第14話 安心なんて要らない

冒険者に安心のひと時は必要か。

答え、必要不可欠である。なぜなら、精神とは常にすり減り続けるもので、その限界値は人間が想像しているよりも、数倍軽いものだからだ。

とはいえ、その限界値が訪れたからと言って何か大きな問題が発生するかといえば、そんなことはない。単純に、気力体力がなくなり判断が鈍り、心の中に何か大きな闇が巣くうだけ。


ただ、冒険者である以上その安息の地が常にあるかと言われると、圧倒的にNoだ。だから、どのような環境下でも一瞬で心を落ち着かせて冷静に対処できるような技術が必要だ。


「ギャアオオォォォォォォォォーーー!!!」

「はぁ、煩いぞ、トカゲ」


そう、炎をまき散らし、そのブレスでかつて20人の冒険者を焼き尽くし、今なおAランク上位の魔物として登録されているドラゴンと、道端で遭遇しても。


「ガガァァァァアアアアァァァァ!!」

「はぁ、だからっ!」


その攻撃を前に街道が破壊され、城壁が粉々になり、近くにいた町人が燃やされ、悲鳴を上げることもなく灰になる。目撃者どころか、その場に居合わせた人員すべてが死に絶えるか、逃げ惑う中戦うことになっても。


そんな状況でも、ため息一つで冷静になることが求められる。


そんな鬼畜、悪魔の所業、非人間、無感情な化け物。それが、冒険者だ。


「まったく、何ゆえに君は定期的に襲いに来るのかね?困るんだが?」


このドラゴン、定期的にこの王国の端に位置するこの村を襲いに来る。そのたびに、毎回僕が駆り出されるのがギルドの通例であり、実は僕がCランクで十分だなって思った理由でもある。まぁ、ギルドの制度的にBランクになると自由も何もないことを理解しているのも、大きな要因だけど。


「グギャッギャオオォォォォォォォォ!!!」

「威勢がいいのが、ドラゴンだよなぁ。報酬ないんだけど」


ドラゴンのブレスを大鎌で消し、襲い掛かる爪を爆音を立てながら回避、または受け流していく。地面に衝突した瞬間に、周囲を陥没させて地面を舞う小石が僕の体を容赦なく傷つける。これだから、巨体持ちはずるい。ちょっとした攻撃でも、その余波でダメージを与えることができるのだから。砂埃もすごいし、正直目が痛い。


「だからと言って負ける気もないけど」


ドラゴンブレスを溜めるタイミングに合わせて、その首元に飛び込んだ。一瞬だけドラゴンがその目を見開くような姿を見せたが、関係ない。むしろ、この動作を予見していない方が悪い。


「よっっ!」


勢いよくのど元に飛び込んで、喉を切り裂。竜燐を切り裂き、その皮膚の下にある分厚い筋肉を切り裂く。できれば、頭に続く大きな血管ごと切り飛ばしたかったけど、血が噴き出る程度しか切れなかった。

もう少しできればよかったんだけど、こればかりは仕方ないね。ただ、そんな状況でもドラゴンは悲鳴を上げることなく、真下に向けてブレスを放とうとしていた。


「それはまずいねぇ~」


バゴンッ!

大きな音を立てながら、今にもブレスを放とうとしている口元を大鎌の腹で殴る。開き始めたその顎をしたから殴ったため、ブレスは放たれることなく口の中で暴発した。


「ギャァァァァォォォォォォォォ!!」

「悲鳴はどの魔物も一緒だよね」


暴発したブレスが、ドラゴン自身を傷つける。人を焼き、森を焼き、街を焼き尽くし、時には一国すら滅ぼしかねないドラゴンのブレスだ。そのブレスを、受けて無事ってことはないだろう。


「よし」


プスプスと音を立てつつ、爛れた皮膚が明らかになっていく。内側から焼き尽くされたドラゴンの頭は、内側から皮膚が飛び出し自慢のうろこも大半が吹き飛んでいた。先に喉元を掻き切っていたことも影響したのだろう、血は噴き出ることはないが、ドバドバと地面に焼けたにおいと共に落ちていく。


「今回は、確実に殺せそうだね」


その雄々しい角も、牙も、一撃で人を殺し城壁を破壊できる爪も。何もかも、死んでしまえば意味がない。普段はドラゴンなんてであっても逃がすけど、今回は確殺できてよかった。

まぁ、この一件を報告したら確実にランクアップなので、死んだ軍隊の功績にでもしておこう。死体を放置しておけばいいでしょ。


「今回の依頼には関係ないしね」


今回、僕はダンジョンを離れて国の端にある辺境に来ていた。冒険者はダンジョンに潜る以外にも、様々な依頼を受注して生活している。今回は、その依頼でダンジョンではなく、実際の町に向かうわけだ。普段は王都で生活しているが、今回は辺境にある、スレインという町に移動していた。


「はぁ、本当に馬車で移動してなくてよかったわ。馬車だと、いったん負けたふりして、その後討伐しに向かうという二度手間だったからなぁ」


ドラゴン殺しなんて、そんな異名が付いたら平穏も何もない。いや、ラナーとかなら殺し方を見て僕だと判断できるんだろうけどね。でも、なにも証拠がないから大丈夫。

ひとまず、ドラゴンの死骸の近くにいくつかの死体を移動させる。そして、あたかも殺したかのように剣を突き立て、その周囲の地面をいたずらに切り裂いておいた。これで、カモフラージュは完璧だろう。


「よし、今日も依頼を頑張ろうか」


偽装を終えると、僕はスレインの町に向かって歩き始めた。今日は依頼を受けて、内容だけでも把握しておきたい。

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