第2話 それなら亡命しよう

唐突に、ゴッ! と。

俺の頬骨から鈍い音が響いた。

思わず尻もちをついてしまう。



「調子に乗るなよっ、キウイ・アラヤッ!」



見上げた俺の視線の先、顔を真っ赤に染めた中佐が腕を振り抜いている姿があった。

どうやら俺は殴られたらしい。

口の中で血の味がする。



「異端者が、この期に及んで金の話とは……虫唾むしずが走る。どうやらおまえはまだ、自分の立場がよくわかっていないらしいな」



汚れものでも触ったかのように、中佐はズボンで俺を殴った拳をぬぐう。



「今のおまえは異端者認定を受け、あらゆる自由が認められていない。自らの医院を持っての金儲けどころか、自分の意思で働く自由すらもない。われわれがその気になれば、おまえを異端審問にかけて極刑にすることさえできる」


「……極刑」


「火あぶりによる公開処刑だ。もちろん生きたままな。歴史をかえりみると、どうやら魔女裁判が流行っていた中世以来、二百年ぶりの執行らしい。見物客が大勢集まるだろうよ」


「そんな娯楽提供はごめんですね。そうなりたくなかったら、私にどうしろというんです?」


「おまえはこれから、召集に応じてわれわれ王国軍の管轄下に置かれる。そこで役割を全うしてもらう」


「役割?」


「おまえにはこれからとある町におもむき、そこで魔族の治療をするんだ」


「敵である魔族の治療……それは、まさか」



俺の頭の中に駆け巡った最悪の想像、それをのぞき見たかのように中佐はニヤリと頬を吊り上げた。



「われわれ王国軍情報部は、捕虜となった数人の魔族に対して "拷問" による情報収集をおこなっている。おまえにはその補佐をしてもらう」



中佐は腕を組み、得意げな笑みを浮かべる。



「ダークヒーラーであるおまえの癒しの力があれば、より苛烈な拷問を、低リスクで、しかも何度でもやり直すことが可能だ。情報収集が捗るというものだろう」


「……魔族よりも、あなたたちの方が悪魔に思えますね」


「われわれが悪魔だと? バカなことを言うな。正義はわれわれ人類にある。全ては平和な人類の未来のためなのだから」



ツカツカと、中佐は尻もちをついたままの俺の横へと来る。

乱暴に髪を掴まれ、持ち上げられる。



「さて、そろそろ選べよダークヒーラー。おまえは人類のために働いて生きるか? それとも魔族の味方をして火あぶりにされる道を選ぶか?」


「……わかりました」



俺はしぶしぶ、うなずくことにした。



「王国軍情報部の召集命令に従いましょう」


「それがかしこい判断だ。召集を拒否して逃げたところで、おまえはすでに異端者。教会も誰もかくまってはくれない。この王国に、おまえの居場所はもうないのだから」


「一つお聞きしたいのですが、この医院は今後……」


「先ほども言ったろう。閉院だ。もうおまえがここに帰ってくることはない。戦争が終わった後もな」



中佐は俺の髪を、投げるように放すと、



「二度とわれらの王国で、ダークヒーラーのおまえが金儲けをできるとは思わないことだ。もしまたその力を使おうものなら、そのときこそ本当に異端審問にかけてやる」



中佐は苛立ったように軍服の懐を探ると、取り出したタバコにマッチで火をつけた。

それから、ズボンのポケットから懐中時計を取り出す。



「さあ、さっさと支度を始めろ。十分後にここを発つぞ」



煙を吐き出しながら、待合室へと戻っていく。

二人の兵士もその後に続いて診察室を出ていった。



「……はぁ」



しぶしぶ立ち上がり、殴られた頬を押さえる。

人間の、自分の傷を治せないのはダークヒーラーの辛いところだ。



「それにしても『二度と金儲けをできるとは思うな』、とはな……」



やりたくもない拷問の手伝いをさせられて、戦争が終わったあとは自分の医院に戻れもせず、ダークヒーラーとして金儲けすることもできない。

なんというヒドい扱いか。



「よし、王国を捨ててしまおう」



その決断に至るのはすぐだった。

なにせ、金儲けをやめろだなんて、呼吸をするなと言うくらい俺にとっては無茶なことだから。



……しかし、国を捨てるとは簡単なことじゃないんだよな。



仮に無事に国境を越えられたとして、今は戦時下だ。

難民になったところで誰も支援はしてくれないのではないか。

せめて、どこか俺に味方してくれるような陣営に狙って行けるなら……



……あっ。



「それなら亡命しよう」



あるじゃないか、俺に味方してくれる可能性のある陣営が。

現在王国と敵対関係にある国、"魔国"。

王国の敵である魔国なら、俺にとっての味方になり得る。



「しかも、これから行く先には都合よく魔族の捕虜がいるそうじゃないか。上手いこと捕虜を解放できれば、それが魔国とのコネクションのキッカケになるのでは……!?」



なんならむしろ、自分を魔国に売り込む最高のチャンスですらある!

チャリンチャリンチャリン。

頭の中で硬貨の跳ねる音がする。



……よしよし、少し希望の光が見えてきた!



そうと決まればレッツ亡命準備!

王国で金儲けができないのなら "魔国" ですればいいじゃあないか!





==================


ここまでお読みいただきありがとうございます。

これから毎日更新していきます。

少しでも楽しいと思ってくださいましたら、ぜひ作品フォローをよろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年10月1日 07:02 毎日 07:02

異端のダークヒーラーが金儲けできると思うなよって?「それなら亡命しよう」。俺は亡命した。魔国で働いた。金を稼いだ。出世した。家を建てた。妻ができた。人類国家は衰退した。 浅見朝志 @super-yasai-jin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