第40話 冒険者受付嬢
「やーやー、マリーさん」
「あっ、ルインさん!心配したんですよ、ダンジョンで異変が起こったって聞いて。時期とか考えてみたら、どう考えても私がご依頼した内容が原因でしたよね?」
「そだよ」
いや、なんで君が答えてるのかな?これ、僕への質問だったはずなんだけど。確かにボロボロでもう動けなかったけどさ。後ろで何とも言えない表情をしていたら、マリーさんが苦笑いをしつつ、「そうですよね」と賛同してくれた。
「ラナー、話が進まないからいったん静かにしようか」
「はい」
「それで、マリーさん。今回の一件なんですけど、ちょっと奥で話できますか?」
「そう、ですね。きな臭い雰囲気もしますし、一度ギルドの応接室の奥を使いますか」
「ありがとうございます」
そうして、マリーさんについていこうとしたとき、「師匠っ!ルインさんっ!」と、後ろからオフェイリアが走ってきた。知らぬ間に稼いでいたようで、その稼ぎで一人前の冒険者風の装いになっている。
金属製の胴当てに、足も金属製のブーツを嵌めて、ガチャガチャと重たそうな音を鳴らしながら、駆け寄ってくる。
「おはよう。おお、今日はどこに冒険に行くんだ?」
「おはようございます。今日は、ダンジョンの近くにある森に行こうと思っています」
「ダンジョンの近くに森なんかあったっけ?」
脳内でしばらく使用していない王都の地図を引っ張り出してみるが、僕の記憶内にはそんなものはない。森っていうと、ダンジョンからだいぶ離れたところになると思うけど、あの森はそこまで強い魔物は出ないしなぁ。
確か、小さいけど湖があったような気がしたけど、今更オフェイリアが行ったところで意味がないと思う。
「実際にはそこまで近くにはない。オフェイリアの感覚では、近いってだけ。ルインさんの思っている森で問題ないと思う」
「なるほど」
「それで、オフェイリア。そんな森に、なにしに行くの?」
「師匠、鍛錬ですっ!いち早く、お二人のような冒険者になりたいのでっ!」
もう、冒険者のあこがれ!って感じで、きらきらした視線を向けられると心が痛い。いや、本当に心が辛い。だって、今サボるための会議を始めるわけだし、自分の功績を隠すために必死の努力をしているので。
うん、だからラナー。まんざらでもない顔して、威張らないでね?君は確かにギルドの要請をちゃんと聞いているし、威張れるかもしれないけどさ。僕は、本当にダメなんだから。
「そういえば、ラナーさんはオフェイリアさんの師匠役なんでしたっけ。いや、師弟共に優秀でこちらとしては感謝しかありませんね。この調子でしたら、ルインさんが打ち立てた記録に、一歩及ばないながらも、ラナーさんに並ぶ記録になりそうですね」
「私と同じだと困る。できれば、私よりも上の記録を出してくれないとダメ」
「はいっ!頑張ります」
「それ、ルインさんの記録と並ぶってこと?」
「じゃあ仕方ない」
いや、僕の記録くらい抜いて………あー、無理か。Cランク昇格までは、僕の記録は絶対に抜けないんだっけ。最短時間で駆け抜けすぎたからなぁ。
制度が変わらない限り、僕の記録は一秒たりとも更新できないような記録なんだっけ。ラナーは、数日とか数時間遅れで記録立ててるんだよねぇ。
「オフェイリアさんの実力に関しては、私たちギルドも認めていますが。それでも、鍛錬を怠らないのは素晴らしいことですね。上を見ることを辞めた方ほど、停滞していきますからね」
「その点では問題ありません!師匠もルインさんも、私なんて小指で相手してしまうレベルなのでっ!絶対に、片腕を使わせて見せるのが目標です」
あ、ちょい、オフェイリア!それは余計なことだよ。
「うん?」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい、マリーさん」
ほら、怒られた。受付嬢なのに、なんであの時のドラゴンと同じくらい圧が出せるんですかね?本当はSランクの冒険者って言われても納得するよ?
