第14話 魔王への謁見

悪性腫瘍の発生原因には諸説あるが、特定細胞の持つ遺伝子情報の "バグ" により本来は有限回数なはずの細胞分裂が無限に行われることにある、という説が王国ヒーラー会での有力説である。



……悪性腫瘍の治療は、昔は外科手術による切除が一般的だったようだが今は違う。 "非外科的施術" の発展がすさまじいためだ。



ダークヒーラーの魔力 (ヒーラーの場合は聖力)で"バグ細胞" を発見後、正常な遺伝子情報に更新する施術が確立されている。

すでに腫瘍となってしまった患部は "移植ヒール技術" を応用してゼリー状にしたあと、患部周辺の細胞や血管へと吸収させてやればいい。



「私の医院でも何度もやった施術だ……だが、現状ではこの子の根治は難しいな」



ミョルの身体構造は特殊だ。

合成生物だからだろう。

これまで俺が経験しているモンスターへの施術テンプレが使用不可だ。



「やっぱり、ミョルを助けてあげられないのかな……」



アミルタは目を伏せ、か細い声で言った。



「この子ね、パパもママもいないの。見つからなかったの。でもね、この中庭の真ん中で、わたしの初めてのお友達になってくれたの」


「……」


「ミョルはそれにね、わたしのさみしい気持ちをね、たくさん助けてくれたの。だからわたしもこの子を助けてあげられたらいいな、って思ったの。でもね、パパがたくさんのダークヒーラーさんを探してくれたけど、ダメだったの」


「ふむふむ」


「この国のダークヒーラーさんたちは、ヴァンパイアやワーウルフの種族ごとの専門家だから、ミョルみたいなめずらしい子のダークヒールはできないんだって」


「ほほう、実に興味深い。こういう構造か!」


「……あれ? ねぇキウイさん。わたしの話聞いてる?」


「ん? なんだね? いま集中しているんだ、少し静かにしていてくれたまえ」


「えぇっ!? 聞いてくれてなかったのっ!?」



アミルタは頬をふくらませて地団駄じだんだを踏んだ。

子どもっぽい……

いや、実際に子どもなんだから普通か。



「もぉー! わたし、ずっとしゃべってたのに! 聞いてよぉっ!」


「ああ? うん、いや、すまないね。ミョルくんの治療に没頭してしまって、つい」



俺はミョルのモフモフした体を膝の上から持ち上げると、アミルタへと返す。



「今の段階では転移や再発生を防ぐところまでは難しいが、いったん腫瘍を無くす処置まではできた。十分ほど待てば腫れが別細胞へと吸収されて引いていく」


「えっ? どういうこと?」


「難しかったか……簡単に言い直すと、『手術は不要になった』ということだ」


「……えっ?」


「また診せてくれたまえ。時間をかけてミョルくんに適した施術方法を確立すれば "根治" も可能だろう」



それとほとんど同時だった。

客間へと、どこからともなく声が響く。



『──キウイ・アラヤ殿、魔王陛下への謁見えっけんの準備が整いました。通路をお進みください』



周囲を芝と花々に囲まれた中庭の地面から、あやしい赤色に光る大理石の細い通路が浮き上がった。

まっすぐにその通路が延びた先には、まがまがしい両開きの黒い扉が出現している。



「それでは私はこれから用事があるので、またどこかで」


「あっ、えっ、あぇっ……えぇっ!?」



その大きく丸い目をパチクリとさせるアミルタを置いて、俺は通路を歩み始める。

何かもう少し声掛けをしてあげたいところだが、申し訳ない、俺の方もここからが正念場なのでね。



「さて、自らの利用価値を証明せねば……!」



俺は扉を開け、中へと入った。

一瞬にして、景色が変わる。

そこは黒曜石のようにんだ黒色の石材で作られた、扇形おうぎがたをした玉座の間だった。

後ろを振り返る。

そこには扉があるだけで、あの中庭はどこにもない。



「よくぞ参られました、キウイ・アラヤ殿」



その声を発したのはこの部屋の頂点の位置、一段床の高くなった舞台に置かれた玉座の横でスラリと立っている美女の悪魔。

美女は金色の目を俺に向け、そして高らかに言葉を続ける。



「こちらにおわします方こそ、魔国オゥグロンの支配者、 "ルマク・オゥグロン魔王陛下" です」


「ははぁっ!」



ズザザッ! と。

俺はもちろんいっさいの躊躇ちゅうちょなく膝を着き、地面に伏せるがごとく玉座に向けて首を垂れた。

敵意なんてものは最初から全く持ち合わせていないが、人間としての尊厳だろうがなんだろうが全てを投げ出す勢いだ。



……無事に亡命者認定を受けるためなら、なんだってしてやるとも!



おもてを上げよ」



空間へと染み入るような男の声が耳を打つ。

俺は心の中で二秒ほど数えてから顔を上げた。



「よくぞ参られた、アラヤ殿。我こそがルマク・オゥグロンである」



それは俺とそれほど等身の変わらない、一見して普通の人間の男だった。

立派な仕立ての衣服を身にまとい、鮮やかな赤の肩掛けマントを斜め掛けにしている。

人間の貴族と遜色そんしょくない。

しかしやはり魔族なだけあって、瞳の色や瞳孔どうこうの形は違う。



「そうかしこまるな、アラヤ殿。気楽に話そうではないか」



その浅黒い肌の奥にのぞくコバルトブルーの色をした瞳が、冷たく光って俺を見つめていた。


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