第7話 正式な依頼1

案内に従って、僕は久しぶりに。本当に、数年ぶりに孤児院の中に入った。中は子供たちが生活しやすいように改良され、至る所に落書きをはじめ生活の跡が残っている。いくつか気になる穴が開いているが、相当にヤンチャな子供がいたということで納得しておこう。


先ほど門番をしていた少年が、顔を別の意味で真っ赤に染めて案内してくれた。案内された部屋は、孤児院というにはあまりに立派な部屋だった。調度品も整えられ、格式ばったテーブルに、純白のクロスがかけられている。しっかりとした装いがなされ、貴族を案内して話をしても問題はなさそうだ。


「この孤児院、意外とお金が余ってるのかな?」

「さあ?どうでしょうか?託児所の儲けで私生活は賄い、普段は子供たちも町に出て仕事をしていますからね。いつの日か自分たちの支援者が来た時にしっかりと迎えられるように、こうして準備を重ねていたらしいですよ?」

「それはそれは、素晴らしい指導者がいたんですね。貴族様がそのことを知っているということは、この孤児院はしっかりと管理されているようですね」

「ええ、それはもう。収支記録だけではなく、子供たちの活動もしっかりと観察し、記録をとっていますよ?いつの日か、その記録を見せる時が来たとして、絶対に不正がなかったことが証明できるように」


しっかりと維持管理がされているようで、安心した。正直言って、自分で確認なんてしていなかったから、不安はあったんだよね。それが、今回の一件でしっかりと拭うことができてよかった。

ただ、どうして僕がこんな貴族様に導かれて話し合いの場についているのか。それだけは、謎で仕方ないけどね。


彼女は勝手知ったる様子で部屋の中に入っていくと、付き添いの人にお茶の用意をお願いした。僕は促されるままに、彼女の対面に腰かけて、運ばれてきたお茶を口に含む。

うん、おいしいけど居た堪れない。これからどうしたらいいのだろうか?


「さて、本題に入りましょうか」

「それは助かります」


彼女は一度咳払いをして、姿勢を正してから話を始めた。ピンと伸ばされた背筋、整った顔立ち、優しそうなひとみはキリッと力が入り少しだけ威圧感を感じる。


「今回の依頼は、私たちのパーティーの護衛です。私は冒険者としても活動しています。今の冒険者パーティーのランクでは、残念ながらCランク以上の冒険者がいなければダンジョンに潜れないのです」

「へぇ、ってことはDランクですか?」

「いえ、今はそこまで力及ばずEランクです」

「なるほど」


Eランクってことは、実力的には炎熊を倒せないから確かに援助がなければ厳しいだろう。先日の僕の調査結果で、Dランク以下であればCランク以上の同伴がなければダンジョンに潜ることはできないようになった。

なるほど、その監督役を僕にお願いしに来たのか。


「護衛でいいんですか?」

「というと?」

「僕は後ろから護衛をするだけでいいのかということです。依頼を受ける受けないは別として、内容をしっかりと精査しないと反応できませんね。まぁ、それ以外にも聞きたいことはありますが」

「そうですか」


少し肩をすくめて見せる少女を前に、僕は失礼を承知の上で強気な姿勢を崩さない。僕のことをどこまで知っているのか、どこまで把握しているのかが問題だ。"万年Cランク"の異名をほしいままにしている僕を、誘っている時点である程度は察している。


「ちなみに、どこまで推測されておいでで?」

「っ!」


ガクンッ!

何か大きなもので押さえつけられたと錯覚するほどの圧。圧倒的な強者にのみ許される、威圧。それを、僕に対して全力で行い不敵な笑みすら浮かべる余裕すらある。なるほど、これが貴族か。僕とは違うな。


「ふふっ、そんな怖がらなくてもいいではありませんか。ただの小娘ですよ、私なんて」

「そんな威嚇しておいて、よくもまぁ。ですが、そうですね。目の前の小娘に怯えているようでは、いけないですよね」

「ふふっ」


彼女の怪しい笑みが怖いけど、臆していてはだめだ。ここで引いたら格下の線引きが完了する。それだけじゃなくて、逃げた臆病者にもなってしまうのだから、それは絶対に避けたいことである。