「そ、それでは、私はこれで失礼します」
「あっ、その前に。一人?」
「はい、今日は一人で剣を振る練習から、体力を鍛えることが目的なので」
「そう、なら私も行く。じゃあね、ルインさん」
「あ、ああ」
ソソクサと仲良く冒険者ギルドを出ていく二人を、マリーさんに首根っこをつかまれたまま、僕は見送るのだった。くそ、逃げ出すのに失敗した。
「なるほど、今回の敵に関してはわかりました。まさか、階層を完全無視して戦闘を展開するとは驚きですね。しかも、話を聞くだけな上下10階層以上、支配していたことになりませんか?」
「下の階層に関してはわからないですね。正直、出会って速攻で戦闘を初めて、そのまま階層突き破って戦っている事にも、僕は最後まで気が付かなかったですし。確かに、上の方が開けてきたなぁって感じはしてたんですけど、まさか階層を突き破っていたとは」
いや、本当に気が付かなかったよね。知らぬ間に空中で結構動ける場所が増えたなとか、天井までだいぶ離れたなとか思ってたけど。時折壁走りできない空間もあったし、上空に吹き飛ばされたときなんかは、滞空時間が長くて、しっかりと受け身が取れたしなぁ。
気が付けって言いたいんだろうけど、其れどこじゃないよね。
「あはは、ま、だからこそ僕はCランクなんですよ」
「悪い癖ですよ?大鎌を携えてダンジョンに潜ったルインさんは、敵しか目に入らなくなってしまうので。これまでは、ダンジョンへの被害が大きかったですけど、今回は魔物による仕業なのでいいですが………。ダンジョンの方も、自動修復機能での修正が治ると思いますが、修復後の魔物は強くなるので、また調査依頼をしたいところなんですけどねぇ」
「それは、その……」
マリーさんの提案は正直、金欠の僕にはありがたい。だが、そっと視線を
外に向けると、「ですよねぇ」とため息交じりに賛同してくれる。そうなのだ、僕らの問題は、冒険者ギルドと僕ら冒険者だけの問題ではない。
「どうしましょうか」
「いや、それは僕の問題なんですけどね。王都を出ることも選択肢の一つではあるんですけど、正直迷い中です。ラナーの話では、あれは帝都の騎士みたいなんですよねぇ」
「このままこの町にいるっていうのは駄目なの?」
「迷惑になりますからね」
この町で待つっていうのも、選択肢の一つだ。確かに、マリーさんの言う通りかもしれないけど、個人的にはそれは嫌だな。今帳簿を確認させてもらった感じだけど、僕があの日ダンジョンに潜っていたことは明らかだ。そして、その依頼を出している元も、マリーさんであることも。
一応、あの日に起こったことは今報告した。これで最低限の義務は果たしたし、マリーさん側で報告者が僕であることは秘匿事項として取り扱ってくれる。それでも、僕の監視の目は小さくならないし、このまま帝都の騎士たちが僕を監視しに、勧誘しにこの町に来るのは面倒。何より、迷惑だ、町に。
「そっか」
「ええ、今後の方針に関してはもう少し考えてみます」
「んー、でも現実的な案を早めにとった方が良いと思うよ?考えるほどに、身動きが取れなくなるしね。何より、君はサボり始める」
「間違いないですね」
アハハ、と二人して笑った。ただ、ちょっとだけ乾いた笑みで、含み笑いであった。
「そっか、この町に滞在するのは厳しそうなんだね」
「僕もギルドに来るまではそう思っていたんですけどね。オフェイリアの目を見て、考えを変えました」
「へぇ、あのまじめでひたむきな視線に、何を感じたのかな?」
「もうちょっと真剣に、まじめに、上を目指そうかなって思いましてね。もちろん、基本的にランクは上げるつもりないですけど。なので、この町から出ることも必要かもしれませんね」
「出たら帰ってこないつもりの癖に。あーあ、寂しくなるなぁ」
寂しそうにするマリーさんに、僕はなんて言葉をかければいいのか、わからなかった。
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