ダンジョン探索日記

鹿目陽

第1話 とあるCランク冒険者

唐突だが、人生の目標を達成したらどうしたらいいだろうか?

人が人を人足らしめているのは、どんな要因だろうか?


夢を追う姿だろうか?

言語を介して交流をしていることか?

同族をないがしろにできることだろうか?

他種族をまるで同族のように愛せることだろうか?

感情を理性で抑圧して生活できることだろうか?

頭の良さが違うのだろうか?


多分、いろんな要因がある。ただ、生きていると定義するとき、その人は前に進み続けていなければならないだろう。

ともすれば、彼はすでに死人。目標は達成し、すでに意味もなくただただ蛇足に無駄に無意味に無遠慮に無価値に時間を浪費している無駄な生命体。


それが、ルインという一人の青年の今の姿だった。





「はぁ、今日も退屈だったなぁ」


ダンジョンの帰り道、血まみれの服をダンジョン出入口で脱ぎ捨て成果報告のために冒険者ギルドへ向かっていく。道中、同じ仕事の仲間たちと出会うが、彼らは今からダンジョンに潜るのだろう。


「おー、ルイン!今日の成果はどんな感じだった?」

「ん?まあ、ぼちぼちかなぁ。ほら、俺は万年Cランクだからね」


万年Cランクというのが、僕に与えられた冒険者内での呼び方。とはいえ、称号のように誇らしいものではない。もっと意地汚い、下賤な思惑で生まれたもの。

同業者たちが、自分の劣等感と嫉妬から俺に名付けた名前。


「何言ってるんだよっ!あのなぁ、たった二年Cランクで留まっているだけで、なんでそんなことを言われなきゃいけねぇんだよっ!」

「そうそう、ルインは頑張ってるんだから。そんな自分で自己評価を落とす必要なんてないわよ」

「そうそう!」


すれ違ったパーティーのみんなは、気さくでいい人だった。こんな僕の心配を真剣にしてくれるから、素直にうれしい。とはいえ、僕自身この呼び名に関しては特に思うところもなかったりする。


「あはは、ありがとうございます。まぁでも、僕もそんなに気にしていないので、大丈夫ですよ」

「そ、そうか?」

「はい、大丈夫です。なので、心配してくれてありがとうございます。僕は今日は帰りですが、頑張ってくださいね」


あまり立ち止まって話をしていると邪魔になるので、ここらへんで話を占める。この人たちも、今からダンジョンで命がけの冒険を行うのだから。「うふふっ、じゃあ頑張ってくるわね」ヒラヒラと片手を振って去ってく姿を見送り、僕は一人冒険者たちの巣窟に足を踏み入れた。



「おおーーい!酒を持ってきてくれぇ!!」

「こっちにもよろしく~」

「ちょっと~、受け付けさん?しっかりと対応してくれないと困るわぁ~」

「ねね、おにぃさん。今日はどんな冒険をしてきたんですか?」


人でごった返している酒場を通りぬけ、酔っ払いどもの喧噪とオサラバしてなお、ギルド内は煩い。受付嬢がいるカウンターには長蛇の列ができており、みんなおとなしく整列していく。

順番ぬかしなんてしようものなら、殺されるからな。力関係を見誤ったら、ゲームオーバーだから。だから、誰もが基本的には順番ぬかしをしない。僕も、冒険者は数年しているが、数回程しか順番ぬかしをした冒険者を見たことがない。


「お、今日も来てるぜ?」

「最近は冒険はしていないって話を聞いてるけど、稼ぎは安定してるんだよな」

「まぁ、もう二年もCランクで停滞してるからなぁ。俺たち、Bの領域にはたどり着けなかったって話だろ」

「いや、実際問題あいつがDの時の動きを見たが全然強かったぞ?少なくとも、今の俺たちに引けを取らないレベルだ。万年Cランクってのは、なんか引っかかるんだよなぁ」


やっぱり好きかって言われているが、ばれる人にばれて居るようだ。僕は、正直Cランク以上のランクは必要ない。Bになると、それこそ注目株だし、Aランクになれば国のお抱えだ。自由がなくなる代わりに、安定した収支を得られる。

僕はそれらに対して魅力を感じないし、Cランクでもダンジョンはどこまでも潜れるのだから、関係がない。


「お疲れ様です、本日の要件は何でしょうか?」

「お疲れ様です。今日はクエストの達成報告と、魔石の納品です」

「わかりました。では、先に魔石のほうから納品処理をいたしますね」


テキパキと処理を進行していく受付さんの手つきに感心しつつ、僕はポーチから小袋を取り出して提出する。今日も合計で三つの小袋を納品すると、ついでに受けていたクエストの成果物も納品する。


「今日も安定していますね。こちら、魔石の代金です。クエスト報酬に関しては、今この場でお受け取りになられますか?」

「いや、今回はいいよ。一週間以内に受け取りに来るから、その時でもいいかな」

「ええ、問題ありません。わかりました」


今回のクエスト報酬は、いくつかのポーションだ。だが、今この場所でポーションをもらっても持ち運びに苦労するし、根本的にバックを持っていない。今日は探索がメインだったから、ダメージもポーションを利用するほど負っていない。

すべての納品処理を完了して、「ではまたのお越しを」という定型句を聞いていると、隣のBランク冒険者用の列から「「「おお!!!」」」という声がこだまする。


「なんだ」

「どうした?」

「また何か問題なのか?」


野次馬根性で集まる冒険者たちの中心には、一人の少女がいた。腰まで届く長い銀色の髪を後ろで一纏めにし、その美貌は男女関係なく視線を集めていた。その少女が今注目されているのは、その容姿だけではなく別の理由だった。


「単独で、50階層に到達ってマジかぁぁぁぁ!先越されたぁ~」

「すげぇ、ワイバーンの魔石がこんなに山のようにあるのは、初めて見たぜ」

「この時間であの回収量ってことは、Aランク冒険者パーティーと変わらない活躍じゃねぇか」


響くのは称賛の嵐。彼女の圧倒的な実力、成果を前に誰もがその口をつぐみ黙り込んだ。できるのは、称賛の声を上げて敵にならないように注意するだけ。どうやって取り入れようか、または取り入ろうか。そればかりを考えて、みな行動をしていた。


「はぁ~~ああ。あの嬢ちゃんはやっぱり別格だなぁ~。どっかのCランクとは違ってよ~」

「だよなぁ、使えねぇやつとは違うよなぁ!」


後ろを通る冒険者たちが、これ見よがしに僕のことを大声で批判していく。でも、それは仕方ないこと。僕は単にその罵声を、罵りを、蔑みを、貶めを聞きながらただその場を後にするだけ。

それ以上は、何も必要ない。


だって、彼らの発言はすべてが事実なのだから。

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