第2話 ゴブリンと炎熊
キィィン!
ダンジョンには、絶えずして切り結ぶ音がこだましている。それは、昼夜問わず冒険者が冒険をしているからだ。冒険者たちは、自分の好きな時間帯でダンジョンに潜り込み、好きな時に出てくることができる。
「はああぁぁぁ!」
「魔法っ!」
「援護しますっ!」
「そっち行ったぞ」
僕の前では、10人にもなる大所帯のパーティーが必死に戦っていた。ダンジョン6階層にしては珍しく、炎熊が数体同時に出没したようだ。二つのパーティーがそれぞれ一体ずつ戦闘をしていたところ、かち合い長引いている間にもう一頭が来てしまったところだろう。
「ちょ、今そこ行くのっ!?」
「邪魔だっ!どけぇぇぇ!」
「はぁっ!?こいつは元々、私たちの獲物でょうがっ!」
「喧嘩してる場合かっ!」
傷を負いながら、お互いのことを牽制しながら。同士討ちにならないように、最低限の注意だけで行動している。ただ、やはり知らない人間との連携は難しく、思うようにできていない。本来であれば既に討伐できてるだろうに、未だに手こずっているのはそういった理由だ。
「はぁぁ、暇だ」
僕といえば、そんな下らない戦闘を眺めるばかり。「手を貸しましょうか?」なんて言ったら、「「いらないっ!」」と食い気味に否定された。後方支援の魔法使いさんは、目を絶望に暗く染めていたけど大丈夫かな。
このまま通り過ぎてもよかったけど、何かあったら困る。三体の炎熊は問題ないけど、それを放置し続けて別の魔物が来たら大変だからね。ゴブリンとか、大群で襲って来る時もあるんだし、注意しないと。
グギャギャギャ
ギャヒィ
ギャギャギャギャッッギャ
「あー、来ちゃったよ」
想像すると悪いことだけは的中するのか、ゴブリンの一団が来てしまった。気配からして、10匹程度だけど。問題はないかな。ただ、場所が面倒だなぁ。もう少し広い場所じゃないと、僕の戦闘用の武器は振り回せそうもない。今回は、大鎌は封印してナイフでの戦闘になるのかぁ。
「まあ、ここで暇しているよりはいいか」
座っている岩からサッと地面に降り立ち、目の前に迫ってきているゴブリンに向かって駆け出した。視認できるまで近づけば、さすがに僕の存在もバレる。
どうせただのゴブリンだろうという思い込みで、敵を深く観察、確認することなく僕は不用心に足を踏み入れた。
「「「ギャギャッ!!」」」
先頭にいた数体が僕の存在に気が付いて、即座に剣を構えるが少し遅い。どの個体も、剣を取り出して正眼に持ってくる前に、腕を切り飛ばす。素早く切られた腕の断面からは、血が噴出することはない。数舜遅れるのだ。
「ふっ!」
血が出るまでの一瞬、それは細胞が、意識が腕の損失に気が付くまでの時間である。その間に、首元へナイフを滑り込ませる。ここで声帯を切っておくことで、叫んで寄り沢山の仲間を呼ばれることを、防ぐのだ。
分厚い皮のちょっとした抵抗を感じながら、止まることなくナイフを振りぬく。三体も一度に相手取る必要があるので、決して止まることは許さない。背を向けている個体は、僕がこうしている間にも、淡々と僕の命を狙って剣を振り下ろそうとしているのだから。
「まぁ、今回は僕のほうが早いんだけどね」
というか、遅かったらばここまで生き残れていないのだが。
その場に深くしゃがみ込み、足を払う。体制を崩しているゴブリンの首を跳ね飛ばし、もう一体は深く切りつけた。想定通り、声を出されることはなかったが、返り血で汚れた。
それでも、敵のゴブリンはまだ7体もいる。同じような作業を淡々と僕も繰り返す。炎熊に集中している二つのパーティーには、無事に討伐をしてもらいたいからなぁ。あの熊、でかいうえに炎をまき散らすので放置するには面倒な個体なんだ。
「おっ、ラッキーかも」
目の前から振り下ろされる刃こぼれしている剣をよけ、その喉元に一撃を加えつつ奥で待つゴブリンを見る。すると、普通のゴブリンではなく、ちょっとだけ生長した個体であることが一目でわかった。
全身に甲冑を身に着け、両手剣を持ち僕の存在を明確に認知して敵としてすでに構えをとっている。命の危険を感じ取る、または本能を刺激されたら行動するゴブリンとは明らかに違う行動。
「ゴブリン・ナイトかぁ。いいねぇ」
ほかのゴブリンとは違う、圧倒的な膂力で振り下ろされた剣が迫る。首元や胸元ではなく、正確に僕の右腕を狙って振り下ろされる剣を、短剣で往なす。ガンッという音を立てて、大きく地面を抉るその剣を踏み台にして僕はとびかかった。
「へぇ」
容赦なく首元を狙った一撃を、上体を反らして剣を捨てることで回避したゴブリンナイト。しゃがみ込むと、剣を拾う動作をおとりにして、容赦なくその拳を、短剣を振りぬいて無防備な姿勢をしている僕に叩き込んでくる。
「まぁ、それくらいやってくれないと困るよねぇ」
その攻撃を強引に引き寄せた短剣で受けきると、僕は着地して再び接近した。完全に短剣の間合いだ。落とした剣をしたから切り上げてくる一撃を回避し、回り込むようにして首の後ろから一撃突き刺した。
「ギャギャッゥ!」
「ん、出直してこい」
かすれた声で悲鳴を上げるゴブリンナイトから、容赦なく短剣を引き抜く。噴水のように噴出した血をよけるように前に移動し、僕は更に腹部と額に一撃ずつお見舞いした。
「これでここに来た個体は全部討伐したけど、ゴブリンナイトが出てきてるってことは結構生態系が面倒なことになり始めているのかも、知れないなぁ」
ダンジョン6階層といえば、まだ初心者でも潜ることができる階層だ。それこそ、冒険者登録をしたFランクの冒険者が、その日のうちに到達できる階層である。だが、本来であればゴブリンナイトは、10階層付近でなければ出没しない個体だ。上の階層で見つかったとなると、先ほどの炎熊が繁殖しすぎていることになる。
これまでのダンジョン調査で判明したことだが、炎熊が繁栄しすぎるとゴブリンたちは、より強固な集団を作るようになる。そうすると、冒険者たちも集団で襲われてしまい、初心者や油断のある冒険者は殺され、身ぐるみを剥がれて群れの統率者はその装備を着用する。そうしたことが積み重なり、ゴブリン自体のレベル的な何かが上がると、進化した個体になるらしい。らしいというのは、僕は学者ではないので詳しく知らないってだけ。
「まあ、今はさっきの炎熊のほうが気になるなあ。まだまだ戦闘音も、騒ぎ声も聞こえてるけど、一体くらい討伐できたのかなぁ。三体同時に相手取るには、まぁレベルが足りないように見えたけど」
僕はゴブリンたちの魔石とドロップ品を回収して、再び戦闘していた場所まで戻っていった。
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