第33話 ドラゴン退治4 業火

発動した魔法は、僕に許されたたった一つの最後の切り札。まぁ、切るのが早くないかと、自分でも思うけど………。でも、後悔はない。

敵の動向をゆっくり観察していたら、絶対にこっちが先に死ぬ!


「燃えろっ!」


大鎌から漆黒の炎を振りまき、その延長線上にいる魔物の数々を焼き払う。その一切合切を焼き尽くし、何もドロップさせることはない業火。反応することも、苦痛に悲鳴を上げる事すらできず、問答無用でこの世からその存在を焼却する。

闇を携えたその一撃は、目の前のドラゴンにも容赦なくダメージを与えているように、見えた。


「とはいえ、殺しきるには全然足りないな」


最早、自分でも大鎌がどのような軌道を描いているのか認識できていない。垂れ流した血越しに感じる指先の感覚だけで、縦横無尽に走り回りながら制御する。決して、その動きを止めることがないように。

何より、自分の足元を焼き尽くしたり、破壊しつくすことがないように。


「ギャァァァアア!!」

「ちぃっ!」


ドラゴンの咆哮は厄介だ。心の奥底に刻み込まれた、序列に直接作用してくる。

お前が格下だ、従えと。逆らうな、弱者、と。

今にもひざを折りたいし、何ならさっさと帰りたい。S級冒険者を招集して、速攻で殺してほしい。あの人外集団なら、僕のようなカスが対処するよりも、絶対に早くて無傷で、ダンジョンを歪めることもないだろう。

クソッ、なんで僕はこんな損な役回りを全力で全うして、生き残ろうとしているんだか。

ああ、本当に。本当に、嫌になる。大っ嫌いだよ。


弱い自分がっ!今すぐにも、殺したいほどになぁぁ!


「ふっザケんなっ!」


轟々と燃え上がる業火を、更に黒く染めあげる。あはは、そうだよ。要らないんだよ、弱い自分は。下らない、こんなトカゲごときに支配されそうになる僕など、初めから不要だ。


燃やせ、すべて

殺せ、敵を

憎め、己を

刻め、壁を

呪え、弱さを

汚せ、強者を


すべてをこの業火の下に晒し、燃やせっ!


「らぁああぁぁぁ!!」

「ガァァッ!!」


これまでで最大規模のドラゴンブレス。僕は、壁伝いに走り回りながら、真正面からそのブレスを切るっ!


切り裂いた先から、ビーム状のブレスが接近する。ブレスが届くよりも先に、更に大鎌をぶつける。大鎌の内側に関しては、己の憎悪をもって焼き尽くす。

空中でドラゴンのブレスを真正面から受けた僕は、その圧倒的熱量に晒されながらも、そのまま落下していく。


「その最強を、真正面から打ち破ってこそ意味があるんだよっ!」


たったの十秒。だが、その十秒は、本来は一瞬に感じるべきものだが、僕には数時間にも感じた。たった一撃、真正面から殺しきるのに、こんなに苦労するものなのか?

ははっ!これだから、やめられないなぁぁ!!


空中で姿勢を整えると、僕はそのままドラゴンの背中に飛び乗った。引きはがそうと、ドラゴンが翼をはためかせた瞬間、大鎌を全力で叩きつける。


「らぁぁっっ!!」

「ギャッ!!」


業火をまとった全力での近接の一撃は、見事にその付け根を僅かに切り裂いた。分厚い竜燐を通過し、その奥に潜む強靭な筋肉を切り裂く。その先にあるであろう骨を断ち切ることはできなかったが、初めての有効打だ。


「っしゃああ!!」


ドームに響き渡る程の雄たけびを上げながら、僕はドラゴンの背中を切り刻む。同じ場所を切っても仕方ない。今、全力でこの業火を燃やせ!


「あははははははっ!!」

「グゥギャアアァァァァァ!!」


ドラゴンの悲鳴と、僕の高笑い、そして背中を天井に、壁に、地面にぶつける轟音が響き渡る。僕は全力で業火を燃やし、その炎を心の奥そこで増加させる。

天井に、地面に、壁に、どこにぶつけられようともその全てを、切り、燃やし、破壊しつくす。それは、今乗っているドラゴンの背中だって、変わらない。


「アハハッ!シネェェェ!!!」

「ギャグゥゥゥ」

「ん?」


ドラゴンが一瞬、背を丸めた。背中にいる僕は、血まみれの生肉が僅かに収縮し、足伝いでその初動を知覚した。即座に後ろへ飛び去るが、ドラゴンにとっては想定内だったんだろう。


一瞬で飛来した一撃は、容赦なく僕の体を直撃した。


「っちぃぃ!!」

「ギャアゥッ!!」


丸みを開放すると同時に、その強力な尾を利用した背中への一撃。自分事、僕を叩き落すつもりだったらしい。上から降りて来る尾を、間一髪で受け流す。


ただ、自分に当たらないようにしただけだ。その一撃によって生まれた衝撃は、完全に殺し受け流すことができるはずもない。


「ガハァッ!!」


痛い、とか。そんなことはどうでもいい、全身から空気が消えて、意識が朦朧として、吸ったそばから空気がなくなっていくような気がする。フラフラと立ち上がり、もはや真っ赤に染まって使いものにならない視界を、必死で確保する。


まだだ、まだ折れるな。戦える、足が曲がろうとも、手が折れようとも、心臓が動いてる。血液が回って、僕の体はまだ動けると叫んでいる。

何より、この憎悪の炎が目の前の敵を殺せと、僕の役目を果たせと叫んでるっ!


「まったく、嫌なものが移ったかな」


僕は、小さく口のはじを歪め、目の前に佇むドラゴン。そして、その配下である、バカみたいな数の魔物へ、再度意識を向ける。


「さて、正念場だな」

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