第53話 シェスティン・セイクリッド

エルデンの街に破壊音が響く。

それは、蹴り飛ばされた勇者アレスという名の砲弾が、猛スピードで衝突した先の建物を崩落させたことによるものだった。

そんな砲弾を蹴り出した張本人──シェスは、舞い上がる土煙から視線を切るとクルリと俺へと振り返って、錆びた聖剣を鞘へと収め、その場に片膝を着いて首を垂れる。



「エインヘリャル帝国が聖騎士であり帝国勇者シェスティン・セイクリッド、いま新たな命とともに御身の前に」



その長い銀色の髪を揺らして、シェスは生真面目そうな顔で俺を見上げた。



「このたびは……いえ度重ねてのわが身への手厚き恩寵おんちょう、深く感謝いたします、マスター」


「マ、マスター……?」


「失礼いたしました、ロードとお呼びした方が?」



シェスはそう言って首を傾げた。

こちらとしてはマスターとかロードとか、そんな仰々しい呼び方をされても戸惑ってしまうのだが。

そして、それ以前に、



「シェス……いや、真名はシェスティンというのだな?」


「は。どちらでも、ロード・キウイのお好きなように呼んでいただければと」


「わかった、それではシェス。私のこともキウイでいい。ロードでもマスターでもないただのキウイだ。それと、」



俺は咳ばらいを一つ。



「シェス、ところで君は " 魔国こちら側 " でいいのかね?」



それは俺の一番の懸念事項となっていたことだった。

シェスは元は聖騎士職の人間であることは確実だったし、さらには勇者であったとのことだ。



……エインヘリャル帝国といえば、確か二百年ほど前に滅びた人類国家の名だったはず。



であれば、 " 人類あちら側 " に寝返る可能性もある。

なんて思っていたのだが、



「私がわが命と尊厳の恩人へと刃を向けるとでも? あり得ません」



シェスは心外そうに目を細めて断言した。

どうやら、まったくの杞憂きゆうだったらしい。



「それならよかったよ。心強い」


「はい。大船に乗った気持ちで待っていてくださればと」



シェスは口元に静かな微笑みをたたえると、ゆっくりと立ち上がる。



「私がいる限り、決してキウイ様を死なせはしません、」



シェスは再び聖剣を引き抜いた。

そして、その直後にこちらへと襲いきた青い光の瞬き──飛ぶ斬撃を全て叩き消してみせる。



「わが騎士の誇りにかけて」



シェスがにらんだ先の土煙、その中から勇者アレスが空を翔けるような速さでこちらめがけて向かってきた。

そして、その手に持つ聖剣がシェスの振り上げた聖剣とかち合う。



「さっきから聞いていれば……闇に生きるおまえらが騎士だの誇りだのとっ! 笑わせてくれるっ!」


「わが騎士道は光や闇の下にあらず、忠誠を尽くすにふさわしき主君の下にあり」



俺の視認を遥かに超えた速度で攻防が繰り広げられていた。

まるで岩盤を削るドリルのようにギャリギャリと、およそ人の手が生み出すモノとは思えない剣戟けんげきの音が奏でられる。

そして、



「それにしても力任せの剣だな。今どきの勇者とはこの程度のものか?」



シェスの流麗な足さばき剣さばきが、巧みにアレスを翻弄し始める。

まずもって、アレスの剣がシェスの剣を捕らえる音が消えた。



「クソッ、ちょこまかとっ!」


「その聖力の量と力には目を見張るが……しかし、まるで型がなってない」



シェスが聖剣で円を描き、勇者アレスの外した突きを絡めとる。そしてその剣を空へと跳ね上げた。

そしてガラ空きになった胴体へとめがけて高速の剣技を叩き込む。



「グ、ハッ……!?」


「頑丈なヤツめ。だがしかし、おかげでこの剣の錆落としくらいには使えるな」



勇者アレスはまともに剣を受けたはずだが、鎧に赤錆の痕がつくだけで済んでいた。どうやら鎧にかかっている聖術が生身を守っているらしい。



「……クソがっ! この程度でいい気になるなよ……!」


「いい気にだと? ……哀れな勇者よ。この時代には剣技を磨き合う友がいないのだろうな。私はまるで棒きれを振り回している子供を相手にしている気分なのだ。とてもではないが、いい気になどなれそうにはない」


「……ナメやがってぇぇぇっ!」



勇者アレスが飛び掛かる。しかしその振る剣はどれも当たらない。

攻防は今では一方的にシェスの攻撃に傾いていた。だが、その錆びた剣ではアレスの守りは突破できないでいるようだ。



……うむ、これは俺のせいだな。自分の護衛としてゾンビたちを連れてくると決めていたわけなのだから、今の状況のような万が一に備えて手入れくらいしておくんだった。



「ハッ! いくら自慢の剣技があろうが、おまえの攻撃など恐くもない!」



やはり勇者もシェスのその弱点には気づいているようで、



「哀れなヤツめ! そんな錆び剣と恥ずべき鎧しか授けてくれぬ愚かな主君しか持てぬとは、ご自慢の剣技が泣くなぁっ!」



アレスはシェスを煽るように剣戟の合間にその口先を飛び込ませていく。



……うむ、とても耳が痛い。



生きて帰れたならばその剣は研いで、鎧はしっかり新しいものを買おう。

一億二千万ゴールドの使い道の一つがさっそく決まってしまったな。

なんて思っていると、



「愚かな主君、だと……?」



シェスの語気が、気配が変わる。



「キサマ今、わが主君を馬鹿にしたな……?」



それとともにメギャッ! という凄まじい音とともに地面を砕いて足を踏み出すと、力任せに聖剣を振るった。

それは勇者アレスの聖剣による防御に防がれたが、その体を大きく後方へと弾き飛ばして別の建物へと衝突させる。

シェスは追い打ちをかけようとして、しかしその場に倒れそうになった。



「……気を付けたまえよ、シェス」



俺は後ろから走り寄ると、シェスのその体を抱きかかえるようにして支えつつ、ダークヒール。

先ほどシェスの踏み出した足は潰れており、聖剣を振り抜いた腕はもげかけていたのだ。



「君は一度目の死をキッカケにして、その位相が善から悪へと転じているのだ。それゆえ、魔族と同レベルまで潜在能力が上昇している。しかしその肉体はあくまで人間のものだ……最大出力を出してしまえば、たやすく壊れるぞ」


「はっ。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。回復、感謝いたします」



シェスは再び自立して聖剣を構えた。

視線の先、勇者アレスが立ち上がる。



……しかし、勇者め。なんと頑丈なことか。



シェスの足蹴に、ガレキの下敷き、何度も剣を喰らったあげくに、今の全力の一撃を受けてもまだピンピンとしているとは。

だが、それでも。



「──どうやら、私たちの勝利条件に達したようだな」



俺の呟きとともに、雷鳴が鳴り響く。

その黒い空から邪悪の化身でも舞い降りてくるように、まがまがしい紅の魔力を伴って勇者と俺たちの間に着地したのは屈強な男。彼はその手にわし摑みにして持っていたソレらを勇者の足元へと投げやった。



「土産だ。キサマの部下たちのなれの果てよ」



転がったソレらは十を超える剣の残がい。おそらくは彼を足止めしていた勇者部隊の隊員たちのモノだろう。

目を見張るアレスへと、その屈強な男──魔国最強の一角、魔国幹部アギトは裂けたように大きな口を吊り上げて笑ってみせた。



「さあ、それでは続きをしようか、勇者よ」






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ここまでお読みいただきありがとうございます!

次のエピソードは「第54話 砕ける正義」です。

明日もよろしくお願いします!

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