第13話 動かない人

「今日限りで僕は護衛の仕事を辞めさせてもらうね」

「「「え?」」」


ダンジョンから帰り、報告を終えた僕は彼女たちにそう切り出した。正直、炎熊との一件を見て、僕は彼女たちを見る必要性を感じない。これ以上は、時間の無駄になるだけだと、そう判断した。


「り、理由は何でしょうか?」

「人として、どこまでも正しいからかな」

「人として、正しいのにダメなの?」

「うん」

「ちょっとよく意味が分かりませんわ」


既にラナーはどこかに消えて行ってしまった。多分、この展開を知っていたし、僕がここで何を言うのかも察していたんだろう。聞く必要もなければ、価値もないってことだ。

ただ、この場に残っていないということは、少なくとも彼女は明日以降も護衛の仕事を僕の代わりに熟してくれるらしい。なんだ、気に入ったのか?


「簡単だよ、君たちは冒険しなかった。冒険者でありながら、冒険をしない人を護衛する必要はないでしょ?僕は、何も貴族や一般人の散歩の護衛をしているんじゃないんだ」

「冒険って………まさか、あの炎熊に挑戦しろっていうんですか!」

「え?うん」

「「「「…………」」」」


セラ様の質問に、僕は抑揚のない声で返事をした。案の定、彼女たちは黙りこくってしまった。批判は許さないという僕の圧を前に黙っているのか、それとも何か別の感情があるのか。

それは終ぞ理解できなかったけど、彼女たちは再び僕の前で吠えることをしなかった。


「じゃ、そういうことだから。冒険者なら、自分の殻を自分で破るための一歩を、自分の意志と決断で踏み出して見せろよ」


なんだかちょっとだけ、空気の悪くなった冒険者ギルドを退出する。ガラッギィィと嫌な音を立てる戸を開け、再びダンジョンめがけて歩き出した。

今日は、なんだか戦い足りない気がする。消化不良すぎて、気持ちが悪い。殺したいくらいに嫌だ。


「ルイン君っっ!」

「マリーさん」


そんな僕に、後ろから抱き着くように止めてくれたのはマリーさんだ。昔っから、面倒見が良くて、僕のことを何かと気にかけてくれるいい人だ。

ただ、今はその優しさが煩わしい。僕は別に傷ついたわけではなく、期待を裏切られたわけでもないのに。なんだか、その優しさを受け取っている自分がとても嫌だった。


「あのさ、ルイン君」

「なんですか?」

「ルイン君の期待に、彼女たちが答えられなかったわけじゃないことは、わかってる。君は、初めから誰にも期待してないからね。だから、別にそこの心配はしてないの」

「はぁ」


なんだろう、容量を得ないな。僕は早くダンジョンに行って、このどす黒い鬱憤のような何かを、全部捨て去りたいんだけど。


「あれは、彼女たちを通して、君自身に帰ってきてる言葉じゃないのかな?」

「それは、………もちろんそうですよ」


当たり前だ、僕だって安定を求めて、目立ちたくないという思いを込めてcランクから成長する気がない。それ以上に挑戦することもなければ、必要な行動を起こす気もない。

人には冒険者であることを求めつつ、僕自身は一番冒険者から離れた存在だった。


「あのね、君が目立ちたくないことは理解してるから。だから、無理にCランクからランクアップしてほしいとか、今は言わない。でもね、君が冒険者であることが苦痛になるくらいなら、君自身新しい一歩を踏み出してもいいんじゃないかな?」

「新しい一歩?」

「だって、君も冒険したいんでしょ?話は聞いてるんだ、今日炎熊の強化種に出会ったって。その時、うっすらと笑みを浮かべていたってラナーさんが言ってたよ?自分でも、気が付いてなかったんじゃないかな?」

「………僕が?」

「ええ」


そうか。冒険のにおいを前にして、僕はまだ笑みを浮かべることができるのか。ダンジョンに挑もうとして、楽しさを感じることができるのか。そう言われてしまうと、ちょっと冒険者として冒険したくなる。

今の生活が崩れてでも、ちょっと孤児院の人たちにお金が行かなくなるけれど。それでも、僕は一人の冒険者として冒険をしたいなぁって、考えてしまいそうになる。

それは、無駄なことだと知っているのに。


「でも、ごめんなさい。それでも僕は、冒険者として冒険することはできないですね」

「そっか、理由を聞いても?」

「簡単ですよ、強すぎるってのも暇なだけだってことです」


そう、僕がダンジョンに潜らなくなった理由は単純だ。深くまで潜っても、何も感じなかったから。冒険のにおいを前にしても、危険な感触も、何もかもを、特別なことだと感じない。だからと言って、自分から命を無駄遣いするような潜り方をする気もなかった。おそらくだが、もっともっと深層に行けば、僕は心が躍る冒険ができるのだろう。それこそ、50階層まで行けば、僕の想像をはるかに超えるヤバい強敵に出会えるかもしれない。

でも、申し訳ないがそこまでして冒険をしたいとは思わない。金もかかるし、何よりも面倒だから。そこまでの労力をかけて自分の身命を賭して走るほど、僕は無邪気に慣れなかった。中途半端な人間だ。


「下に潜るのは、めんどくさいもんね」

「まぁ、それも大いにありますが、僕からすると名誉とか要らないですから。ダンジョンという未知はそそられるものがありますが、それは潜らなくても解析できます。故に、僕自身が深層に潜り、不自由な生活を長期にわたり続ける理由がないのです」

「なら、学者的な道を選ぶってこと?でも、今からその道を歩くには、ちょっと研鑽が必要だと思うけど?」

「いやいや、其れこそないですよ。ダンジョンの抱える未知なんて、挑んでしまったら楽しくないでしょ?学者の側面から挑むのは退屈でしかないですよ。せめて冒険者として挑戦したいですね、最前線に立ち生の情報に触れるのは重要です。ただ、僕にはその熱意がなかっただけですね」

「君は、わがままだね」


言われて、アハッと声が漏れる。後ろにいるマリーさんが恐怖心から息をのみ、僕のことを不安げな瞳で見ていることがわかる。ちょっと笑いが零れただけだから、そんなに警戒しなくてもいいんだけどなぁ。

だから僕は、彼女の不安を証明しないようにできるだけ笑顔で答えた。


「それはそうですよ、だって僕ですからね」

「怖いよ、ルイン君」


何故かマリーさんは、涙をため込んで震える声でそう言った。

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