第45話 帝国は良い国だ
ラナーと別れてから、実に半月。僕は未だに帝国に居ついていた。それは別に、彼女たちからの圧力に屈しただとか、彼女たちの願いによるものではない。
いや、本当に。
この帝国という国が、生きやすいと思っただけなんだ。
「いやー、まさかここまでやる気のない人もいるんだねぇ。てっきり、冒険者なんて金と女にしか興味のないやからだと思っていたよ」
「それは間違っていないと思いますよ。僕が少し変なんですよ」
「いやいや、結局生きて帰ってきた人間が一番強いんだよ。この冒険者ギルドでも、それは変わらないよ」
「あはは、そういってもらえると心強いですね」
併設されている酒場で、おかみさんの説法に愛想笑いをする。この会話、何ループ目なんだろうか。なんでも、彼女のお気に入りだった冒険者が、僕と入れ替わるように消えていったのだとか。
この帝都には、冒険者ギルドはあるがダンジョンはない。では、この町にいる冒険者たちは何をしているかというと、魔物の討伐と傭兵の真似事だ。帝都がこの大陸で最大の都市であり、経済の中心でもある。その為、この町に訪れる商人の数は多く、道中の護衛だとか、名を上げた冒険者たちは各王国から直々に招待される。
で、ダンジョンに駆り出されることになる。女将さんが目をかけて居た冒険者は、何度か依頼を達成して気を大きくして、そのままダンジョンで死んだらしい。
よくある話、よく聞く話。だからこそ、女将さんのような別れだけを知っている人からすると、悲しいことで、日常になんてしたくない話だ。
「ほどほどに楽しむんだよ?」
「はい、僕は適当に働いて適当においしいものを食べて、またここに帰ってきますよ。当分は、ダンジョンに潜る気はありませんし」
「なんだ、あっちから来たのかい?」
「はい、これでもCランクだったんですよ?」
言いながら冒険者の証を見せる。ギョッとした顔をする女将さんをちょっと不思議そうな顔で見ていると、「その年齢でCなんて、あんたも命知らずかい?」とけげんな表情をされた。
確かになぁ、僕は一応レコードホルダーだし、その意味では命知らずだけど。
「別に危険なことはしていないですよ。勉強して自分の力量をはっきりと線引きしただけなので。それに、これ以上ランクも上げる気はないんで、安心してくだいよ」
「そいつはぁ、喜ぶべきなのかねぇ」
「あはは、どうなんでしょうね」
本当、どうしたらいいんだろう。この先、僕はどのように進んでいくといいんだろうか。正直な話、よく分からない。自分でも、まだ迷っている。
ランクを上げることはしたくないけど、既にラナー伝いに国に僕の実力なんて把握されている。そうなると、帝国の飼い犬になるか、冒険者ギルドの飼い犬になるのか。正直、どちらにしても飼い犬になる未来は変わらず、僕の自由は一瞬で消えることになる。
「ほんと、どうしたらいいんでしょうねぇ」
呟かれた一言は、誰にも聞かれることはなく酒場の喧噪に包まれて消えていった。
僕が予定を大幅に延長して帝国に居座っている理由は、女将さんのような考えを持っている冒険者の割合が多いからだ。ダンジョンがないので死者が少ない、命は軽い、実力主義だから、もっと殺伐としている。
そんな想像とは、大きくかけ離れていた。むしろ、僕のような余所者が多く依頼で頻繁に人が出入りしている帝都では、いろんな思想があってその思想の差を楽しんでいる人の方が多い。もちろん、依頼を全く受けない冒険者もいて、そんな冒険者ですらちゃんと金を払って情報を収集していたりする。
面白いことに、「生きている」人の方が、この土地では重宝されていた。生きることは難しいが、五体満足で昨日の自分を笑い飛ばして今日を生きる。
そんな冒険者らしい生き方に、自由に過ごしている彼らに好感を持つことができた。僕自身、日に2つほど適当に依頼をうけて、宿代と飯代を稼ぎつつ適当に暮らしている。
「んー、今日は良い感じの依頼がないな」
帝都の冒険者ギルドでは、依頼はボードに張り出される。しかも、ランク別になっていないので選ぶのが面倒だ。ただ、僕がCランクの依頼をもってカウンターに行っても、誰にもバレないことはうれしい誤算だ。
女将さんですらCランクと伝えれば驚くのだから、ほかの冒険者たちの反応は察するところだ。
依頼ボードの前でかなり悩んでいたけど、最終的に一つの依頼を手にして僕はカウンターへ。
「この依頼をお願いします」
「了解しました。……………これ、Dランクの依頼ですが構いませんか?」
「ええ、別に問題ないですが」
「報酬、確認しました?」
「ええ」
怪訝な表情をしている受付のお姉さま。当たり前の反応だけど、ちょっとその視線はやめてほしいかな。
今回受けた依頼は、護衛任務だ。Dランクでもできる程度の依頼だが、塩漬け依頼となっていた。その理由は、難易度はDランク相当なのに報酬が殆どない。依頼を受けて帰ってきたら、それだけでマイナスになる金額だった。正直、今の帝都では一食すれば消えてしまう金額。
「はあ、受けるのは自由なので構いませんが」
「では、よろしくお願いいたします」
「ええ、こちらで処理をしておきますね」
さて、久しぶりの護衛依頼だ。今回、この依頼を受けた理由は合法的に帝都周辺を散策したかったからだ。
割と自由にさせてもらっているが、実は兵士に監視されてるんだよねぇ。なので、ちょっと羽を伸ばしに行こう。
「はぁ、なんであの子の依頼を受けてしまう冒険者が出てしまったんですかね。うれしいことですが、大丈夫でしょうか」
どこかの受付嬢が心配そうに空を見上げていたことを、僕が知る由もない。
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