第44話 お久しぶり

──勇者部隊を撒くことに成功した。



どうやら俺の狙いは当たったようだ。

さすがに戦場を目の当たりにしては、俺一人を追うよりも他の戦闘への加勢に入った方がいいと判断したのだろう。あの俺のことを知っているらしい聖職者の女も追ってはこない。



「さて、いったい私はこれからどうすべきだろうね……」



俺は腕を組み、いまだ走るゾンビ・ソルジャーの肩の上で思い悩む。

キローセに帰るどころか、奪還目標のエルデンのど真ん中に来てしまうとは。



「このまま隠れてやり過ごしたいところではあるのだが……戦場の中で一人何もしていないというのは、アレじゃないか? 敢闘精神がどうとかこうとか……敵前逃亡的な誤解をされてしまうのではないだろうか」



どう思う? と俺を乗せるゾンビ・ソルジャーに聞けども当然答えは返ってこない。シェスもうめき声を返すばかりだ。

そのとき、



──パンッ、と。



銃声が一発、比較的静かな通りへと響き渡った。

近い。

俺は思わず頭を屈めた。



「王国兵がいるようだ……が?」



一発だけ、というのが気にかかる。

いや、待てよ? そうかっ!



「今は王国兵の主力のほとんどが北門付近へと集まっている……なら当然、この付近の戦力は非常に薄い。で、あれば……」



ゾンビ・ソルジャー、ゾンビ・シーフ、そしてシェス。この三体の力があれば、俺でも王国軍のガラ空きのこの後方で自在に動けるのではないか?

そして、仮に王国兵……できれば一般兵ではなく将校クラスの軍人を生け捕りにして捕虜にすることができたのであれば、



「フフフ……これはまたずいぶんと大きな手柄になりそうではないか」



よし、そうと決まれば今の銃声の出所を探ってみよう。

できるだけ慎重にだ。とりあえず肩車は目立つのでもうやめる。

俺はゾンビ・ソルジャーの上から降りると、音の発生源らしき建物──全体的に四角く、広い敷地を持ち、そして灰色のどこか見覚えがあるような気もするところだ──へと向かう。



「むっ……」



俺たちは路地の角に身をひそめる。その建物の入り口と思しき門の前には、警備兵が二人立っていた。見るからに将校ではない。しかし、



「──さあ、さっさと歩け魔族のガキども! こっちは急いでるんだよ!」



建物の立つその敷地の中からは声が聞こえてくる。

他にも誰かがいるようだ。

それに、その声には聞き覚えがあった。



……よし、動くか。



俺はゾンビ・ソルジャーの肩を叩く。



「あの門の前の二人の警備兵を無力化してくれ」


〔……!〕



ゾンビ・ソルジャーは一度身をかがめたかと思うと、それから風よりも早く駆け出した。そして、腰に下げている黒茶に錆びた剣で門の前の警備兵二人の首をまたたく間にはね飛ばした。



「んなっ……!?」



慌てて俺もその後ろへと駆け寄った。



……ああ、もう完全に死んでいるではないか、コレは。



「やれやれ、私は『無力化してくれ』と言っただけなんだが……いや、まあこれも一種の無力化ではあるのか? 言葉とは難しいな……」



次からは気をつけねばなるまい。

さて、と。

それはともかくだ。

俺がゾンビ・ソルジャーの後ろからそっと出て、門の内側の敷地へと目を向けると、やはりそこに " 彼 " はいた。



「おま、おまえは……!」



幽霊でも見たかのような反応で口をポカンと開けているその男は、俺から医院を奪い上げてくれたシュワイゼン中佐だ。

声を聴いて『もしや?』とは思っていたのだが、まさかこんなところで会うことになるとはね。

お久しぶりです、とでもあいさつすべきだろうか?