「僕のこと、どこまで調べました?」


ジッと相手の目を真正面から見つめる。怖い、逃げたい、なんか恥ずかしい、目を反らしたい、帰りたい、なんでこんな状況に?というか、この人の目キレイだな、ずるいな、貴族って。いや、なんでもいいけど。

とにもかくにも、今は必至に彼女の目をにらみつけるだけだ。とにかく、圧をかけなおすだけ。


「ふふっ、万年Cランクなんてやっぱり大嘘ですわね」

「なるほど、其れで?」

「あら、手厳しい」

「……………」


まともに会話をしようとしたら、多分だめだ。何がって詳しくわかんないけど、主導権を譲った瞬間、負ける気がする。なぁなぁで依頼を受けてしまう未来が、何となく見えてしまった。


「仕方ありませんね、貴方に関して勝手に調べたことに関しては謝罪いたします。ですが、本当に出てきた情報は極僅かでしてよ。出自も育った場所も、なぜこの国のこの町に滞在しているのか、そしていつから暮らしているのか。それすらも不明ですが、一つだけわかっていることがあります。それは、この国の王家ひいては、貴族たちに対して、何かしらの優位特権のようなものをお持ちであるということですわ。そう、大きな貸しとでも言ったらいいのでしょうか?」

「なるほど、最後のは推測ですね?ただ、確信じみた何かがあると、そういうわけですか」

「ええ、ですが今はそれはどうでもいいのです。今回は、私たちの冒険者パーティーの護衛を依頼したいのですから」

「そうですね。ですが、僕は万年Cランクと呼ばれる雑魚冒険者ですよ?」


僕がそういうと、本当に面白いおもちゃを見つけたような歪な笑みを浮かべる。はぁ、これはどこかで失敗したんだなぁ。そう思いつつも、結局は自分のことを調べられている時点で、どのみち同じ答えにたどり着くんだろう。

過程が違うだけで、その結果は何も変わらない。


「ところで、なぜあなたは万年Cランクなどと呼ばれているのでしょうか?」

「僕がもう2に年間もCランクで留まっているからですね。冒険者の人たちが、それはもう嬉しそうに、歓喜の涙を添えて名付けてくれましたよ?」

「それまではレコードホルダーという異名が轟いていたというのに、なんとも不思議な方ですね?」

「なに、単純なことです。僕にはBランクの壁が高く険しかった。故に、おとなしくCランクで頑張っているだけですよ?」


ただ、僕の回答はお気に召さなかったのか非常に不機嫌そう。この子、貴族として凛とした振る舞いは一流だけど、感情を隠すのは苦手なのか?その、天真爛漫とも言い換えられる表情や感情の変化は人間らしくていいけど、貴族としてはきつそうだな。

冒険者としても、感情を理性で潰せないときついぞ。


「私が本当に何も知らないと思っているのですか?あなたの活躍はギルドで調査すればわかることです」

「そうなの?」

「ええ、家の力を使うまでもありません。というか、冒険者ギルドはそこら辺の貴族よりは力を持ってますしね。ギルドにはレコードブックがあるでしょう?あれを地道に調べて行けば、何時誰が何の魔物を討伐したかの記録が辿ることができる事実をご存じでしょうか?」

「知ってはいるけど……ってまさか!?」


冒険者ギルドでは、少しでも生存確率を高めるためのあらゆる手段が講じられている。その中の一つにレコードブックがある。これは、誰が何の魔物を討伐しているのか、その数などを詳細に記録してある。魔物はその傷が消えてなくなるが、冒険者側は帰り道に板金などをしなければ、防具や衣服の傷は消えない。出血の跡だって、残ったままだ。だからこそ、受付嬢がその傷の具合などからダメージ量などを推察して、ざっくりとどのくらい苦戦しているのか?すらわかる。

この記録をもとに、冒険者ギルド側は指導者の選別や、特定依頼、指名依頼を斡旋している。また、個人で閲覧することで、誰かに魔物の討伐方法を教わることも可能だ。そうして僕たち冒険者は、別の誰かの目に見えないところで、実は支えあっていたりする。


「いやいや、僕の討伐記録全部漁ったの?」

「あたりまえじゃないですか。ただ、数が多すぎて大変でしたけど。まさか、毎日決まった金額を常に稼ぎ続けているなど、想像もできませんでしたよ」

「はあ」


小さくため息をこぼして、僕はこの戦い。無謀で無茶なことを、さすがに悟った。

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