異端のダークヒーラーが金儲けできると思うなよって?「それなら亡命しよう」。俺は亡命した。魔国で働いた。金を稼いだ。出世した。家を建てた。妻ができた。人類国家は衰退した。

浅見朝志

金儲けはダメ?

第1話 ダークヒーラー

ガンガンガン、と。

殴りつけるようにドアがノックされた。

重たい雲が空を覆う、とある午後のことだった。



「──こんな一等地に医院を構えているとは、ずいぶんと金回りが良かったみたいだな、 "ダークヒーラー" 」



俺がドアを開けた先にいたのは、軍服を着た見知らぬ男だった。

後ろにはライフルを肩に下げた二人の兵士を従わせている。



「おまえがダークヒーラーの "キウイ・アラヤ" で間違いないな?」


「ええ。私がキウイですが」



俺が頷くと、



「受け取れ」



軍人は何かを強く俺の胸に押し付けてくる。

それは赤い封書……

王国軍からの "召集令状" だった。



「戦時下のいま、王国民としての義務を果たす時がきたのだ」



俺たちが暮らす人類国家の "ルエ・ヒュマーニ王国" は一カ月前、北方の隣国である魔族国家の "魔国オゥグロン" と開戦した。


新聞の情報によると、われらが王国の目的は魔国が侵攻中である西方エルフ国家を助けることにあるらしい。

いまの戦況は王国の大優勢のはずだ。

それなのに、



「……なぜ民間人の私が、こんな突然に召集をされるのです?」



軍への召集、それが意味するのは戦争への参加である。

しかし、戦況がひっ迫していないのであれば、民間人を使う理由などないはずだ。

いぶかしげに聞く俺に、その軍人はひとつ鼻を鳴らすと、



「弾避けの壁にされるためではないことは確かだな。それなら私が自らここに来る意味もない」



軍人は自らの胸の辺りを引っ張って佐官バッジを強調する。

それが示す階級は中佐……かなり高い地位に就いているらしい。



「それと、おまえには同時に "異端者" としての容疑がかかっている」


「異端者?」



中佐は腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、その銃口で俺の胸を軽く突いた。



「おまえは黙っていればいい。今からこの建物をあらためる。妙な動きをするなよ」



中佐の合図とともに、二人の兵士たちが入り口から俺を押しのける。

その後に続いて建物内へと入った中佐は辺りを見渡すと、顔をしかめた。



「まったく。よくもこれまでこんな仕事を続けていられたものだな、 "モンスター専門医院" だなんて」



俺の職業は、魔族やモンスターなどを癒すダークヒーラーだ。

その腕を活かし、この場所で医院を運営し始めて10年になる。

王国で少なからず存在する、限りなく害の少ないモンスターたちをペットにして飼う国民たちを相手とした診療ビジネスで生計を立てていた。



「人類の敵を飼おうとするヤツも分からんが、それを治す仕事をなりわいにするヤツはもっと分からんね。おまえはそんなにモンスターが好きか?」


「別に、取り立てては」


「ではいったいなぜ、ダークヒーラーなんかになった?」


「金になるからですよ」



医院の待合室を見渡す中佐へと、俺は即答する。



「 "魔力" を持つ魔族などの生物だけがなれるダークヒーラーは、多くの王国民から敬遠される職業です。ですが、モンスターを飼育する一部の国民には確実に必要とされている職業です。競争相手が少ないマイナー分野だからこそ、私がトップに立てる」


「フン……金儲けの手段か。だとしても道を誤ったな」



中佐は俺から視線を切ると、医院の外の方を見やる。



「『非国民!』『即刻コノ地ヲ立チ去レ!』『死ね売国奴』……壁一面にずいぶんと熱烈な寄せ書きをされているようじゃないか」


「戦時下になってからは、おかげさまで」


「人に嫌われてまで金が欲しいか?」


「どのみち人からは嫌われます。元より私は人の身でありながら "魔力" を持っていますから。それなら稼げるだけ稼いだ方がマシでしょう」


「……まれに生まれる "魔力持ち" の人間には変人が多いとは聞くが、おまえも大概のようだな」



中佐は今にも唾を吐き捨てそうな渋い顔をする。

それから待合室の奥にあるドアを見止めると、



「ここは?」


「ただの診察室ですよ。それよりも、医院内に踏み入ってまで、いったい何を探しているのです?」



中佐は俺の問いには答えず、診察室のドアを開く。

室内を見たその目が丸く開かれた。

別に、特別怪しいものなんて何もないはずだが。



「……敵性生物モンスターめ」



次の瞬間、破裂音が鳴り響いた。

中佐が、診察室の中へと向けて三度発砲していた。



「なっ……なにをっ!?」



俺が慌てて診察室の中をのぞく。

目の前の光景、それは "惨劇" そのものだった。


診察室の中心、診察台の上に載せていた俺の "患者" は、緑の血を壁と床に派手に飛び散らせてグッタリとしていた。



「やはりモンスターをかくまっていたな」



中佐は拳銃を構えたまま、患者──モンスターへと近づいた。


いつもはワシャワシャと元気に動く、胴体から直接生えた五本の脚はけいれんするかのように細かく震えている。その小さな頭部の一面についているいくつもの複眼からは光が失われかけている。

