第16話 魔王の娘

「ちょっ……アミルタ様っ? 今、魔王陛下はご公務の最中でして……!」



慌てたようにアミルタに駆け寄って手を伸ばした美女の側近悪魔の、その手の中をニュルンッ! と。石けんでも滑らすかのようにすり抜けて、アミルタは魔王の元へ飛び込む。



「パパァッ!」


「んアミルタちゃんっ!!!」



その頭からの突撃を、魔王は玉座から立ち上がるとガバリと受け止める。



……おいおい、アミルタの言っていた "パパ" って、魔王のことなのか?



魔王城の関係者の誰かの身内だとは思っていたが……

まさか魔王自身の娘だったとは。

あんなに自由にさせていて大丈夫なのか、ものすごく気になるのだが。



「んむぅ~、アミルタちゃん、お外でのお遊びに飽きちゃったのかなぁ?」



魔王はアミルタの柔らかなほっぺにキスをしつつ問う。

先ほどまでの理知的で厳格さのある姿の魔王陛下の姿はそこにはない。

そこにいるのはただの娘に激甘な父親ルマク・オゥグロンだった。



「みてみてぇっ! ミョルの悪いトコがね、治ったのっ!」


「そうなんだねぇ、ミョルの悪いトコが治っ──んんっ!?」



魔王ルマクは食い入るようにミョルの腹部を見た。

そこからは、つい十分前にあったはずの腫瘍はキレイに消えている。



……よしよし、どうやらちゃんと治ったらしいな。



もちろん、不安はなかった。

俺の施術は完璧に済んでいたのだから当然の結果だ。

しかし、やはりこうして治っている患部を見ると安心するというもの。



「あっ、キウイせんせーだぁっ!」



アミルタが俺のことを指さしてくる。

いつの間にか "せんせー" と呼ばれているようだったが……まあ、そのままでもいいか。

医院を経営していたときもそう呼ばれていたし。



「あのねぇパパッ、あのキウイせんせーがミョルを治してくれたんだよっ」


「アラヤ殿が……そうか、客間のある中庭で会ったのだな?」



ルマクはアミルタを自分の方へと抱き寄せつつ、俺に対して軽く頭を下げてくる。



「うちの娘とミョルがすいぶんと世話になったようで、申し訳ない」


「いえ、まったく。むしろミョルくんを診させていただきとても貴重な経験になりました」



社交辞令のようだが、これは本心だ。

新しいモンスターと触れ合うことで蓄積されたノウハウは、今後の俺の人生において永久的な財産となるのだから。



「それにしても、よくミョルの腫瘍を治せたな……名うてのダークヒーラーたちでも成し得なかったことなのだが」


「実は王都でモンスター専門医院を経営しておりましたので、モンスターの扱いには慣れているのですよ」


「ほほうっ、モンスター専門だとっ? なんとめずらしい」


「そう……なのですか?」



そこに驚くのは意外だった。

ここは魔国なのだから、ペット用の医院なんかは王国よりもよっぽど充実しているのではと思っていたくらいなのだが。



「魔国ではそもそもモンスターを手元に置くような魔族がほとんどいないからな。いたとしてもそれは畜産農家か、あるいは裕福な上級魔族くらいだ。そういった魔族たちはお抱えのダークヒーラーがいるから、その者たちに診察させている」


「なるほど……」



確かに、王国でも普通のペット専門医院が生まれた歴史はまだ浅い。

モンスター専門医院にしても俺以外の話は聞いたことがなかった。

であれば……俺が相当珍しい例と言われても納得はできる。



「とにかく非常に助かったぞ、アラヤ殿……そして、ミョルのことを治してくれたことで、貴殿がとても優秀なダークヒーラーであることはよくわかった」



魔王はそう言うとバサリ。

斜め掛けしていたマントをたなびかせまっすぐに立ち、幹部たちを見渡すと、



「聞け。この者──キウイ・アラヤ殿は魔国に並みいるダークヒーラーたちに成し得なかったことを成し遂げた、実績あるダークヒーラーだ。私は、この者を亡命者として我が国に受け入れることがこの上ない国益につながると信じる」



そう言って、それから先ほど "ヒヒ爺" と呼ばれていたサル顔老魔族を見る。



「確かに優秀であることが、アラヤ殿がスパイでないという証拠にはなるまい。しかし、それが水掛け論になることは先ほどアギトの述べた通りである。であれば、われわれがすべきは、アラヤ殿に恩義を返しつつ国益にもなる……そういった選択であろう。どうだ?」


「……御意に」



ヒヒ爺は、魔王に対して深く首を垂れる。

他の幹部たちもそれにならった。



「それでは魔王ルマク・オゥグロンの名において、ここに正式に宣言する。キウイ・アラヤ殿を魔国オゥグロンへの亡命者として認定するっ!」



魔王の宣言に、俺もまた深く頭を下げた。



「ありがとうございます、魔王陛下」


「うむ、よい。おもてを上げるのだ。今日からアラヤ殿は種族は違えど、われわれの同志である」



俺は頭を上げた。

すると魔王のひざ元……

パチリと。

俺に対してウインクをするアミルタが目に入る。



……まさかとは思うが、アミルタがこの場へと乱入したのは俺が受け入れられるのを手伝おうとして、だったのか?



「さて、アラヤ殿。これからの貴殿の住まいについてだが、いったん魔王城の客室を使ってもらいたい。後ですぐに、これからの生活においてアラヤ殿のサポートをする "使い魔" を送る。気になることがあればその者に何でも申しつけてほしい」


「……はっ! 感謝いたします」



俺は魔王に視線を戻し、頭を下げた。



「これから貴殿の具体的な扱いをどうするかについても、また幹部たちと話し合い決定しよう。力を借りたいときに何か仕事を任せるかもしれないが、問題ないかね?」


「もちろんでございます。魔王陛下よりいただいたご厚意に報いるためにも、実際の働きをもってして、他のみなさまから信頼をいただけるよう尽力いたします」


「よろしい。それでは今日のところは下がりたまえ」



案内役の魔族が「こちらへ」と俺を誘導してくれる。

俺はそれに従ってこの玉座の間に入ってきたのと同じ扉をくぐった。

最後にまた頭を下げようと振り返ると、ルマクは玉座で意味ありげな微笑みを浮かべ、その全てを見通すようなコバルトブルーの瞳で俺を見つめていた。





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ここまでお読みいただき、また応援や☆評価をいただきありがとうございます。

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次回エピソードは魔王サイドの視点で、キウイへの評価やキウイに付く "使い魔" についての話となります。


続きも楽しんでいただければ幸いです。

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