第29話 準備と調整
ラナーの力を借りないといった手前、自分であのダンジョンを深層まで潜る必要がある。僕一人で潜るのであれば、それこそ入念に準備しないと厳しい。回復系のアイテムはもちろんの事、武器の手入れだって入念にして、魔力と体力管理は必要不可欠だろう。それに、魔力と体力を温存するのであれば、ダンジョン内でキャンプすることも考慮していかなければならない。
「できるだけ戦闘を回避するか、速攻で殺せるようにしないと駄目だな。ドラゴンとの長期戦は、こっちの心が持たない可能性が高い」
そう思った僕は、これまでできるだけ頼らないようにしてきた一本の大鎌を手に取る。普段使用しているのは、携帯性に優れた鎌を使用してきた。が、正直この鎌を使用しているのは、取り回しが簡単だし、万が一人と組んだ時に危険が少ないようにだ。
ただ、当然だけどリーチ面では短いし鎌が軽いから速度も出しにくい。一発の要撃だって弱いし、刃のリーチだって僕が求めているものよりは少ないのだ。
「この大鎌があれば、簡単に行けるかなぁ」
ちょっと不安だ。自分のレベル上げをしたら心が強くなるかというと、そんなことはなく。あのドラゴンが持っている固有能力に近い、支配者としての圧。この間討伐したドラゴンは持っていなかったが、もしも同じように圧をかけられていたら困ったものだ。
ドラゴン退治を、一筋縄ではいかないと断言する偉人たちが多い理由も頷ける。
「さて、大鎌の手入れをしないとだな」
しばらく使っていなかった大鎌は、誇りこそ被っていないが刃先は少し傷んでいる。放置していたのだが、あたりまえだな。少しだけ手入れをして、それと同時に魔物除けも必要になるか。
そんなことを考えつつ、僕は普段使用しない真っ黒の大鎌を担ぎ冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドに付くと、早速ラナーさんが声をかけてくれたが、今回は訓練場を借りる申請をしてもらった。訓練場は空いていればだれでも無料で使えるし、定期的に講習会なんかも行っている。参加したことはないが、様々な戦闘技術などを身に着けることができる、いい場所なんだそうだ。
今回僕が借りたのは、訓練場の中でも調整室と呼ばれる場所だ。ここは、宿の部屋三つ分程度の広さがあり、大きな武器を振り回しても安全なようになっている。主な使用用途は、僕の様に武器を取り換えた冒険者がその感覚を調整するためのものだ。
早速、息を吐いてから調整するために二、三度振り回してみて悟る。
「うん、だいぶなまってきてるな。この体」
普段使用している鎌より、この大鎌は1.5倍ほどのサイズがある。普段使用している鎌だって、一般的には大鎌に分類される。今回使用しているこの大鎌は、重量級の武器に相当するサイズであり、この大鎌の一撃は大剣のそれと変わらない威力を叩き出せる。
同時に、振り回すときに速度が出ないので訓練が必要だ。慣れて来ると、振った瞬間にバチンッ!と音を置き去りにして大鎌が敵に襲い掛かる。
「とはいえ、この大鎌が便利なところはそこだけじゃないんだよなぁ」
この大鎌、普通なら好んで使われることはない。だって、ダンジョンなんて道幅が広い所も狭い所も混在している場所だ。時折、大鎌を振るって戦うスペースがないこともある。それに備えて、僕は短刀を所持しているが、この大鎌ではそのデメリットをある程度は打ち消すことができる。
そう、この大鎌は魔力を込めることで、柄の長さを変えることができるのだ。手のひら二つ分程度だが、そのサイズ感は非常に重要だ。一瞬で間合いを切り替えるだけではなく、普通は振れない場所でも、大鎌を振れるのだから。
訓練こそ必要だが、この大鎌があれば個人的にはあまり負ける気はしない。
「ふぅ、今日はこんなものか」
「お疲れ様です、ルインさん。まさか、その大鎌が登場してくるとは思いませんでしたよ。今回の敵、結構強いんですね」
「そうですねぇ、一応存在を確認し行ったんですけど、ドラゴンの咆哮を数階層越しに効いて撤退してきたんです。実は」
「えっ!?」
そりゃあ、驚くよなぁ。実質敗北宣言みたいなものだし。
いや、逃げかえっているから雑魚には間違いないんだけどさ、僕が。でも、まだ死んでないし、戦う意志も残っているから安心してほしいなぁ。
「そ、それは大丈夫なんですか?」
「ちょ、近いですって」
急激に不安になったのか、ラナーさんは距離を詰めると耳元でつぶやく。もちろん、大丈夫な補償なんてないが、できる所までは頑張るしかないだろう。
僕だって冒険者だし、何よりも負けたままというのはいただけない。
「多分、大丈夫なんじゃないですかね?」
「なんですかそれ、超不安なんですけど」
「んー、実際に刃を交えてみないと何とも言えませんね。ただ、殺し合いになれば互いに殺しきるまで止まれない、そんな相手ではあると思います。なので、久しぶりにある程度全力で戦闘ができるように、こうして調整しているんですよ」
「それは安心しました、いきなりその大鎌を持っていたので気になってしまいまして。ちゃんと手入れもしてありますし、安心できますね」
手入れ?ああ、この大鎌の事か。
いや、この状態だとまだ手入れ不足なんだよなぁ。確かには先は煌めくし、切れ味も悪くないんだけど。もうちょっと先っぽまで気を使ってあげないと、可哀そうだ。
「いえいえ、実はこれから刃を研いでもらいに行くんですよ」
「え?この状態よりも?」
「ええ、今の僕なら更に研いである方が良いですね。速攻で切れるし、何より無駄に返り血や血肉を浴びなくて済みますから」
「そ、そうですか。あ、アハハ」
少しだけ物騒な話になったタイミングで、ラナーさんは同僚に呼ばれて帰って行ってしまった。僕も丁度集中力が切れたし、そもそも調整だって済んでいる。手続きを終えたら、早速行きつけの鍛冶屋で手入れだけしてもらった。
更に研がれることで露になった刃は強靭であり、一層の輝きをその身に纏った。その身は人間の闇を映し出したように黒く、あまたの光を吸収し、見るものすべてを引き込んだ。
漆黒のオーラをまとう死神の象徴が、月夜の光に照らされてランランと輝いた。
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