第15話 亡命者認定

……魔王というのは、もっと屈強な大男だと思っていたのだがな。



一瞬そう思ったが、俺はハッとして気を引き締め直す。

見た目で判断するのはいけないと、数々のモンスター治療で得た知見を忘れてはならない。



「アラヤ殿、まずは礼を言わせてほしい。我らの大事な仲間──アギト、ギギ、そしてフォルテーたちの解放を率先しておこなっていただいたと聞いた。深い感謝を申し上げる」


「大変恐縮に存じます」


謙遜けんそんはよしたまえ。聞けば王国では稀有けうな、とても優秀なダークヒーラーであるそうじゃないか。貴殿の活躍あってこその解放劇だ。誇ってほしい」



俺は再び頭を下げてそれに応えた。

調子には乗らないとも。

静かに魔王の次の言葉を待った。



「……聞けば、貴殿は我がオゥグロンへの亡命を希望しているのだとか。相違ないか?」


「はい。その通りでございます」



俺はハッキリと答えた。

魔王はひじ掛けへとひじを突き、アゴに手をやって俺を眺める。



「オゥグロンは、王国と "諸々の勝手" がおおいに異なるが、問題ないか?」



諸々の勝手……

俺はその言葉の文脈を考える。



……これは自然環境や国民たちの性質など、そんな当たり前のことを指しているわけではないだろうな。



いまは戦時下だ。

敵国から亡命者を受け入れる、なんてことを完全なる善意でしてくれる国なんてないだろう。

つまり魔王が真に見定めたいのは、



『キウイ・アラヤは本当に王国の敵となれるのか』



ということだろう。

俺は口を開く。



「私はダークヒーラーであります。魔を癒す勝手は私がどこへいようとも異なることはありませんので、何も問題はございません。これからは私の全霊をもって魔王陛下に貢献したく存じます」


「ふむ」



魔王は微笑んでうなずいた。



……よしっ、グッドコミュニケーションだろう!



どうだ魔王よ、俺はなかなかに頭も回るだろう?

返答とともに、自分が魔国に味方すること、そしてダークヒーラーとして役に立てるであろうことを同時にアピールすることができたのだ。

どうか『なかなかにおもしろいやつだ! よし、採用!』という流れになってくれ!



「──魔王陛下っ、騙されてはなりませんのじゃぞっ!」



突如、しわがれた声が響く。

玉座の手前横に膝を着いて控えていたサル顔の老魔族が立ち上がって、杖を俺へと振りかざしていた。



「ヤツは結局のところは人間! どんな悪知恵を持ってここへ来ているかは分かりませぬ! 即刻処刑してしまうべきですじゃ!」


「確かに、スパイの可能性があるぞ」



その隣に控える、黒い全身鎧に身を包み、首を脇に抱えているデュラハンも言った。



「まず、現時点での亡命のメリットが思い浮かばない。王国は我らオゥグロンの最南端の町、エルデンを制圧し、戦況は自分たちに有利と考えているはずだろう。普通なら勝ち馬に乗りたいと考えるハズでは?」



他の魔族たちは声こそ発さなかったが、それに異論を挟みたがるような者もいない。

唯一、



「魔王陛下、よろしいでしょうか」



そう発言したのは、アギトだった。

どうやらその魔族らと同じ列で、静かに控えていたらしい。



「アギトか、よい。申してみよ」


「感謝いたします」



アギトが俺の方をチラリと一瞥いちべつし、それから魔王へと視線を向けた。



「この議論については "先ほどまで" おこなっていた通り、結論の出ないものです。スパイである証拠がない以上、キウイ・アラヤの本意を聞いて処遇を決定すべき、と決まったはずではないでしょうか」



……なるほど。どうやら俺が謁見えっけんする前、すでに魔王様と幹部たちで俺の処遇は話し合われていたというわけか。



その中でアギトは俺を擁護ようごしてくれていたようだ。

大変にありがたい。



「魔王陛下、ワシは納得してませんじゃぞっ!」



サル顔老魔族はなおも叫び続ける。



「何かが起こってからでは遅いのですじゃ! 懸念材料は即刻焼き尽くして灰にすべきですじゃ~!」



ボワッと。

その口から一瞬火炎が噴き出した。

しかし、



「──少し黙れ、ヒヒじぃ



わずらわしさにいきどおる、低い声が玉座の間に響く。



「むぐっ!?」



すると、とたんにチャックでも締められたかのようにサル顔老魔族の口が閉じた。

見れば魔王が玉座に座りながらも、紫色の魔力を人差し指で操って何かをしているようだった。

おそらく何かの魔術を使用したのだろう。

それから、俺に対して肩をすくめてくる。



「身内が失礼を働いてすまない、アラヤ殿」


「いえ、当然の疑念かと」


「恩義がある以上、もちろん私に貴殿を害するつもりは微塵もない。そしてアラヤ殿の本意も聞いた。そこに偽りはないのではと私は思う。だが、それを聞いてなお幹部たちの反発は少なくない。さて、どうしたものかな……」



魔王が悩むようにアゴに手をやった、そのときだった。

ギィッ! と。

俺の背後にある扉を勢いよく開く。

そして、




「──パパァ~~~ッ!」




舌足らずな女児の声が玉座の間に響いた。

それとともに室内へと入ってきたのは、先ほどまで中庭で俺と話していた女の子、アミルタだった。



……おいおい、何をやっているのだアミルタっ!? こんな厳粛げんしゅくな場でっ!



なんて思っていると、アミルタはあろうことか玉座に向かって、



「みてみてぇっ! ミョルが治ったのっ!!!」


〔 みょ~~~ 〕


「あのねぇっ、"キウイせんせー" が治してくれたんだよぉっ!」



両手でミョルを掲げてそう叫んだ。

玉座の間は凍り付いている。

俺はどう助け舟を出したものかと、思考を高速で巡らせていたのだが……

……しかし、



「えぇ~っ!? そうなんだぁっ!? パパ驚いちゃったよぉ~~~!?」



そう上ずった猫なで声で応じたのは、他でもない "その男" 。

先ほどまでの厳格さも冷たく光る瞳もすべてなげうって、だらしなく鼻の下を伸ばした魔王ルマク・オゥグロンだった。

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