「……おや?」



しかし、その前に気になる光景が目に入ってしまった。

シュワイゼンの手から伸びている紐に繋がれているのは魔族の子どもたち。これだけでも十分に異様な光景だったが、しかしその内の一人の少年は頭から肩にかけて多量の出血? をしているようだ。



回復術士ダークヒーラーは入り用かね、少年?」



頭に傷があるのだとすれば早めに見なければ。脳に異常が出ていたら大変だ。



「きっ、きさまっ!」



歩み寄ろうとする俺に対し、ジャキリ。ライフルが構えられる。

シュワイゼンの部下たちなのだろうか? 四人の王国兵たちはシュワイゼンの前に出て、銃口を俺へと向けていた。



「よくも仲間をっ! 撃てぇっ!」



立て続けの発砲音。俺にめがけてライフルの弾が飛んでくる。

だが、硬い金属の音に阻まれて、その弾は俺には届かない。



〔……〕



すかさず俺の前で体を張ったゾンビ・ソルジャーの身にまとう鎧がことごとく弾を跳ね返している。たとえその鎧のすき間に弾が当たったとしても、そもそもゾンビ・ソルジャーには痛覚が無いので大したダメージもない。



「さて、それではシェス。攻撃してくる彼らを無力化してくれ。できる限り生かしてな」


〔ヴァ〕



俺と同じくゾンビ・ソルジャーの陰に隠れていたシェスが表に飛び出していく。その手に錆びた聖剣を携えて。



「──ぐぁっ……腕がぁっ!」


「コイツ、速っ、弾が当たらな──あぁぁぁ──っ!?」



さっそく王国兵たちの悲鳴が響いてくる。

ゾンビ・ソルジャーの後ろに隠れる俺にその光景を見ることはできないが、おそらくはシェスが圧倒しているのだろう。



「クソッ、強すぎる! 中佐っ! 中の見張りの聖職者を呼んできてくださいっ! ここは私たちに任せて!」


「あっ、あぁっ! わかった……!」



む?

立て続けに悲鳴が響く中で、人の走る音がする。

気にはなったが顔は出さない。なにせこちとら、ライフルの弾が一発当たっただけで死んでしまう弱小ヒーラーなのだ。


そうこうしている内に戦闘音も止んだので、俺もゾンビ・ソルジャーの後ろから顔を出した。

王国兵たちはみな、ライフルを地面に取り落としてその場で血を流しうずくまっているようだ。

生きているかどうかは……微妙だ。

動いている者もいれば、まったく動いていない者もいる。



……『できる限り生かして』という指示でもこうなってしまうのか。



「誠に遺憾ではある……というのは今は置いておくとして、しかしやはり逃げてしまったようだな?」



倒れる者たちの中にシュワイゼン中佐の姿がない。

手錠と紐で縛られた魔族の子どもたちをその場に残して建物の中に逃げ込んだらしい。

先ほどの会話を聞くに、どうやら聖職者を呼びに行こうとしているらしいが……



「困るな。追いかけたいところなのだが」



しかし俺自身はダークヒーラーの職責として、まずは患者を診ねばなるまい。

仕方ない、これはいささか防御面が不安になるから避けたかったのだが、



「ゾンビ・シーフよ、今逃げた男を追いかけて聖職者との合流を阻止してくれ。くれぐれもひどく痛めつけたりしないように、殺さないように」


〔……〕



俺の背後を守っていたゾンビ・シーフは俺の指示を受けると、音もなく滑るように建物の中へと入っていった。



……あっ。



「『捕まえてくれ』って指示に含めるのを忘れていた気が……まあ、もういいか」



殺さないようにと気をつけるばかりに、指示から本来の目的を除いてしまっていた。

ため息を吐きつつ、



「さて、さっそく治すところを治さねばな。どこか痛いところはあるかね」



投げかけた俺の問いに、



「助けて、くれ……腕が、俺の腕が両方とも……!」



地面にうずくまる王国兵の一人が、涙目で見上げてくる。

いや、そうは言われても。



「悪いね。私に人は治せないのだ」



だから、傷を治したいなら王国軍の軍医へとかかってくれたまえ。

俺が問いかけたのは、魔族の子どもたちの方なのだよ。






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ここまでお読みいただきありがとうございます!

次のエピソードは「第45話 流されるままに」です。

明日もよろしくお願いします!

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