第12話 冒険者たち
貴族にはなりたくない、口をそろえてそう言いながら僕たちはダンジョンに潜った。いつも通り、淡々とコボルトやゴブリンを討伐していく中、それは唐突に表れた。
今回、僕らがこうして一緒にダンジョンに潜ることになった原因。
炎熊が、ゆっくりとその巨体を揺らしながら姿を見せる。ただ、その姿は普段見るものとは違い、燃え上がる炎は青色で、その両腕は異常なほどに発達していた。普段の炎熊の巨腕も十分に脅威だが、その両腕は普段の炎熊の2倍はありそうだ。
「え~っと、これは誰が担当するの?」
「私がする?」
「一応炎熊の純正個体じゃないから、僕たちが相手をしなくてもいいんだけどさ」
僕とラナーは特に怯えるようなことはないが、彼女たちは違う。圧倒的強者を前に、アイシャたちは完全に腰が引けていた。かろうじて悲鳴を上げるという、情けない姿を見せることはなかったが、冒険者としての本能が叫んでいるはずだ。
今すぐに、この場から逃げろ、と。
ここは自分がいてはいけない場所であると。
だが、その本能は冒険者であるのならある程度鈍感でなければならない。
「みんな、逃げないんだね」
「それは僕たちがここにいるからだろう。少なくとも、僕らがここにいなければ、彼女たちの実力だと、逃げ切ることもむずかしいからな。シーフのリンが、かろうじて仲間を全損覚悟で逃げて、なんとかってところだろ」
「私もそう思うけど、私たちがいるからって油断しすぎかな」
サッと特殊個体の前にラナーが姿を現すと、上から襲い掛かる一撃を見事にはじき返す。今回は近くに人がいたこともあり、即決の氷魔法ではなく武器で攻撃をきれいに受け流していた。
だが、それは僕らの想定外の攻撃範囲と威力を誇った。
「っ!」
「あぶなっ!」
「「きゃあぁぁっ!」」
「ひゃっ!」
「はあ」
地面に衝突した右腕は、地面を穿つだけではなくその身にまとう炎を一面にまき散らす。炎本体ではなく、火の粉に触れただけでも火傷してしまいそうな、業火。その業火が、自分たちの真下に広がるなんて、恐怖心しかない。
咄嗟に氷魔法で防いだラナーの背後に入っていたメンバーはいいが、僕のように少しだけ離れていたセラ様はかなり危ない。スッとセラ様の前に陣取り、僕は数回飾りのように持ち歩いていた大鎌を振るった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます」
「危ないので、ラナーの後ろまで移動しますよ」
「りょ、了解ですわ」
セラ様を後ろ手に守りながら、何度も訪れる炎を大鎌を振るって消していく。稀に火の粉が飛んでくるが、いちいちそんな物まで気にしてはいられない。徐々に距離を詰めていくと、一気にラナーが氷を展開してくれた。
その庇護下で、僕らは簡単な会議をしなければならない。この先、誰が子の魔物を討伐し、報酬を受け取るのかという、簡単な話だ。
「鎌で炎を防ぐのは、ルインさんだけだね」
「そうか?割とみんなやってると思った」
「無理だよ」
「無理ですわね」
「「「「「ええぇぇぇ………」」」」」
可笑しい、少なくともラナー様は守ったはずなのに、思い切りドン引きされた。そんなに変な行動なのだろうか?良い使い方だと思うけどなぁ。
なんでもいいか、生き残ってるし。早く会議しよう。
「それで、あの魔物はどうすることに決まったの?」
「私が討伐する」
「へぇ、それでいいんだ」
サクッと言うラナーの言葉に、僕は挑発的に敢えてそういった。ラナーにではない、アイシャたちにだ。
もちろん、無理なことは理解している。彼女たちがどれだけ全力で挑戦したところで、無理な相手だ。正直、この特殊個体の炎熊は、Dランクどころか、Cランクの魔物に近いだろう。
でも、それでも彼女たちはここで冒険をしなければならない。だって、冒険者なのだから。未知を前に、強敵を前に、守りたい何かを前に、自分の壁を前に、登れない壁を前にしたとき、立ち止まることは許されない。
人生の正しい判断を覆してでも、生死をかけて挑むべきことがあるのだ。
故に、僕らを誰もが冒険者と呼ぶ。その蛮勇を発揮できず、自分の一ページを永遠に更新できないのならば、残念だが僕は保護する気はないぞ。
だが、どうやら彼女たちにとって、今日はその日ではなかったようだ。ラナーの後ろで、安心したような表情を浮かべて休み始めている。もう、戦う気は完全に無いらしい。
期待していたわけじゃないけど、こうして弱い姿を見ると、心の底から残念に思う。冒険者って、名ばかりが多いなと。僕に万年C ランクと言って嘲笑う割には、自分たちは何もしないんだなって。頑張る気力もなくなれば、敬う気もしない。
「はぁ、嫌になるな」
「ん、それは仕方ない。どうする?」
「んー良ければ、こいつ貰っていい?」
「え?うん」
「サンキュー」
僕はラナーに感謝を伝えながら、目の前にいた巨体を切り刻んだ。感情なんてない、感傷もない、ただの命の奪い合い。僕は目の前にいた巨大な熊を殺して、その命を奪い去っただけだ。
回収できたのは、魔石のみ。ドロップアイテムはないので、ここで特殊個体が出たことを認知できる人物は存在しないだろう。
「さて、今日はもう帰る?」
「どうする?」
背を向けたままの僕の問いに、誰も返答はしてくれなかった。ラナーが気を利かせて、態々答えを促したというのに、どうしたんだろうか?普段なら、喜んで答える所だと思うんだけどな。
「……どうしたの?」
「なんでもない」
「そう」
ラナーの心配そうな目を無視して、僕は再び隊列の最後尾へと移動する。ここで挑戦しようとしなかった、冒険できないような冒険者に、僕は要はない。
うん、やっぱり冒険者たちとつるむのは難しいな。一歩が踏み出せないのだから、初めから、冒険者なんて名乗らなければいいのに。万年Cランクの僕よりも弱い人が多くいるって現状が、その証拠だ。
「あのさ、ルインさん」
「ん?」
「冒険者って何だろうね?」
「さぁ?少なくとも、僕含めて多くの人は冒険者ではないと思うよ。便利屋程度でいいんじゃないかな」
「そっか」
「悪いな、一緒に冒険者になれなくて。僕は、一足先に挫折させてもらったよ」
「仕方ないよ、強すぎるんだもん」
冒険者たちは、冒険をしない。冒険をして、一歩前を霞むように走っている自分を追いかけ始めたら、死んでしまうからだ。だから、冒険者で生き残っている人間ほど、冒険をしない。
「自分の人生なんだから、みんな好きにすればいいんだ。ただ、僕ら側の人間が圧倒的に少なくて、世間は退屈ってだけだよ」
「世間は退屈なんだ。じゃあ、世界は?」
フフッと微笑みながら、楽しそうに問いかけてくれるラナー。彼女の期待する回答を与えることができるかどうかは知らないが、僕は一つだけ答えた。
これは、まぎれもない本心である。
「世界は面白いよ。残酷すぎるほどに」
「そっか」
ニヤッと笑ってしまう僕の隣を、小石をけりながら詰まらなさそうに彼女は歩いた。
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