にまとった、いかにも神父然とした中年の男と廊下でバッタリ遭遇した。
しかし、バキッと。ゾンビ・ソルジャーの剣の腹をまともに顔面に受けて、一撃で頭をひしゃげさせてしまう。
「……ふむ。これまた、豪快に死んだな……」
即死だった。
職業柄、死体を見るのは慣れているのだが、しかし殺される現場を直視するのにはまだそれほど慣れておらず、少々顔をしかめてしまう。
とはいえ、ここは戦場。甘えたことは言っていられない。
それに、
「甘えというなら、コレの方だろうな」
俺は聖職者が吹っ飛ばされた時に懐からこぼれ落ちた本──聖書を拾い上げた。
それは聖職者たちが信仰する神を崇めるための教典であると同時に、聖力を流し込むことで聖術の起動をたやすくする " 便利ツール " でもある。
……文明の利器とは、人類を強くはするが個を弱くしてしまう。この者も聖書に頼ることなく出会い頭に聖術が打てていれば、まだ少しはまともに戦えただろうに。
おそらくこの者は廊下に響く物音の様子を見に来ただけのつもりだったのだろうが、即座に使える武器も持たずにノコノコとやってきてしまったのが命取りだった。
「神のもとへと行けるといいな、信仰者よ。この世に本当に神とやらがいるのなら」
聖書を聖職者の胸の上に置くと、俺たちは再び進む。
それから、少年たちの親や他の捕虜たちが捕まっているという檻まではすぐだった。
道中、ゾンビ・ソルジャーやシェスたちを脅かすようなレベルの兵士や聖職者たちは居なかった。やはり、ここには最低限の見張りだけが残されていたということだろう。
「ゾンビ・ソルジャー、シェス、檻を破壊してやってくれたまえ」
〔ヴァ〕
シェスたちが檻に触れる。その瞬間、シェスもゾンビ・ソルジャーも真っ白に燃え上がる。神の炎だった。
「ダークヒール」
即座に二人の体を鎮火して治す。
なんと、檻に触れる者に対して回復を与える聖術が込められているらしい。
「なんとも、面倒な」
檻にかかった聖術を打ち消すことはできるが、魔力を無駄に消費するのはゴメンだ。
俺は先ほどゾンビ・ソルジャーが例にもれず殴り飛ばして昏倒させていた見張りの兵士の腰から鍵束を入手して、一本一本試して、全ての檻を解放した。
そして、それに伴って治療もおこなう。
「──パパッ、パパァッ!」
「おおっ、コチッ! 無事で、無事でよかった……!」
少年 (名をコチというらしい)とその父親の間で、熱い
少年の父親は左肩をライフルで打ち抜かれていたものの、聖術のかかった檻へと自ら触れることで回復を図っていたらしく(素晴らしい機転だ)、失血死は免れていた。
今はダークヒール中で傷口の処置をしている最中だ。
……この檻へと聖術をしかけた者は、魔族に対する見識が不足しているようだな。
少年とその父親は
つまり、
便利そうではあるものの、しかし善でも悪でもないだけどちらの回復も効き目が薄く、完全治癒には時間がかかるというのがデメリットでもある。
さて、十分ほどかけて傷口も完全にふさがった。
その様子を、俺の邪魔をしないように固唾を飲んで見守っていたらしい他の捕虜たちから「わぁっ!」や「おぉっ!」といった歓声が上がる。
いやぁ、よかったよかった。
これでケガした魔族もいなくなって一件落着……
……なのか? はて?
えっと、これからどうしよう?
というか、あれ?
おかしいな?
俺は本来、ここに捕虜の解放に来たのではなく、王国側の将校クラスの人間を捕虜にしに来たのではなかったか?
それがなぜ、またもや魔族捕虜の解放に関わってしまっているのだろう?
「キ、キウイ・アラヤ様っ!」
「え」
俺が腕を組んで首をひねっていると、少年の父親が話しかけてくる。天狗種であるため元から顔は赤いのだが、それをさらに感動に赤くしているようで、目元に涙を溜めて俺の手を両手で握ってくる。
「改めまして、本当にありがとうございますっ! 私はイナサと申します。この度は息子のコチを、私のケガを、そして私たちの解放を本当の本当にありがとうございますっ! まさか、単身で乗り込んで私たちの救助に来てくださる方がいるなんてっ!」
「あ、いや、私は別に……」
「いいえ、決して『大したことなんてしていない』なんておっしゃらないでくださいっ! 私たちがどれほどまでにあなたのような英雄の到着を待ち望んでいたことか……!」
いや、だから救助に来たわけではないのだが。
むしろ俺も勇者部隊から逃れてエルデン中央までやってきたあげく、偶然知り合い (シュワイゼン)の声を聞きおよび、その後の流れでやってきた先がここだったというだけなのに。
……それがなぜ、二百近い数の捕虜の魔族たちから希望のまなざしを向けられるハメになっているんだ?
「それでキウイ様、われわれはこれからどのように脱出を?」
イナサは何の疑いも持たぬ目で、脱走プランを問うてくる。その足元では純真そうにキラキラと輝かせた瞳でコチが俺を見上げていた。
……いや、ないよ? 計画とかぜんぜんないよ?
脱出をどうするかなんて、むしろこちらが問いたいことだ。
むぅ、どうしよう。
これはもしかして全員を解放するのを早まってしまったか……?
なんて軽く後悔し始めていた、次の瞬間だった。
外で、巨大な雷が落ちるかのような、これまでにない轟音が鳴り響いた。
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ここまでお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第46話 【Side:シュワイゼン】生殺し」です。
明日もよろしくお願いします!
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