第5話 炎熊討伐指定依頼受注

目の前で、燃え上がる巨体を持つ熊が、胸元をパックリと切り裂かれて地面に沈んでいく。その姿を眺めながら、僕は小さくため息をついた。


「はぁ、これで32体目っ!」


一日での盗伐数としては、最高数なのではないだろうか?ダンジョン、10階層よりも上で稀に出現し、初心者殺しともいわれる炎熊。その個体数が急激に増えていることを理由として、20階層よりも上に存在する炎熊の盗伐を依頼された。全滅させる必要はないけど、適当に間引いてくれという依頼だった。


「気になるのは、僕を指定されていたってことだよなぁ」


こればかりは、想像に難しくない。確実に、アイシャさんのパーティー内に存在するという、貴族の人だろう。依頼主の名前も伏せられていたし、確実だと思う。まぁ、この熊を片っ端から殺すことは難しくないし、稀にドロップする素材は結構高値で売買できるから、うれしい。


「さて、もう少し熊を探して移動しますかね」


この炎熊は初心者殺しと言われるだけあり、パワーも何もゴブリンやコボルトなどと比べると優れている。Dランクパーティーが成長して、Cランク昇格試験を受ける実力があるのか確認するために討伐する魔物であることからも、初心者殺しと呼ばれる。初心者を殺すと、脱初心者の両方の意味で、「初心者殺し」なのだ。

なお、この炎熊を簡単に苦労なく殺せないとCランクになるのは夢のまた夢。Cランクになるには、この炎熊よりも更に強い魔物を殺さなければならないのだから。大半の冒険者は、Dランクで終わっていく。この、初心者殺しは殺せてもその上にいる番人を殺せないからだ。


「んー、そういう意味では僕はCランクだしソロだから褒められてもっ!いい気がするっ!けどねぇ………ま、今更評価がひっくり返ってもいやだけどね」


目の間に迫る爪を躱し、沈み込んで下から大鎌を振るい、炎熊を上下真っ二つにする。閃光のような一撃を意識したので、炎熊は自分が切られたことに気が付かなかったようだ。徐々にずれて行く視界、失っていく体の感覚。


「ガァァ??」


自分の体が切断されたことに、気が付いた時にはもう遅い。そのまま体の中央から、ブシャァア!と血を吹き出し、内臓を投げ出しながら地べたに沈んでいった。そのまま、魔石と今回は牙と爪の両方をドロップ品として落としていく。


「んー、炎熊は何が貴重品なのかわからないけど、これが多いよなぁ。稀に落とす赤い石があるんだけど、これは何なんだろうか?今日だけで、5つもおとしているんだけど、これまで見たことがないような?レアアイテムか?」


いろいろと気になることはあるけれど、とにかくダンジョン内を走り回って炎熊を討伐して回る。途中で冒険者と出くわさないように注意しつつ、全速力で駆け巡っていく。魔法による身体強化を施した体は、それこそバカみたいな速度でダンジョン内を駆け巡ることができる。生身の状態と比べて、基礎的なスペックが数倍から十倍まで引き上げられている。

ダンジョンに籠り始めて5時間と少しで、15階層よりも上の階層に関しては調査が完了した。残りは、わずか5階層だけだ。


「さて、手っ取り早く行きますかねぇ。ここから先は、まじめに戦う必要もないでしょ」


15階層までくれば、炎熊は圧倒的な弱者になる。そのため、個体数も減るからエンカウントする可能性もグッと低くなる。


「あれ、20階層まですぐに来ちゃった」


面白いもので、15階層に到達するまでに討伐した炎熊の総数は全部で55体。正直言って異常な数なのかどうか、其れすらも判断できない数になっている。でも、それ以降の盗伐では、僅かに10体。たったそれだけしか、僕は討伐していないのだ。


「これは、なんか異変が起こりそうだな」


今回の炎熊案件は、確実にダンジョンの異変調査も兼ねているだろう。マリーさんの話を信じるのであれば、最近は炎熊からの被害が増えていると言っていたし。今回の盗伐でも、明らかにその傾向は見られる。


「下層というか、ここら辺の階層で何か変な奴が生まれたな、これは」


多分だが、15階層またはそれよりも下の階層で何かあったのだ。そして、その何かから、この炎熊たちは逃げているのではないだろうかと、想像することは難しくない。問題は、その何かというのが、何なのかということだ。


「まぁ、それは万年Cランクの僕が担当する案件じゃないか。この階層レベルまでくれば、できればBランクの手は借りたいよなぁ。保険的な意味合いが強いけどさ、でもいないと失敗したときの被害が大きすぎるでしょ」


とにかく、今は帰ろう。さすがに疲れたし、ダンジョン内の炎熊以外の魔物を殺して手に入れた魔石も多い。その魔石を納品するだけでも、今日のノルマは達成できそうな気がする。





「えっ!炎熊の分布がそんな大変なことになってるんですか?」

「はい、なので適当な対策をしなければならないと思いますよ」

「それは火急の案件ですね」


冒険者ギルドのカウンターで、久しぶりにマリーさんに納品処理をお願いする。納品後、今回の依頼を終了したことを報告し、異常事態も報告する。流石にマリーさんも想定外だったようで、今回の案件に対してどのように上に報告するのか思案しているようだ。


「でも、早めに報告しないと初心者が大変なことになりますよ?」

「とはいえ、初心者にほかの国に行けっていうのも難しいじゃないですか」

「そうですかね?この国は、一応ダンジョンの入り口を持つ王国内では一番つらいところだし、大丈夫だと思いますよ?一時的に、炎熊の出現数が増えて、ダンジョンの難易度が上がった説明をしたら、勝手に下がっていきませんかね?」


自分の命を簡単に投げ捨てでも、ダンジョンに挑戦したいと思う人が多いのだろうか?人によっては、別の国にわたるお金がないから、意外と難しいのか?

移動費が少なければ、自分で歩くしかないけども。その道中も、かなり危険だしなぁ。


「方法はお任せしますね」

「はい、今日はありがとうございました。無事に残業が確定しましたけどね、私たちは」

「まぁ、それはほら。管理する側なので、よろしくお願いいたします。マリーさんたちの仕事ぶりに、僕のような雑魚冒険者の未来はかかってるんですから」


「君が雑魚なら、大半の冒険者は何なのよ」というマリーさんの小言はいったん無視する方向で、僕は着ろついた。



後日


以降、Dランク以下の冒険者たちは、最低でもCランク以上の冒険者に護衛を依頼することを。依頼ができなければ、一時的にダンジョンに潜ることを禁止する。


というお触れが出てしまい、冒険者たちが大騒ぎすることになった。

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