誰がどう見ても、モンスターは瀕死の重傷だった。



「キウイ・アラヤ、おまえを異端者と認定する。この医院は今日限りで閉院だ」


「ここはモンスター専門医院ですよっ? モンスターがいて何が悪いというのですっ!」


「黙っていろ」



中佐に迫ろうとして、しかし二人の兵士が肩から下げていたライフルを俺へと向けた。

俺は足を止めるほかない。

中佐は小さくため息を吐くと、



「戦争状態のいま、王国では "魔族・モンスターの秘匿ひとく禁止" という法令が出ている。おまえはそれに逆らったのだ」



秘匿禁止の法令だと?

いや、そんなハズはない。

俺だって毎日新聞は読んでいるが、そんな新しい法令が出たなんて情報は今までなかった。



「まあ、つい今朝に発令されたばかりだがな」


「そんなっ……!」



そんなの、知るはずもなくて当然だ。

そんなことはこの中佐だってよく分かっているハズ……



……そうか、そういうことか。



つまりこれは全部、何か裏があるということ。

唐突に召集令状が来たのも、異端者として医院を閉鎖に追い込まれようとしているのも、全部。

俺は今まさに、俺の知らない誰かの筋書きの上で踊らされているのだ。



「……」



その筋書きを作ったのはこの中佐か?

いいや、違う。

俺に対する "召集令状" まで出されており、法令すらも出されている状況から考えて、おそらくはもっと大きな規模……

王国軍を巻き込んでのものだろう。



……これはさすがに、俺がどうこうできるような問題じゃなさそうだ。でも、



「邪魔なんだが、それをどけてくれないか」



俺は、俺に突きつけられていた二人の兵士たちのライフルの先端を手でどけると、近くの椅子に掛けてあった白衣を着ながら、診察台へと近づいた。



「オイ、妙な動きはするんじゃないと──」


「妙な動き? いいえ、ただの通常業務ですよ」



中佐にも拳銃を突きつけられるが、無視。

こいつらに俺は撃てない。



……この筋書きが中佐個人のものでない以上、よっぽどのことではない限り、中佐の独断で俺を殺すことは許されていないはずだから。



俺は診察台をのぞき込み、ピクリとも動かなくなったモンスターを観察する。

三発の銃弾のうち二つは体を貫通している。

あと一つが見当たらない。

この傷の位置、内臓か骨に引っかかったか。



「だいたい把握した」



俺は手のひらをモンスターへと押し当てた。



「もう少し、がんばりたまえよ」



俺は勢いよく魔力を込める。



── "ダークヒール" 。



タオルに水が染み込むように、魔力がモンスターの体内へと広がっていく。



……体内の損傷状況の把握、完了。



傷ついた内臓を魔力の糸により縫合、同時並行で体内の無機物を検知して、体外へと押し出した。それから免疫機能を刺激し活性化させると、最後にモンスターの自己治癒能力を促進させ傷口の再生をする。


そして三分強で、施術完了。

外傷は完全にふさがった。



「……逃げたまえ」



ヒソリと、俺はつぶやいた。

するとモンスターは突然その脚をワシャワシャと激しく動かし始めかと思うと、診察台から飛び降りて、開けっ放しのドアの向こうへと走り出した。



「なっ……!?」



中佐を始め二人の兵士たちも、呆気に取られたように動けないでいるようだ。



「走っただと……!? 瀕死の状態から、たったの数分で治し切ったのか……!?」



中佐はあぜんと口を開いていたが、俺の視線に気が付くとハッと我に返ったように口を閉じた。



「モンスターを逃すなんて……法令のことは伝えたはずだぞ、キウイ・アラヤ。おまえはいま自分が何をしたのかわかっているんだろうな……?」


「何をしたか? ただの仕事ですが、それがなにか?」



王国軍の筋書きには従わざるを得ないだろう。

でも、俺はダークヒーラー。

患者を治し生かすことが仕事だ。

せめてもの反抗として、それだけはやり通させてもらった。



……さて。



俺は中佐へ向けて手を突き出す。



「 "百二十万マニー" きっかりです」


「……は?」


「そちらの過失を起因とする、予定外の緊急施術の代金ですよ。今すぐに現金キャッシュで全額お支払いいただきたい」

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