第25話 期待の新人たち
「おいおい、誰か止めねぇのか?」
「やめとけって、ここで折れるならどうせ無理だぜ、ここじゃ」
「そーそー。泣こうとも、わめこうとも、逃げようとも、なんでもいいが。少なくとも、今のままならこの先無理だよ」
冒険者ギルド内は、一人の少女の行動に釘づけにされていた。言うまでもなく、僕が連れてきたオフェイリアである。
そもそも、僕が連れてきたというだけで嫌というほど注目されるのに、知らない冒険者に対して正面から啖呵を切って見せたのだ。新人が。
オフェイリアとて、実力差が分からない馬鹿ではないだろうに。新人なのに、ここでの生き残り方を心得ている。
「おいおい、嬢ちゃん。冗談言っちゃあいけないぜぇ?」
「いえ、冗談ではありませんよ?私は今日、冒険者になるためにここに来ました」
「おお?じゃあ、つまり死ぬ気があるってことだなぁ?」
距離を一段と詰めて凄む冒険者に対し、「私は死ぬ気でここに来たのではありませんよ」と、断言して見せる。しかも、顔を向けることなくその意識はしっかりと書類に向けられたままだ。
受付をしている担当も、少しばかり表情が青くなってきている。流石に、完全無視の適当対応だ。気に食わなくなった冒険者が何をするかなど、想像に難しくない。
本来であればここから即座に戦闘に発達しそうなものだが、オフェイリアは相手が二の句を継ぐよりも先に先制して言葉を紡いだ。
「ご忠告のほど、ありがとうございます、聡明な冒険者様。ですが冒険者様、私とて譲れないことがあります」
「お、おう」
それまで完全無視を決めこんでいたオフェイリアは、向き合い正面から言葉をぶつける。きっと、今の彼女は僕に見せた覚悟のある、威圧の強いあの目をしているのだろう。
相手が誰であろうと構わない、己の中に一本だけ携えた剣。その剣を、己が信念と意地と意思のみで鍛え上げ、鞘にすら入れることがないむき出しの剣。この王都では、誰もが持っている剣だが、オフェイリアの切れ味は宝剣のそれだ。
その一級品の覚悟は、この場に偶然・必然的に居合わせたすべてのものに重くのしかかる。嘲笑も消え、僕を除くすべての冒険者や職員が、彼女が紡ぎ次の言葉に注目をした。
「これは私が決めた道であり、私の師匠にも死なずに戻ってくること。冒険者の高みに上る事、誰よりも冒険をし、勇敢に果敢に情熱的に蛮勇に激情的に戦い、生き延びることを誓いました。なので、私は死ぬことはありませんし、師匠の顔に泥を塗らないためにも、冒険者にならない道はありません」
「………チィッ!」
覚悟・信念は、基本的に無意味だ。それがあろうとなかろうと、圧倒的な実力を前にしては、何も変わらないからだ。だが、このような、「己の意志を貫く強さ」が必要な場合、とても強い武器になる。そして、度々、重々にして冒険者たちはその、意志の強さを天秤に、互いの実力と覚悟を競い、高めあっているのだ。
そんな強者しか存在が許されない場所で、彼女は相手に逃げを選択させた。
「まったく、実に勇敢で蛮勇な弟子を手に入れたもんだ」
「あら、彼女はやはり、ルインさんの弟子なんですか?ついにBランク昇格を受け入れる気になったのでしょうか?」
「いやいや、そんなことないですってマリーさん。というか、僕の弟子でもないですよ?」
「え?ですが、一緒に来られていましたよね?ほら」
マリーさんが指さす先では、ラナーが手に入れた冒険者ギルドの証に瞳を輝かせて、こちらに小走りをしてきているところだった。まぁ、確かにこの関係を見れば、師匠と弟子、少なくともそれに準ずる何かには見えなくないか。
「確かに、僕らは多少の関係はありますが、彼女の正式な師匠は違いますよ」
「そう、私」
「あ、ラナーさん……ってえええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ニュッと隙間から首を出したラナー。驚きながら流そうとしたが、マリーさんのキャパは完全にオーバーしてしまったらしい。
「うるさい」
「うるさっ」
「受付嬢さんも、元気な方がいらっしゃるのですね」
驚いて慌てふためいているマリーをよそに、僕らは少しの間耳を塞ぎ、ジェスチャーで会話をした。
当然、近くにいた冒険者たちの耳にも入るので、余計に注目も浴びる。
「おい、聞いたか?」
「ああ、あの氷姫の弟子だってよ?」
「ああ!驚いたって、今の名前は舞姫じゃなかったか?」
「いやいや、戦乙女だろ?」
「なんでもいいだろ、そんなのっ!あの天才児の弟子ってこたぁ、かなりやべぇんじゃねぇのか?さっき絡んでたのだって、dランクのやつだぜ?しかも、最近は調子がいいって、噂のパーティーなはずだ」
「マジかよ、俺たちみたいな小市民には一睨みで十分ってか?」
周りのどよめきや騒ぎもさることながら、ラナー。君は、二つ名が独り歩きしすぎじゃないかな?せめて、一つか二つに絞った方が効率的だと思うんだけど。
「どの名前も名乗った覚えがない」
「あら、そう」
「そんなこともあるんですね。ギルドの方も、思ったより適当なお仕事をなさるんですねぇ」
「いえ、あれは公認ではないので。私共の管轄ではないのですよ」
「あっ、そうなんですね。失礼しました」
いつの間にか復活したマリーさんが、オフェイリアに優しくいろいろとを教えている。これは正直うれしい誤算だ、僕とラナーの常識は基本的に異常事態だからね。ほかの人に同じことをさせると、絶対に無理で死者の山が築かれること間違いなしだ。
「最後に、一つだけいいですか。オフェイリアさん」
「なんですか?」
「あの二人の無茶無謀に、ついていけるのですか?」
マリーさんが心の底から何かを心配するように声をかけた。こればかりは、ちょっと失礼じゃないだろうか。僕だってちゃんと、万年Cランクと呼ばれるくらいには、しっかりとCランク冒険者をしているというのに。
ただ、その質問に対してオフェイリアは真顔で、一切の感情がない表情で即答して見せた。
「無理です」
だよね。
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